北欧モデルも基本は自助精神

6月 14th, 2009 Categories: 1.政治・経済

今日のサンデープロジェクトの特集は不況下における北欧型高福祉社会(スウェーデン、ノルウェー等)の状況についてでした。北欧は高福祉社を実現する為に税率が高い(収入のうち手元に残るのは1-2割)にもかかわらず、今回の不況前には高い経済成長をとげた事が高く評価されています。

池田氏が今年2月に記事にした北欧モデルで、「北欧型の積極的労働政策には学ぶべき点が多い。解雇自由にする代わりに、職業訓練などによって労働移動を円滑にする制度を、労組や政府ではなくビジネスベースで実現するしくみが必要だろう」と述べていましたが、今日のサンプロを見て感じたのは、真に学ぶべきは労働者(国民)の高い「自立」意識であるという事でした。

人はしばしば、自分と政府の間に見えない線を引き、線のこちら側とあちら側という考え方をしがちです。線のこちら側にいる私の義務は納税、線の向こう側にいる政府の義務は生活の保障。このような状況では、きちんと納税している「私」が困った時には、「政府」は税金を使って「私」を助ける義務があるという考え方をしがちです。特にいまの日本では、政府は(子孫の収入から)借金してでも我々を助けるべきだ、という政府への大きな「依存心」が生じているようです。

番組で会社更生法が適用されたサーブ(オートモービル)従業員へのインタビューを行っていました。そこで驚かされたのは、「政府がサーブを支援するのは、個人としては嬉しいが、税金の無駄遣いであるから支援しないという判断は理解できる」というようなものでした。もともと儲かっていない会社へ税金を注入して延命しても意味がないという事だそうです。失職の危機にある当事者が、このような冷静で合理的な判断ができるのは、単に「失職による貧困の恐怖」がないからだけでしょうか。

番組でもう一つ驚かされたのは、兼業政治家です。専業の政治家は全体の2割で、残りはすべて政治家の他に(一般の)職業を持っている人たちだという事です。これはどういう事なのでしょうか。日本では、病気は医者に、教育は学校に、政治は政治家に任せろという考えが支配的です。選挙で投票するのは国民の義務だが、(医療、年金、労働など)生活の悪化は政治家と政府の責任だ、という考え方をしがちです。普段は政治に無関心だが、困った時だけ結果責任を要求するのが現在の日本の問題のようです。しかし北欧では、兼業政治家にみられるように、国民の政治と行政への参政意識が非常に高いようです。また、大きな社会的判断は政治家だけで決めさせず、しばしば国民投票で決めているようです。

考えてみれば、北欧モデルが成立する条件として、高い自助・自立心が必要である事は当然といえます。日本のように、国民の大多数が「くれくれタコラ」状態になると、どんなに税率を上げても満足させる事はできません。それどころか、他人が決めたルールに

自分の事は自分で決めたい。国民の生活は国民で守りたい。特定の誰かでなく、国民全体の生活を良くしたい。自分達で決めた事は、たとえ後から不都合が生じても、我慢して耐え忍ぶ。そういう文化があってこそ、北欧モデルが成立し得るのだという事ではないでしょうか。

子供の教育も、家族の医療も、自分の老後も、すべて人(政治家と政府)に丸投げして、結果責任だけを追及する利己主義で依存体質の日本人の性根を改めるにはどうしたら良いのでしょうか。

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