小倉氏は神の見えざる手を否定するか

2月 27th, 2009 Categories: 1.政治・経済

麻生内閣の政府の成長戦略について池田氏は、こちらの記事のように、「成長産業を決めるのは経産省でも日経新聞でもなく、市場である。政府がやるべきなのは、特定の産業に「重点投資」する産業政策ではなく、私が先週の週刊東洋経済に書いたように、成長産業に人的・物的資源が移動できるような制度設計である」と述べました。

その記事に対して小倉氏はこちらの記事のように、「介護への新規参入を阻害しているのは,低すぎる介護報酬であって,それは政府の福祉予算の拡充なくしてはあり得ません。また,「医療への参入」云々については,労働市場を改革したところで,衰退部門からおいそれとやってこれるようなものでもありません。」と否定しました。

しかしながら肉団子氏はこちらの記事で、建設業や製造業などから医療介護分野(プラス32万人)に人が流れ込んでいる現実を指して、「個々の労働者は自分で合理的に動いているだけだが、需要がある分野へと労働力は自然に移動するのだ。まるで神様がそのようにはからっているかのように、資源配分の最適化が行われている」述べています。つまり小倉氏が言下に否定した事が、神の見えざる手によって実現してしまったようですね。

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4 Responses to “小倉氏は神の見えざる手を否定するか”

  1. truf
    2月 27th, 2009 at 23:12
    1

    小倉さんのイメージする「資本主義」はどういうものなんでしょうかね。
    政府が適切に資源を企業に分配し、利益を適切に労働者に分配し、正義や不平等は経済を犠牲にしても正す、みたいなものでしょうか。
    政府の干渉がなければ金持ちが労働者を奴隷にして、不正義や格差が拡大していくというのが「新自由主義」のイメージでしょうか。
    神の見えざる手に頼らない、見える手というのは結局エリート主義が根底にあると思います。構成員を信用せず「適切な」命令や保護を受ける社会よりも、構成員を信用して自由や可能性を最大化する社会のほうが私は望ましいと思います。

    ジンバブエでは農地改革で白人の土地を分配するという「正義」を断行しましたが、経済は壊滅しました。フリードマンは政府は審判であるべきだと言っていましたが、実力の差や失敗があるたびにルールを無効にしたり、選手を優遇したり退場させたりするような社会は混乱しか生まないでしょう。世の中どんな不幸や幸運があるか分からないからこそ、ルールの中で自由を最大化し、ルール以上の強制をされないことが全体にとって望ましいのであり、bobbyさんのおっしゃる富を持つ者が入れ替わることができる社会だと思います。政府が市場より効率よく富を生むことはできないでしょうから、正しい資源の分配などできるはずがありません。

  2. bobby
    2月 28th, 2009 at 01:24
    2

    trufさん、コメント有難うございます。弁護士である小倉氏は立派に知識格差階級におけるエリート層に属している方ですからね。もしかしたら労働者は知識エリートが作った制度に従う事が、正義と公平を担保された社会だという考えが根底にあるのでしょうか。だから政府による経済政策を積極的に肯定しない新自由主義がお嫌いなのかもしれませんね。

  3. 2月 28th, 2009 at 06:36
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    こんにちは、取り上げていただいてありがとうございます。

    あまりにきれいに製造業と建設業の失業者が医療福祉に吸収されているかのような数字なので、書かずにはいられませんでした。

    おそらく統計をまとめた担当者も同じ思いで概要をまとめたのだと思います。麻生下ろしも始まる事ですし、国会の風向きが変わるといいのですが。

    製造業や建設業に補助金や公共資本投資の形で本来の需要からかけはなれた余剰人員や余剰生産力を抱えることを奨励したら、いつまでたっても需要のある分野に人は移らなかったでしょう。どっかの阿呆にはもうすこしこういう現実を直視していただきたいものです。

  4. consultant
    3月 2nd, 2009 at 22:46
    4

    速報は①建設業・製造業の就業者数が減少した②医療・福祉の就業者が増加したとしているだけで、「流入」しているとまで読み取るのはいささかナイーブ過ぎるんじゃないですか?

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