神聖な議場だから幼児帯同できないのか

11月 29th, 2017 Categories: ブログ評論, 1.政治・経済

熊本市の定例議会で生後7ヶ月の幼児をつれて議場へ入る事を拒否された緒方夕佳議員の事案について、本人へのインタビュー記事が出ました。その一部を以下に引用いたします。

 

緒方 まず、9:55に開場5分前を告げるブザーが鳴ってから、サッと議場に入って生後7カ月の長男を抱いて所定の席に座りました。すると、議会事務局の職員があわてて駆け寄ってきて、「やめてください」と。続いて、議長や議会運営委員長も集まってきて、「いますぐ赤ちゃんを連れて議場を退出してください」と告げられました。

「私は赤ちゃんのいる議員なのでこのまま出席しますから、どうぞ始めてください」と言ったものの、「いや、これでは始められない」「とにかく外に出てください」と押し問答に。その後、議長、副議長、議会運営委員長、最大会派の団長、それから事務局の職員と私が、議長室でしばらく話をしました。先方からは「議場は神聖な場所だから」といった話がありましたが、私はこんなふうに自分の考えをお伝えしたのです。

参考文献:“子連れ市議”緒方夕佳さん激白「あの日の行動はまったく後悔していません」~渦中の熊本市議が、すべての疑問と批判に答える~ – 「文春オンライン」編集部

 

上記の発言内容で非常に驚いたのは、「先方」から「議場は神聖な場所だから」という理由が挙げられた事です。ちょっと、「神聖」とは何かを確認してみましょう。

 

尊くておかしがたいこと。清浄でけがれがないこと。特に、宗教・信仰の対象などとして、日常の事柄や事物とは区別して扱われるべき特別の尊い価値をもっていること。また、そのさま。

参考文献:デジタル大辞泉

 

議会は、民主主義体制の元で地方自治体の立法を行うという意味で、たしかに尊い場所です。しかし現代の議場は、宗教的な場所ではありません。「神聖」だから幼児を帯同できないというのは、いったいどういう事なのでしょう。もしこの発言が事実であるとすれば、「先方」の方々の価値観を21世紀の現代に合うように脳の「ファームウェア」を更新して頂く必要があるかもしれません。(笑

さて、批判的な方の中には下記のような意見が多いように感じました。

1)子供の為に良くない。
2)議事進行の邪魔になる。
3)目立つ目的で子供を利用している。

まず、子供はひとりひとり違います。1人の子供の状態は毎日違います。議会へ連れてくる事が子供のために良くないかどうかは、親である緒方議員(と夫)が決めるべき事です。虐待の可能性がある場合を除き、外野がとやかく言う問題ではないと断言しておきます。議場へ連れてこれるかどうかは親が決める事です。

議会は「会社」ではありません。ひとりひとりの議員は、選挙で支持した住民の多様な価値観を反映して議員に選出された筈です。であるのなら、その議員が集まる議場は、多様な価値観を反映できるオープンな場であるべきです。「神聖な場所」だから幼児を帯同できないというのは時代錯誤も甚だしい意見だと言えます。

また、議事進行中に幼児が泣く事が考えられます。幼児が何時でも何処でも泣く事は周知の事実です。議場に集まった議員の方々は、住民の代表として選出された「立派な大人」として、この事を承知しています。であるのなら、自分の子供や孫だと思って、笑って許すくらいの度量を示しましょう。もし幼児の泣き声で議事進行が妨げられる状況になれば、母親は「大人」の判断で一時的に議場を退席すれば良いのです。双方が「大人」の対応ができれば、幼児帯同の細かい規則を作る必要もありません。

一方で、緒方議員が要望している幼児を帯同する為の施設やその人員について、無条件で賛同する事はできません。いまのところ幼児を帯同しようとしているのは緒方議員ひとりだけです。たった1人の議員の為に、少なくない金額の税金を投入して議会の建物を改造する事には反対です。しかしもし、多くの議会傍聴人が幼児帯同で来られるような事になれば、多くの「住民の声」という大義をもって、税金を幼児へ対応する設備や人員へ投入する理解を得られる状況になるのかと考えます。

 

蛇足ですが、弊社にも産休中の社員が1人おります。昨日、用事で出社した時に、産休明けてからも、必要なら子供を会社へ連れてきて良いと提案しました。本人は、有り難い事ではあるが、仕事をしながら子供の世話をするのは「面倒」だという反応でしたが。中国の都市部では、子供が生まれると親が田舎から出てきて世話をしてくれるので、両親ともに仕事を続けやすい環境の家庭が少なくないようです。

 

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