格差の無い社会は幸福か

2月 18th, 2009 Categories: 1.政治・経済

格差社会とは何でしょうか。wikiの定義(*1)を要約すると、「階層間格差が大きく、社会の閉塞性が強くて階層間の遷移が不能もしくは困難な社会」と述べられています。金持ちが金持ちであり続け、貧乏人の息子が一代で金持ちになる可能性が極めて低い社会、つまり日本は、バブルが弾けるずっと以前から、安定した格差社会だったのです。

そういう意味では、私が「アジアで一番に夢のある都市」で紹介したように、香港は金持ち層の新陳代謝が激しいので、小倉氏が反論記事でいくらジニ係数や貧富の差を非難しても、日本より香港の方が「格差社会度」は低いようです。

それでは格差の無い社会とはどのような社会でしょうか。

一つは、貧富の差はあるが、入れ替わりの比較的容易な社会です。規制の少ない自由経済社会では、このような事は比較的容易なようです。(しかし、小倉氏は貧富の差が激しい香港や、新自由主義的経済政策の柱の一つである「規制緩和」はお嫌いでしたね。)

一つは、高率の累進課税を行って貧富の差を無くし、能力の高い労働者から、能力の低い労働者へ、国が所得移転を行ってくれる社会の事です。これに一番近いのは北欧でしょうか。池田氏がちょうど北欧モデルについて書いていますが、要するに「北欧の労働生産性が高いのは、解雇自由で労働移動がすみやかなことが原因」という事のようです。(そうえば、小倉氏は「解雇規制の緩和」もお嫌いでしたね。)

一つは、個人の労働生産性によらず職種と年齢によって賃金が決まる(昔のソ連や中国のような)社会主義社会です。 (ここには貧富の差も雇用の流動化もない、全員が国家公務員の社会です。しかし経済的な繁栄は難しいので、国民全員が等しく貧しい暮らしになりそうです。)

小倉氏に最後にお聞きしたい。上記3つの例のうち、どの「格差の無い社会」が、労働者にとって幸福だと思われますか。

【補足説明*1】

格差社会(かくさしゃかい)とは、ある基準をもって人間社会の構成員を階層化した際に、階層間格差が大きく、階層間の遷移が不能もしくは困難である(つまり社会的地位の変化が困難、社会移動が少なく閉鎖性が強い)状態が存在する社会であり、社会問題の一つとして考えられている。

wikiのこの定義に従えば、貧富の差があっても、階層間の入れ替わりが不能でも困難でもなければ、格差社会とは言えないようです。つまり貧富の差は格差社会の本質ではなく、入れ替わりの困難さが格差社会の本質であると言えそうです。

それでは貧富の差を固定する社会的な装置とは何でしょうか。それは政府がつくる「規制」だと考えます。規制こそが既存の大企業の安定を保証し、新興企業の殴りこみを防ぐ防御装置なのです。規制緩和は、先行する大企業の「既得権」を奪い、後ろから追いかける新興企業との生存競争を強制する事で、結果として格差の固定を壊す機能があるのです。

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