新自由主義は結果としてチリに成功をもたらした

2月 15th, 2009 Categories: 1.政治・経済

1970年代のチリは、国有化された銅山の富が国を養っているような状態だったのではないでしょうか。当時は輸出の70%をが銅が占めており、それ以外にはワインやアンチョビなど、第一次産業しか産業がなかった。そのような後進国で過激な経済自由化政策を行えば、小倉氏が指摘したような悲惨な状況が発生するのは(結果としてみれば)当然かもしれません。

wikiでチリの情報(チリ革命から最近までの歴史と産業欄)をざっと読めば、1970年代のチリにおける新自由主義政策の「一時的な失敗」は、新自由主義そのものにあったのではなく、当時の産業があまりに未熟であった事が理由な事は明らかです。

このような特殊な例をもって、池田氏に「新自由主義的」というレッテル張りを行えば、悪意ある攻撃と受け止められるのは当然かと思いますので、小倉氏は注意された方が良いのではないでしょうか。

「一時的な失敗」という表現に小倉氏が突っ込むかもしれないので、予め補足しておきますが、1970年代にシカゴボーイズがはじめた新自由主義的な政策は、後任の大統領により修正されながらも継承され、輸出額に占める銅以外の製品の割合が60%まで増加し、あと少しでOECDへ加盟するまでに経済が成長しました。新自由主義的な政策は、チリにおいてそれなりの結果を出した事は明らかです。悪人や腐敗は日本を含めてどこにでもありますが、wikiによればチリは、「世界の「透明度」の高い国の上位30ヶ国以内に過去10年間連続してランク付けされている」そうです。一部の悪人をもってその国の政策全体に「悪と腐敗」のレッテルを貼るのは無意味なだけではなく有害です。

そろそろ横道から本道へ戻りませんか。私たちの議論は、今とこれからの日本をどうするか、という事ではなかったでしょうか。今の日本には世界有数の民主的な政府と産業と福祉と資金という要素が揃っています。ピノチェトのチリとは違うのです。

補足1:

上記の記事は、経済の話しをしているのであって、いかなる意味でもピノチェトの圧制を肯定するものではありません。その点、誤解の無いようにお願いします。

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