地球温暖化というエセ科学

生物における進化の話しの多くは、単細胞のバクテリアから(生物進化の頂点である精神と知性を備えた)人類までの種の進化(こちらこちらの図を参照されたし)を前提として進められます。しかしながら統計的手法で生物進化を観測するとすれば、いつの時代にも計算の分母に来る圧倒的最大数の生物はバクテリアなど単細胞生物であり、人類もげっ歯類も甲殻類も魚類も、種の数で比較しても個体数で比較しても、単細胞生物の前には微々たるパーセンテージにすぎません。つまり地球生物の進化を語るならば、代表選手である単細胞生物の進化を語るべきであって、人間などは生物種の中の外辺部のそのまた一部にすぎないという事です。(先に示した図は、生物進化としてではなく、人類が誕生した歴史としては意味があるでしょう。)

多くの人間は、自分の属するグループを過大評価するバイアスがあります。固定観念を前提に観察対象を見る事で、短期的あるいは局部的な変異を、全体のトレンドと勘違いしてしまう傾向があるようです。スティーブン・ジェイ・グールドは著書のフルハウス(生命の全容)で以下のように語っています。

「明白に見えるトレンドでも、どこかに向かってまっしぐらに動いているせいではなく、システム内の変異の総量が拡大したり縮小したりする副産物か副作用によって、一見明白なトレンドが起生する事もある。」

この事は他の多くの科学的事象にも適用できると思われます。たとえば現在騒がれている地球温暖化がよい例です。地球の歴史は46億年ですが、大気中の炭素増加と地球温暖化に相関関係がみられるのは直近のたった数百年に過ぎません。この状況だけを見て、すべての責任を人類由来の炭素のせいにするのは、グールド氏の言う「エセ科学」としか言いようがありません。
海面上層について言うのであれば、そもそも現在の海面を基準にする事が間違いのもとではないでしょうか。直近の数百万年の歴史でも、海面高度はかなりの範囲で変動しているようです。大氷河期には日本列島と大陸は陸続きになっていたようですし、温暖期のピークにはいまより5メートルから10メートルくらい上昇していたようです。

直近のIPCレポートが予想した海面上昇は100年先で20センチですね。しかも池田氏のこの記事によれば、これからしばらくは寒冷化(IPCCレポートでは言及されていない)が続くと予想され、100年後の海面上昇はさらに少なくなる可能性が極めて高いでしょう。

エセ科学による間違った政策により、莫大なお金が長期間に渡って浪費される事は、まったく無駄という他に言葉が見つかりません。人類の為というのであれば、このようなお金は、もっと優先順位の高い課題(アフリカ、アジア、南米における飢餓、貧困、疫病の改善)へ投入されるべきです。もし人々が本当に環境に気を使うのならば、いますぐエコ製品を買うのを止めて、いまある家電製品を節約しながら可能なかぎり長く使い続けるべきです。あなたは節約の「うたい文句」に騙されて、新エコ製品に買い換える事で、はるかに多くにエネルギー(新製品を製造し、あなたの家へ移動させ、古い製品を廃棄するエネルギー総量は、新製品が節約するエネルギー総量よりはるかに多い)を無駄にしているのです。

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3 Responses to “地球温暖化というエセ科学”

  1. 2月 13th, 2009 at 16:23
    1

    激しく同意ですね。こういう論調が主流にならないのは苦々しい限りです。

  2. bobby
    2月 14th, 2009 at 22:01
    2

    心の中で思っている人は多いかもしれませんが、表立って言えない雰囲気があるのでしょうね。

  3. 2月 15th, 2009 at 16:02
    3

    YouTubeで見たのですが、
    桜井和寿のBankBandつま恋コンサートに飛鳥涼が呼ばれた時、
    彼は桜井と「晴天を誉めるなら夕暮れを待て」を歌いました。

    “科学は正しいという迷信の風で育った”
    このような歌詞のある曲です。その皮肉は会場に通じたのでしょうか。

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