もっと広い視野で世界を見てみよう

1月 30th, 2009 Categories: 1.政治・経済

小倉氏がこの記事で指摘される雇用の流動性の高い社会においては、製造業は景気の良し悪し応じて工員の増減を行います。その具体的な例を、広東省東莞市にある日系企業にも見る事ができます。昨年の北京オリンピック前までは、東莞では工場間で行員を奪い合い、良質の工員は慢性的に不足し、給料は最低賃金よりかなり上昇し、工員の離職率は年間で(工場により)30%から60%もありました。そもそも外資工場の大量誘致は、中国政府が人民を富ませる為の政策ですから、企業努力には限界があります。しかし中国は21世紀の大きな市場でもあるので、大企業は撤退もできません。その為に生産拠点を分散し、人件費がより低いベトナムへも工場進出する事で、企業はリスクヘッジを行い、利益のバランスを取ろうとしています。現在のようなグローバリゼーションの発達した時代には、一国の国内のパラメタだけで決まらない物事は多いのです。

さて、この雇用と生産の問題を、土地も市場も狭い日本をベースにして、長期的に考えた場合はどうでしょうか。労働者は工場の工員という職に縛られる必要はありませんから、工員という職の相対的な価値が下がれば、大局的には、この職に流入する新人は減り、既存の工員も「業種間の転職」によって流出し、労働者は自己の利益を守ろうとするでしょう。企業は、人件費が低いアジアへ工場を移転する事で利益を守ろうとするでしょう。企業が一部の工場を国内に残す理由は「終身雇用」という慣習を守ろうとする為ですが、これは先に述べたように経済的に不合理であるので、企業の体力を消耗させます。

日本が数十年間も終身雇用を維持する事ができたのは、悪い言い方をすれば、米国人の過剰消費癖に付け込んで商品を大量に売り付ける事が出来たのと、グローバリゼーションの波に乗って途上国の工員を搾取する事が出来たので、輸出産業が右肩上がりの成長を維持してこれたからです。はっきり言えば日本の工員のほとんどは、20世紀の後半から今まで、アジアの工員を搾取する事で雇用を維持し、給料をもらってこれたのです。しかしながら日本企業が成長する事ができる有望な途上国市場はどんどん少なくなり、米国の過剰消費社会はいまや危機の淵にいます。世界市場での競争は激化し、日本企業の体力は日に日に失われています。もはや生産技術の進歩やアジア工場の人件費搾取だけでは、国内の終身雇用を維持する体力は限界に来ているのです。

米国が産業構造を転換して、多くの工員を別の業界へ誘導したように、日本の政府も新しい時代に適合した新しい産業を振興し、新卒者と既存の工員達を吸収する受け皿を生み出さなければなりません。池田氏が事ある毎に、放送業界や通信業界の時代遅れの技術と利権にしがみ付いた既得権者を攻撃し、規制撤廃と新規企業の参入を叫ぶのは、日本には雇用の受け皿になる新しい産業が必要だからです。いま既に始まっている「現状維持社会」で日本企業が淘汰されない為には、もはや終身雇用は企業の足枷でしかないのです。技術の進歩を利用して国内の産業構造を大きく転換をしない限り、輸出型企業が衰退すれば、日本の経済は間違いなく衰退し、「みんなが平等に貧しい」社会になる事は明らかでしょう。

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