社会が活気に溢れ、底辺が最小限になるしくみを考えよう

1月 28th, 2009 Categories: 1.政治・経済

明けない夜はありません。今の大不況もいつかは終わります。しかし途上国という経済発展の「のりしろ」もどんどん少なくなっている。これからは何十年も続く右肩上がりの発展は見込めません。年金問題にしろ雇用問題にしろ、日本企業の体質にしろ、循環する景気に対応できるように変革しなければならない。

小倉氏はこの記事で新自由主義が時代遅れだと言うけれども、健全な企業があるからこそ労働者の生活が守られるという事に異論はない筈です。景気が萎んで、必要な生産力が絞られる不況時には、企業が人員整理するのは合理的な行動です。不景気に失業者が増えるのは当然で、無職の失業者の生活を守るのは(個人の努力は必要だけれども)最後は政府の仕事です。

終身雇用の現在の制度は、必ずしも職業選択の自由が守られているとはいえない。特に大企業では、社員の職種や配置転換は人事が決めます。工学部の修士課程を出た研究職志望者が、不本意ながら営業にされる事も多々あります。営業職から総務に配置転換される事もある。「嫌なら転職すれば良い」という理屈は、小倉氏がこれまでずっと否定してきた事ですね。企業は雇用を守るかわりに、多くの労働者へ不本意な職種を押し付けている。終身雇用という慣習は、単に労働者の流動性を低めているだけでなく、雇用を守るという名のものとに、職業選択の自由を奪っているのです。雇用の流動性が高まり、企業が職種別の求人募集を行うようになれば、労働者は「嫌なら止める」という権利を行使する事もできるようになるのです。

池田氏が述べている事は、企業が発展する力を守るだけではありません。より多くの労働者の権利と福祉を改善する「しくみ」でもあります。小倉氏は「企業擁護=労働者搾取」という負のバイアスを捨て、冷静に考えてみるべきだと思います。

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3 Responses to “社会が活気に溢れ、底辺が最小限になるしくみを考えよう”

  1. pugpon
    1月 28th, 2009 at 22:17
    1

    bobby さん
    小倉氏との論争は果てしなく続きますね(苦笑)
    究極的には、小倉さんの理想の状態というのは、労働者が自分の労働の対価を自分で弾いてそれを受け取り、企業には超過利潤が渡らない状態なんでしょうかね。なぜなら、労働者がその取り分を不満なく決めるには、結局労働者の主観しか判断基準がないからです。でもそんな会社に誰が投資するのでしょうか?配当か将来利益に対する評価で得られるキャピタルゲインがまともにない会社は投資するに値しませんよ。小倉さんもそろそろ気づいたほうがいいですね。自分自身が時代遅れと言う新自由主義よりはるかに遅れたイデオロギーに取り憑かれ、それらを実践した国(ユーゴやその他共産諸国など)はとっくに足を洗っていることに。

  2. bobby
    1月 29th, 2009 at 00:50
    2

    Pugponさん

    仰るように、労働者自身が経営するというのは一つの方法ですね。池田氏も下記の記事で述べていますが、最終的にはユーゴの例を見るように失敗しました。労働者が利潤を食い尽くしてしまうので内部留保が蓄積されず、新工場建設や生産設備の更新などが困難になるとか、工場移転や撤退など大きな変革の合意を得るのが困難だというのが主要な理由だそうです。

    【労働者管理企業としての日本企業】
    http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/62071e3d52bbc0bb965283b6af399360

    ゴーログの昨日の記事でも述べていますが、日本の企業の9割は小企業と零細企業らしいです。これら企業の多くが、内部留保を溜め込むどころか、経営者が自分の家を抵当に借金しながら従業員に給料を払って事業を続けています。小倉氏は、そのような事実にもっと目を向けるべきですね。

  3. yajikita
    1月 29th, 2009 at 02:02
    3

    現在進行形で韓国の自動車産業がいい例かもしれません。
    景気が良かった時は労働者の要求も飲めたのですが景気が悪い今はどうなるのでしょうか。組合が折れるんでしょうか。折れなかった双竜自動車は法定管理を申請しました。現代自動車がどうなるか見守ってます。

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