資本家の搾取は労働者の幻想

1月 17th, 2009 Categories: 1.政治・経済, 3.中国ネタ

前の記事で書いた通り、労働者に利益配当を求める権利はありません。会社法の観点から見た場合、会社がどれだけ利益を上げようと、それと労働者の賃金は無関係です。会社は労働基準法に従って、国が決めた最低賃金を下回らない賃金を支払えばよい。もしも労働者が現在の賃金(あるいは雇用契約条件)が気に入らない場合、辞めて転職する事ができます。会社はこれを実力で阻止する事はできません。

しかしA Workerさんは、 「労働者は雇用されないと自らの生存を脅かされることになる」ので、「労働者にはそのような権利はまだ無いといえます」とコメントされました。労働者が会社を選ぶ権利はほんとに無いのでしょうか?私の結論は、「労働者は雇用されなくても生きて行く事ができる」だから「そのような権利はある」というものです。

産業革命当時の欧州とは異なり、現在の日本では憲法第25条第2項に従って国が用意した国民の生存権を守る為のサービス(ハローワークや生活保護もその一つ)があります。退社あるいは解雇された労働者は、転職先がみつかるまで最低限の生活を国によって保障されています。

労働者の立場から見た場合、労働者が(会社の都合が悪くならない限り)同じ会社に長く就労する事は、会社側の生産性にとってのメリットであり、逆に労働者にとってデメリットになります。長く就労する事で、労働者が会社に依存する度合いを強めるので、会社は労働者に対する交渉力が強くなるからです。しかしながら、A Workerさんのように転職する事に「精神的抵抗」を持つ労働者は、日本には多いのかもしれません。その理由はもしかしたら、高度成長期の後に定着した終身雇用がもたらした悪しき弊害なのでしょうか。

香港ではバス会社のような特定の業種にしか労働組合がありません。労働者は、会社側が自分の生活に支配的な影響力を持つ事を嫌うので、良い条件の職場でも3年くらいで転職します。転職で自分の能力と収入を向上させます。ですから、転職しようとする良い人材を慰留する場合には、会社側はよりよい条件を提示せざるをえないのです。それとは逆に、無能な社員ほど長く留まって安定を求める傾向にあります。

労働者は退職する事で会社側の条件に不満を示す事ができます。多数の工場労働者が一斉に辞表を出せば、会社は出荷の納期を守る為に、条件の見直しをせざるを得ないでしょう。会社は(全ての職種で)常に良い人材を求めています。条件の悪い会社に良い人材が集まらなければ、会社は条件を見直さざるを得ないでしょう。条件の悪い会社がインターネットなどでブラックリストに載るような事になれば、経営陣にとって大きな痛手です。

中国の東莞(華南)では、サブプライム問題で経済が落ち込むまでの10数年間、工場労働者の賃金は上昇し続けていました。理由は工員の転職(会社間で工員の奪い合い)です。経済が上向いている場合、労働者が一つの会社に定着しているより、工場間の移動が激しい方が賃金上昇の圧力が高まるようです。

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2 Responses to “資本家の搾取は労働者の幻想”

  1. a worker
    1月 18th, 2009 at 15:45
    1

    「労働者にはそのような権利はまだ無いといえます」というのは、Mutterawayさんの記事からの引用です。その記事で指摘されているように、形式的には、「「企業の利益配分を求める権利」はないでしょう。しかし、費用としての労賃に対する交渉権を一定の範囲で持っているわけです」と書いたまでです。労働者には権利がまったく無いとも、権利が十全にあるとも書きませんでした。

    「国が用意した国民の生存権を守る為のサービス(ハローワークや生活保護もその一つ)があります。退社あるいは解雇された労働者は、転職先がみつかるまで最低限の生活を国によって保障されています」
     憲法上、形式的には保証されていますが、必ずしも現実的には保証されていません。
    「転職しようとする良い人材を慰留する場合には、会社側はよりよい条件を提示せざるをえないのです」
     まったくそのとおりです。私は企業が良い人材を求めて競って高給を支払うことに反対はしません。しかし、退職が可能なのは、代わりの就職先が存在している場合だけです。再就職が可能な場合もあれば、そうでない場合もあります。それは必ずしも本人の才能だけに依存して決まるわけではありません。
    「中国の東莞(華南)では、サブプライム問題で経済が落ち込むまでの10数年間、工場労働者の賃金は上昇し続けていました」
    そして、ベトナムなどの周辺地域からの出稼ぎや、周辺国へのアウトソーシングが中国では増えているのです。同じことの繰り返しです。
     そして、どこでも労働争議が起こることでしょう。労働法制が整備されていくことでしょう。それは企業が与えてくれるものではなく、自ら労働者が要求することで整備確立されていくものです。かつての日本がそうだった。同じことがアジアの諸国でも起こっています。
     たしかに、他に行く当てがあれば、労働者は他のより条件の良い企業に行くでしょう。そのことをもとにして、企業は解雇をやりやすくすべきだ、という意見もある程度は支持されるでしょう。しかし、そのような議論が可能になる前提には、労働者の権利を守り高めるための法制度その他の基盤が必要なのであり、それを取り崩すようなことがあれば、前提が崩れてしまうのです。
     All or nothingではありません。たしかに雇用の柔軟性は必要とされています。しかし、それには再就職のしやすさ、能力や人材の移動のしやすさ、生活の保護、文化的な障害の除去など、慎重に検討すべきことが多いと思います。ただ安易に解雇を容易にすることで問題が解決するわけではありません。
     搾取は幻想ではありません。これまでも何度となく、搾取の成果がバブルとなって、株式取引所で炸裂したではありませんか。労働力商品の価格(賃金)と現実に労働者が産み出した労働の対価との差額がムダに使われた花火なのです。アメリカの労働者は受け取れなかった果実を、借金でまかなってきました。Wall Streetはその債権をまたもや売りさばくことでリスクを回避しようとしました。初めから何もないところには、結果はバブルの爆発しかありません。資本主義の愚かな一面でした。
     私は労働組合や既存の政党はすべて既得権を守ろうとする守旧派だと思っています。また政府は最小化すべきだとも思います。リバタリアン的政策を支持します。しかし、その議論が労働者と資本家との対等で相互協力的な関係を打ち立てることができず、ただ資本の自由な運動だけを放任するものであれば、それには反対します。それは、富の分配の問題への最適解にはならないからです。

  2. bobby
    1月 18th, 2009 at 20:27
    2

    >A Workerさん
    コメント、有難うございます。再び、下記記事でご返事させて頂きました。宜しくお願いします。

    http://bobby.hkisl.net/mutteraway/?p=526

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