日本の学校って軍隊教育?

1月 15th, 2013 Categories: ブログ評論, 5.閑話休題, 海外子女教育

記事の表題はもちろん撒き餌ですが、欧米式のインター校を見ていると、そう感じてしまうところが多々あります。ちょうどいま、息子が通う香港のインター校のスポーツデイ(運動会)の会場となっている私営運動場のスタンドからこの記事を書いています。日本の学校(特に公立の小中高)は、どちらかといえば左寄りの方が多いのかと思われ、こんな記事をみたらびっくりして反発されるかもしれませんが、ちょっと辛抱して記事の続きを読んで頂けないでしょうか。

日本は学校側が生徒に対して、授業や行事に規律のとれた団体行動を比較的強く求める傾向があると思います。たとえば授業の開始に起立・礼とやったり(もしかしてそんな学校は減っているのかもしれませんが)、中高生に詰め襟の入った軍隊のような制服を着せたり(黒い制服もだんだん減っているのでしょうね)というのは比較的わかりやすい例です。こういう行為は軍隊を連想するので嫌がる先生がいるのではないかと思います。

ところがそういう先生方でも、指摘されるまでわからないのが、下記のような例です。

1)大勢が整列し、行進曲に手足の動きを揃えて歩く入場行進。

2)大勢が傘などを持って行う演技。(一例

3)大勢が一斉に動きを揃えて行うピラミッドや組体操。(一例

大勢の生徒が同じタイミングできれいな動きを見せる事を、日本の学校では、生徒と担任教師が一緒になって熱心に練習するのではないでしょうか。ところがよく考えてみると、手足をピシっとそろえた行進というのは軍隊行進です。また、集団で演技、ピラミット、組体操などは、中国共産党や北朝鮮が国家行事の出し物でやるマスゲームを非常に強く連想させます。(私はそのものだと思っております)私は軍隊式の教育が悪いと言っているのではありません。日本の(特に公立校の)教育はそのように見えると指摘しているだけです。

私の息子は幼稚園と小学校は北米カナダ式、中学からは英国式のインター校へ通っています。私はこれまで息子の学校行事に「そこそこ」参加してきましたが、体育イベントであれ文化イベントであれアウトドア・イベントであれ、教師は行事の大枠と進行を管理しますが、基本は生徒の主体的行為に任されているようです。主体的行為というのは、たとえば生徒会が生徒の行動を自主的に管理して規律のとれた団体行動をさせるという意味ではありません。私の経験したインター校の行事では、率直に言って、入場行進もマスゲームもありません。団体演技がないので、運動会の為の練習時間というのもほとんどありません。それだけではなく、進行中のプログラムと関係ない生徒は、邪魔しないようにしながらも、生徒の待機場所だけでなく、グランドの中でも自由に時間を過ごしています。

この違いは「規律」という言葉が鍵になるのかもしれません。

日本語の「規律」は、秩序という意味合いが強いようです。教育の場で秩序を守る事を教えるという意味で、行進やマスゲームが導入されているのかもしれません。ところが規律の英語の意味である「Discipline」は鍛錬・統制という意味が強いようです。柔軟な思考や主体的なリーダーシップを身につけさせる事を目標としている英米のインター校では、教師が介入して鍛錬や統制の練習は必要最小限にしたいと考えているのかもしれません。

私は、日本の教育は軍隊みたいで駄目だと言いたい訳ではありません。ただ、多くの小中高の多くの教師が、運動会ともなれば生徒と一緒に行進やマスゲームを熱心に練習しているが、実はそれが軍隊式であるという事を自覚しているのか、あるいは無自覚にやっているのかという事にたいへん興味があります。

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