戦場には名誉も栄光も無い、ただ地獄があるだけ

5月 13th, 2012 Categories: 釣りネタ, 1.政治・経済

栄光だの名誉だの、そんなものを喜々としてもてはやす殺人者には何を語り聞かせても無駄だ。軍人なんぞに世界は救えない。軍人や政治家はな、戦いの中に(*)聖者があると説き、さも戦場に尊いものがあるかのように演出して見せるんだ。そんな奴らが見せる幻想で、いったいどれだけの若者たちが、武勇だの名誉だのに誘惑されて、血を流して死んでいったと思う。あんたはよりにもよって戦場が地獄よりましなものだと思っている。冗談じゃない。あれは正真正銘の地獄だ。戦場に希望なんてない。あるのは掛け値なしの絶望だけ。敗者の痛みの上にしか成り立たない、勝利と言うなの罪科だけだ。なのに人類はその真実に気づかない。いつの時代も勇猛果敢な英雄が、はなやかな武勇談で人々の目をくらまし、血を流す事の邪悪さを認めないからだ。人間の本質は石器時代から一歩も前に進んじゃない。

これは現在放映中のアニメFate/Zeroで衛宮切嗣が述べた戦争観にちょっと手を入れて、現実の世界とマッチするようにしてみたものですが、実にストレートど真ん中に、いかに戦場が地獄そのものであるかという事を暴いています。

 

アニメをネタにして戦争論や国家論をはじめると、不謹慎と引き攣る人がいるかもしれませんが、まあ日曜という事もありますし、すこし頭を柔らかくして国家と戦争について考えてみましょう。

我々や子孫が未来に遭遇しそうな戦争といえば、やはり日中間に戦争の火種がありそうです。諸行無常。世界の警察を自認するアメリカも、いつかはアジアまで手が回らなくなる日が来るでしょう。その時に日本は、自力で防衛する為に正味の再軍備や核兵器保有への道を歩むのか。政治的な力を得る為の道具としてそうするのは良いとして、それでも相手が引かない時に、国家という名の政権保持の為に市民を徴兵して戦地へ送る事をどう正当化するのか。市民の住む街が戦場となり、焦土となっても、あくまで体制維持の為に血を流し続けるのか。その為に流れた血を、生き残った人々は尊い犠牲と奉って「戦争の責任」を誰かに転嫁し続けるのか。

国民の幸福と生命財産を第一に考えれば、戦争なんて無い方が良いに決まっていますが、いつの時代にも隣国の挑発に乗る戦争推進論者は後を絶ちません。多くのハリウッド映画が日本のアニメが戦争賛美、英雄賛美する中でFate/Zeroは、戦争の本質について考えさせてくれるなかなか秀逸なアニメではないかと思います。

(*)番組では「戦いのなかにしゅらんがあると説き」と聞こえるのですが、「しゅらん」が何なのか、あるいはき聞き違いなのか不明なので、多少とも文章の辻褄が合うように、とりあえず「中に」に置き換えてみました。

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