未だガラパゴス化を撤回できず

10月 10th, 2011 Categories: 1.政治・経済

日本人の感性はガラパゴス化しているには、たくさんの反響があり驚きました。ブロゴスへ転載された記事では、27個の「いいね」を頂き、賛同のTwiterやコメントを頂く一方で、その倍以上の否定的なTwitterやコメントを頂きました。特に、私の個人サイトへのコメントでは、みなさんの具体的な考えがわかり大変参考になりました。車両内の通話規制は「日本だけである」という言葉は撤回させて頂きます。しかし携帯通話そのものへの違和感をガラパゴス化であるという事は、撤回するだけの意見にはまだ出会っていません。そこで、頂いた否定的な意見をもとに、これから反論を述べたいと思います。長文になりますがお付き合い下さい。

1)公共マナーは守るべきである。
私の記事では、法律や規則に書いてない事は、何を行ってよいとは「一言も」述べていません。公共マナーは社会生活を円滑にする文化的なコミュニケーション・プロトコルと理解しています。私も日本へ来れば日本のマナーに従います。公共マナーとは、おおげさに言えば紳士淑女の「たしなみ」であり、強制されるべきものでは無いと理解しています。車内での通話規制がマナーであるのならば、社会が生み出した「空気」で強制している状況は異常と言えます。マナー(自発的)と規則(強制的)を混同するべきではありません。

2)規則ができるには理由がある。
日本の電車やバスは、「通話するな」と表示およびアナウンスしており、これは運行会社による強制力を持った規則とも考えられます。これがマナーではなく規則であるとするのならば、その合理性あるいは生まれた原因とは何でしょうか?図書館、映画館、深夜の長距離バスなどでの通話規制は合理性があると理解できます。電車やバスの車内はもともと静寂性は低く、乗客の私語を規制していないので、通話規制の合理性は薄弱です。しかし、社会の中に車内通話を規制しろという「空気」が生まれると、運行会社は「事なかれ」的に規則化します。大手が規則すると、中小の運行各社も「横並び」で規則を導入します。かくして、運行会社が「空気」に「お墨付き」を与え、全国各地で車内通話規制が敷かれたのだと推測します。故に問題は、車内通話規制の「空気」を生み出すドライブエンジンとなった人達の存在かと考えます。なぜ、日本にはかくも大きな「空気」が生まれたのでしょうか?

3)電車やバスの中で大声で話すのはマナー違反。
そもそも車内で大声で話す事は、多くの国で迷惑と認識され得ると理解しています。どこからが大声かというのは難しいが、社内の背景雑音のレベルにより判断は可能でしょう。私語を規制していないのであれば、常識的範囲内の音声での「会話」と「通話」が区別される合理性はありません。携帯電話で話す人が、大声になる傾向があるのであれば、「小声で通話」を呼びかけるのが合理的です。ニューヨーク在住さんと英国在住さんのコメントは、「大声」が問題にされていると理解しています。なぜ日本では、声の大小ではなく、車両内での携帯通話そのものが嫌われるのでしょうか?
 
4)他人は気遣うべきである。
公共空間で他者へ配慮する事は、日本独自の考えではなく、東アジアの国を含む多くの国で文化の中に埋め込まれていると理解しています。私の記事には、本記事冒頭に述べたように、賛成コメントもありました。つまり、日本人の一部は、車両内で、常識の範囲内で普通に通話しても良いと考えている事を示しています。

配慮の原則は、する者とされる者が双方向でフォローする事ではないでしょうか。他人の迷惑にならないように、「大声」での会話は通話を控えるのは他人への気遣いです。一方で、普通の声で会話や通話をする人を「許容」するのも、他人への気遣いです。自分と違う人を許容する配慮が、多くの日本人にもっとあっても良いのではないでしょうか。

お互いが配慮し合う事により、車両内がより多くの人に、今より「居心地の良い空間」になる事を望みます。

Facebook Comments
Tags:

7 Responses to “未だガラパゴス化を撤回できず”

  1. 10月 10th, 2011 at 18:27
    1

    (要旨)1)ペースメーカー使用者が国内に数万人いること、2)携帯電話によってペースメーカーが止まるという実験データがある(詳細は下記)こと、3)日本における日常的な満員電車の存在、4)視覚障害者のための道路舗装の改善や妊婦・お年寄等への社会的配慮あるいは色覚異常者へのプレゼン資料作成時における配慮などと同等に、ペースメーカー使用者へも配慮すべきこと、以上を併せると、電車やバスの車内では携帯電話の通話を規制するべきと思います。

    (2の根拠)
    「携帯電話端末による心臓ペースメーカ等の植込み型医療機器への影響に関する調査結果」(総務省報道資料)
    http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/02kiban16_02000032.html

    上記はダイジェストですが、実験結果から、携帯電話はペースメーカーととは、22cm以上離して使うことを求めています。

    実際に実験を行った報告書は以下です。
    「電波の医療機器等への影響に関する調査研究報告書」(平成22年3月)
    http://www.soumu.go.jp/main_content/000066216.pdf

    この試験には、以下の問題点があります。
    1)この実験を所管する総務省は電波業界の振興が主目的である。
    2)実際に実験を行ってる電波産業会は、電波利用業者の業界団体であり、中立ではない。
    3)実験は電磁波吸収素材に囲まれて行われており、車内や建物内における電磁波の反射を考慮していない。
    4)実験では、ペースメーカーと電波を発信している携帯電話を近づけ、動作異常が繰り返し起こった場合のみを「動作異常」と定義しているが、繰り返し回数が書いておらず、(例えば100回試行で異常作動が90回であっても異常としない等)実験結果を恣意的に操作している疑念が拭いきれない。

    また、以前の実験からも至近距離ではペースメーカーに異常が生じることが確認されており、日本では特に大都市圏で満員電車が日常的に見られることから、電車やバス内での携帯電話を規制するのは合理的と思います。

  2. ステゴザウルス
    10月 10th, 2011 at 22:11
    2

    3)がほぼ答えではないでしょうか。
     電話では大声になりがちな人を良く見かけます。ご本人は意識していないのでしょうが、特に運行中は騒音が大きいですしね。このとき、直接注意せずに例えば運行業者にクレームを付けるのは日本だろうがアメリカだろうが同じです。直接のコンフリクトを避けるのですね。ヨーロッパや中国は知らないので何とも言えませんが。ドイツは近いメンタリティと聞いたことがあります。
     ともあれ、そうすると、運行業者は無用なクレームを避けたいがために過剰に規制する動機が生まれます。線引きが出来ませんからね。
     つまりこれはルールではないのですよ。ただし、そうする事でケースバイケースの個人の判断をせずに「とにかく禁止」という一番らくちんなルールが個人にも適用されるので、全員が楽なのですよ。

  3. saisaibou
    10月 10th, 2011 at 22:35
    3

    そもそも、電車内やバスでの携帯電話が規制されたのは、最初は医療機器への配慮だったと思います。最近の医療機器は適合規格の面から、配慮されているとは思いますが、ペースメーカー等への配慮のために、電源を切るようにとの事でした。これが、優先席付近に限定され、今はこれが定着しています。
    通話については、この流れもあるとは思いますが、最後にご指摘されているように、「居心地の良い空間」として、通話をしない空間が日本人として選ばれているのでしょう。
    でも、これは海外のブログでは、日本に来て初めてそのような環境に来て、「こうあるべきだ」と気が付いたと、ブログで中国、アメリカのブログでいくつか見かけます。時に震災の時に大規模な略奪が起きずに、じっと耐える日本人の姿っが繰り返し報道されましたが(本人は好きでやっているわけではないんですが)そのような気質と繋げてコメントされる事も多々あります。
    Only in Japanと揶揄される事もありますが、実は日本の方が有るべき姿であり、諸外国はそれでは統制が取れないので、現状としてそうなってしまっている、という状況もあるのではないでしょうか。

  4. hk
    10月 10th, 2011 at 22:37
    4

    私も仕事柄、アメリカ・フランス・イギリス・中国などに良く行きますが、公共交通機関で携帯禁止に出くわしたことはないですね。皆さん元気にしゃべってるし、ちょっと電話貸して、とか普通ですし。日本は不思議な国だな、といつも思いますが、携帯などはその典型でしょうね。恐らく大多数はOKと思っているのでしょうが、少数のゴネ得で全てが決まる、という。。政治も教育もマスコミも何もかんもですよね。民衆からの革命や民主主義を経験してないので、多数派の正義という概念が発達してないのかな。要は民度が低いんですね。頑張れ、大多数派のサラリーマン。

  5. fujita
    10月 10th, 2011 at 23:31
    5

    通常の会話より、電話使用時などの片方だけの会話の方が他人の注意を引きやすいということは心理学的にも実験的にも説明されるようです。声が小さかろうが少しでも聞こえれば気になってしまうのは仕方ないでしょう。
    問題はこの「気になる」という感情を防ぐために鉄道会社や周囲の人間が(アナウンスや場の空気による)規制をすべきかどうかでしょう。
    私はbobbyさんと同じように「許容」する方がより洗練された社会だと思います。ただしそれには他者に対する信用や、他者を尊重する心構えが必要だと思うのです。規則にしないと気遣いができない人が多いんじゃないか、と他人を信用できない人(これは恐らくは規則がなければ自分を律することができない人と重なるのでしょうが)は規制賛成派にまわるのでしょう。
    電波の影響云々も多分に非現実的です。特定の状況が揃った場合に何らかの影響が出る可能性があるという程度のものです。ペースメーカー使用者が携帯電話を安全に使用できるという現実があるにもかかわらず、万が一(実際には数千万人が使って一例もおきていないような頻度)を避ける「安心」のために規制がされているのです。
    他人の事を許容せず、自分の求める安心=心の安寧(言い出せばキリがないもの)を声高に叫ぶ人が多いのが現在の日本なのでしょう。
    「何事も程々」「自分に厳しく他人に優しく」という美徳を日本人はいつかは取り戻せるのでしょうか。

  6. bobby
    10月 11th, 2011 at 11:01
    6

    ペースメーカーの電波干渉の問題について:

    かさんが批判されている資料から、前半の携帯電波に関する結論部分を引用します。

    【1.3.3 現行指針の妥当性】(27-28ページ)
    今回の調査結果から、800 MHz 帯の HSUPA 方式(W-CDMA)携帯電話端末実機は、植 込み型心臓ペースメーカに影響を及ぼした距離が 2 cm 以内で、その影響の度合いはレベ ル 2 であり、植込み型除細動器には影響を及ぼさなかった。また、1.7 GHz 帯及び 2 GHz 帯の HSUPA 方式(W-CDMA)携帯電話端末実機は、植込み型心臓ペースメーカ及び 植込み型除細動器には影響を及ぼさなかった。。。(途中省略。。。)今回の調査では、800 MHz帯のHSUPA方式(W-CDMA)携帯電話端末実機は、植込み 型心臓ペースメーカに影響を及ぼした最大の距離が 2 cm で、その影響の度合いはレベル 2 であり、植込み型除細動器には影響を及ぼさなかった。さらに 1.7 GHz 帯及び 2 GHz 帯の HSUPA 方式(W-CDMA)携帯電話端末実機は植込み型心臓ペースメーカ並びに植込 み型除細動器に影響を与えなかったが、現在でも PDC 方式の携帯電話端末と共に平成 9 年度に実施された調査時の植込み型心臓ペースメーカ等が運用されている可能性を考える と、「携帯電話端末の使用及び携行に当たっては、携帯電話端末を 植込み型心臓ペース メーカ装着部位から 22 cm 程度以上離すこと」とした、指針は現在でも妥当であると考 える。

    結論を要約すると、第三世代のHSUPAに現実的な脅威はないが、未だPDAという古い携帯電話もあるので、現行の22センチ規制を残すべき、という理解で良いかと思われます。

    また、ペースメーカーの電波干渉については、携帯電話とペースメーカーをセットで考えるべきです。第二世代の携帯電話が普及を始めた当時、欧米で主流のペースメーカーは技術的にあたらしいタイプのもので、電波干渉が起きにくかったという話しがあります。また、生活の中で使う事が条件のペースメーカーは、携帯電話や無線LANや電子レンジから電波干渉を受けにくい(受けない)ように、政府がレギュレーションをつくって、ペースメーカー業界の技術改善を促すべき、という見方も可能です。総務省の上記試験でも、機種によって影響には差がありましたので、技術的な改善の余地は十分にあるのではないでしょうか。

    もう一つ、携帯キャリアを総務省が擁護し、ペースメーカー業界を厚労省が擁護すると、2省間の利益は背反すると思われます。ゆえに政府による陰謀説というのはどうでしょう???

    携帯電話のペースメーカーへの電波干渉については、電波干渉がより大きいと言われる第二世代(海外ではGSM方式)が主流の途上国を含めて、世界中探しても、携帯電話によるペースメーカー事故を探す事ができないという「事実」を重視するべきであろうと思われます。

  7. 10月 11th, 2011 at 13:06
    7

    携帯での会話は本質的には電車内での日常会話と同じはずだが、携帯を使わないということは「マナーを守っているふりをしていれる」って所が大事なんでしょうね。

    「迷惑の本質」よりも「ふり」が尊重される。そういう日本にはそういう民族性がありますから。合理的に考える外国人に理解されないのもしかたないと思います。

Comments are closed.