教育は洗脳か?

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道徳教育は家庭で行えば良く、学校で徳育は不要と書きました。ではなぜ、学校で徳育は不要なのでしょうか。

昨日のそこまで言って委員会で、漫画家の江川達也氏が、洗脳教育の歴史を学ぶと述べていましたが、その意味は理解できます。道徳にしろ歴史教育にしろ愛国心にしろ、国が生徒に対して、一定の価値観を刷り込む事はまぎれもない洗脳です。それは国家管理にとっては良い事ですが、国の長期的な安定と発展にとってはどうでしょうか?

親の言うことをハイハイと良く聞く行儀の良い子供に育てる事で、その子供が社会生活で得るものと失うものがあります。その子供が大人になった時に、それがもとで幸福になる部分と、不幸になる部分があります。世の中には絶対的なものはなく、あらゆるものは相対的であり、損得の間のオフセット関係を持っていると考えます。

国家が管理し易い価値観を埋め込んだ教育は、思考停止した社会、なんでもお上頼みの社会を再生産してはいないでしょうか?なんにでも疑問を持ち、先生と議論する生徒を生み出す事は、たしかに教育コストを増大させ、国家による国民の管理コストを増大させます。しかし、長期的にみれば、日本が取る民主主義制度では、国民は参政意識を持ち、自分の脳みそで考えて投票しなければ、社会制度としての民主主義はいつか崩壊してしまうでしょう。

だれかに操られ難い国民、自分の脳みそで考える国民、自己責任を持った国民を生み出す為に、教育コストと国家管理コストを犠牲にして、国の長期的な繁栄を取るべきではないでしょうか。