大人と子供は平等ではない、と教える

3月 1st, 2008 Categories: 1.政治・経済, 海外子女教育

私は最近、自分の9歳の息子に対して、「大人と子供は平等ではない」と教えている。

子供の前で、子供の手本になろうとする事は良いことだ。子供の手本となる為に、行儀よくご飯を食べたり、食事中に雑誌やパソコンを見るのを控えたり、ソファに寝っ転がってポテトチップを食べながらDVDを見るのを止めたり、そういう苦労は、子供を持つ親ならかならず経験があると思う。私もいろいろやってみた。しかし、家の中にいる時くらい、気楽にすごしたいものだとも感じていた。

このジレンマから脱却する方法がひとつあった。自分が子供の手本になるのを止める事だ。しかし、ただ止めるだけでは、子供を叱る理論的な根拠がない。「お父さんだってやっているじゃん」と言われた時に、「なぜ俺は良いがお前は駄目なのか」という理論的な根拠が必要だった。子供でも9歳になると、理屈の通らない事は納得しない。納得しないものは、怒られてもイヤなのである。ここを、どうクリアするか。

そこでひねり出したソリューションは、「大人と子供は平等ではない」というポリシーだ。どういう事かというと、

  • 子供は、親のお金で学校へ行き、親のお金で衣食住を保障されている。
  • 子供は、悪い事をする(他人の子供を傷つけたり、壊したり、盗んだりする)と、自分で責任を取る事ができず、親が謝罪したり補償したりしなければならない。
  • だから、基本的なところで、親と子供は同じではない。つまり平等ではない。

とりあえず、ここまでのところを、いろいろ具体的な説明を交えて、理屈を理解させる。次に、ここが大事なところだが、

大人は必要な時に、いつでも行儀良くできるが、 子供はそうする事ができない。

という事を、もう一度、具体例を交えながら説明する。うちの息子だけでなく、多くの子供が注意散漫で、言われた事を1分以内に忘れてしまい、母親から同じ文句を1分おきにくらっているような状況であるから、これはいくらでも身近な例を説明できると思う。

最後に、「お父さんは●●しても良いけれども、お前が●●をするのは駄目だ」(●●には、棚上げしたい行為すべてを当てはめてください)というところへつなげるのである。自分は大人だからあえて行儀の悪い事を家のなかでしているが、それは大人だから許されるのであって、子供のうちは躾けとして行儀作法を身に付ける必要がある。だからあえて怒るのだ、と教えるのである。

ここまでくれば、自分が家の中で行儀の悪い事をしても、それを棚上げして、胸を張って子供を怒る事ができるのだ。
あなたの家庭でも如何ですか?

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