何を守る戦争か?

8月 18th, 2011 Categories: 1.政治・経済, 3.中国ネタ

終戦記念日に日本人は「なぜあんな勝てない戦争に突っ込んだのか」と自問していると、池田氏がアゴラ記事で述べています。確かに国力差も戦力差も明白な米国に戦争を仕掛けるのは、いまから考えれば愚行でした。また、戦況が不利になり、勝つ事が不可能と判断された時点で停戦あるいは降伏しなかった事も悔やまれるでしょう。戦前の政府やマスコミは、米国を鬼畜と呼び、米国に占領されると国民は陵辱されると言い続けたようですが、それが大嘘であった事は終戦後に明らかになりました。

私がアゴラに国を守るという意味を投稿した時には、もし中国が日本の領土目的に開戦しようとした場合(日米同盟が日本の防衛に役立たない状況になっているからこそ、中国がおおっぴらに日本の領土を狙おうとしているという事を前提とすると)、日本は防衛戦争するべきか、その場合の防衛とは何を守ろうとしているのか、あるいは戦争しないで降伏するのか、という話をしましたが、ほぼすべてのコメントは、「戦争するべし!」でした。中国が日本を占領すれば、日本人は(文革前後の時代のチベットのように)大量虐殺されるだけだという意見が大勢を占めました。この「脊髄反射的」な反応は、第二次大戦前の「イケイケ」状態と変わらないのではないかと、いまでも危惧しています。

また、いまだ解消されない疑問は、戦争時に守ろうとしている「国」とは、国土や民ではなく、時の「政府」なのではないか、という事です。太平洋戦争で日本が無条件降伏した時には、大日本帝国という政府が解体されて、現在の日本国という政府に置き換えられただけでした。国家運営をゼロから組織する事は不可能ですから、旧政府から新政府へ移った議員や官僚も多く、結局は政府の「経営方針」が変更されただけでした。

私は、国家という名の「政府」維持のために領土防衛の戦争を行うのであれば、それは多くの国民にとって「無駄」な事であろうと考えます。

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