メールがなくならない実務的理由

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阪上健生氏のメール引退の記事は、日本の企業文化や実務者の視点が欠けていると感じましたので私の意見を述べます。

プロバイダー側から見ると現在のメール方式は、大量メールの送信や、スパムメールの問題などに効率良く対応できません。また、メールは業務の中に非常に浸透していますが、相手に到着したか、開封しかどうかを確認する標準手段もありません。送信後に行方不明になるメールがしばしば発生します。このようにメールとはかくも不安定な情報手段にも関わらず、新しいサービスへ置き換わるのは難しいのではないかと感じています。それは単に、プロバイダー側の技術的な問題というだけではありません。

私の経験によれば、企業間の業務上の通信プロトコルは、各業界のヒエラルキーの最上位(最終ユーザー)となる企業群が事実上決めていると考えます。たとえばエプソンが社内でエクセル(表計算ソフト)を使うと決めれば、製品情報をエクセル表で受取る下請け業者群は、エプソンと直接取引をしない下請け群最下層の企業に至るまで、社内ではエクセルを使わざるを得ません。

そして、それらの企業群のIT部門は一般的に言って非常に保守的なので、IT部門(経営者)が中央集権的に管理できない新しい技術は「リスク管理」の名のもとに排除しています。たとえばskypeやTwitterのようにサーバーを企業が所有・管理できない通信手段は、企業内の情報漏洩の危険を回避する為にファイヤーウォールで「遮断」しているのが実情です。

別の意味でも、facebookのような個人相手を主とするソーシャルネットワークサービスを企業間の通信手段にするのは難しいと考えます。遊んでいるのか仕事をしているのかを経営者や上司は容易に判別できない場合、経営者は社内で「ソーシャルネットワーク・サービスを会社のパソコンで利用する事は禁止」とするでしょう。今後、企業向けのソーシャルネットワークが「一流企業」群で普及すれば、それが企業社会全体でメールに代る通信のプラットフォームとなる可能性は検討の余地があると思います。

通信手段と同様に、企業間の儀礼様式についても、最終ユーザー企業群が「儀礼廃止」を行わなければ、それを廃止するのは難しいかと思います。しかし最終ユーザーは儀礼を受ける立場にあるので、「儀礼廃止」で得るものが少ない(=モチベーションが小さい)ので、これもやはり難しいかと思います。

故に、メールの引退も儀礼様式の廃止も、現状では難しいと考えます。しかしながら私は、個人的にはメールには早く引退してもらいたいし、儀礼様式も簡略化してほしいと願っておりますので、この批判を乗り越える意見が坂上さんから出て来る事を期待しております。