著作権の意味

1月 6th, 2008 Categories: 1.政治・経済

最近はmp3音楽ファイルなどをフリーダウンロードする事の是非について公の場で議論できるようになった。一方的に否定するのではなく、何故駄目なのか、どうしたら良いのか、について考えてみた。

池田信夫blogの中国は「自由」な国になるかという記事のなかで、

著作権法を厳密に適用すれば、すべての検索エンジンばかりか、インターネットの利用を全面的に禁止しなければならない。

著作権業界が守りたいのはmp3の音楽まるごとではなく、曲で使われている作詞家と作曲家の権利(支払い)が主であるとあると思われる。ダウンロードするユーザーが求めるものは演奏である。ユーザーを感動させるのはすばらしい演奏者と演奏であって、楽譜にかかれた作詞でも作曲でもない。これはなんかおかしくないだろうか?

既成権益を議論する時に感じる閉塞感は、ある種の事項が暗黙のうちに固定パラメタ化されている事が理由である事がある。mp3ダウンロードの議論における固定パラメタは、作詞と作曲という、人の頭からひねり出してきただけの、製作過程にもっとお金のかからない部分に、もっとも保護の重点がおかれているという事のようだ。芸術や音楽など、生産も機能もしないものに価値があるようなふりをする事は、もう止めた方が良いのではないかと思う。プロであれアマであれ、素人の日記のような文章であれ、みな同じように扱ってみたらどうだろうか?つまり、現在いるプロの作詞家、作曲家というのは、作成するときの費用だけが価値であり、あとは自動的にパブリックドメインのようにしてしまえば良いのだ。半日でひねり出した曲が、たまたま有名歌手によってながく歌われて、膨大な著作権料を得るなどというのは、もう無しにしよう。

音楽の価値を、作詞・作曲からオリジナル演奏者(グループ)の演奏に重心を移し、更に期間限定かつ有料の登録制(本人が生きているかぎり更新可能)にする。

このように、固定されているパラメタを変更してみる事で、膠着しているかに見える著作権をめぐる問題がすごくシンプルになるような気がする。

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