民主化問題をこう考える

10月 29th, 2010 Categories: 1.政治・経済, 3.中国ネタ

中国の人権問題について、チベットや内モンゴル等についてどう考えているのか、という宿題をap_09さんより頂いておりました。チベット問題に続き、今回は民主化活動に対する抑圧を「ネタ」として考察します。

この話題の代表選手といえば、獄中でノーベル平和賞を受賞した劉暁波氏、昨年のノーベル平和賞候補者であった胡佳氏、成田空港で篭城した馮正虎氏がすぐに思い出されます。これら民主活動家の人たちの共通項目は、天安門事件に参加した事を隠そうとしなかったり、民主化問題で中国政府への批判を繰り返した人たちと思われます。

日本や米国や私の居住する香港特別行政区では、人民が政府の、特に民主化政策を公然と批判する事は、それぞれの国内法に違反しません。故に、それらの国では、政府を公然と批判する事で政府から酷い目に会う事は、少なくとも表面的にはない筈です。しかしながら中国では、社会を不安や混乱に陥れる可能性があるような政府批判は、「社会の治安を乱す」為に法律違反となるようです。故にそのような民主活動家は、政府によって強制的に「口を塞ぐ」処理がとられるようです。口を塞ぐといっても、昔の南米のように、政府の暗殺部隊の標的にされるほど酷い訳ではありません。更生施設へ送られて「従順さ」を身に付けさせられるか、スーチーさんのような自宅軟禁になるか、刑務所に入るか、この3つの道があるようです。

さて、政府の民主化政策を公然と批判する事が、どうして「社会の治安を乱す」事になるのか、あるいは国家政権転覆扇動罪のような罪状で投獄されるのでしょう。安全で平穏な日本に住んでいる我々には想像もできない事かもしれませんが、他民族国家であり、13億人の人民の多くがまだ貧困から抜け出せていない中国は、社会的に不安定な状態がずっと続いています。チベットなどの民族問題、改革解放後にはじまった経済格差問題、なくならない地方政府の腐敗問題、軍閥問題などが縦・横・斜めから複雑に入り組んでおり、中国は見た目ほど「一体」ではありません。そこで、不安定な社会的バランスを意図的に崩そうとする勢力の代表選手である民主活動家は、たとえ少数でも感染性の強いウイルス病原体のように、中国政府から忌み嫌われていると考えられます。

ところで中国政府は社会の民主化をどのように考えているのでしょう。これは私の推測ですが、中国政府は経済システムとしての資本主義を社会に導入し、経済の発展の道具にしました。しかしながら、社会の民主化を積極的に行う事を目標にした事は一度も無いと考えます。なにしろ指導者層はみんな、エリート共産党員であり、バリバリの社会主義者である筈ですから。

しかしながら資本主義と民主主義は表裏一体ですから、資本主義が浸透すると、民主的な社会システムも同時に広がりました。資本主義制度によって人民の生活が豊かになった地域(特に沿岸地方)では、人民の民主化要求圧力は高まりました。この圧力を封じ込めたままで資本主義的経済発展は困難です。

経済発展を最優先目的の一つとする中央政府指導部では、経済発展と民主化意識向上の因果関係を、ある時点で理解したと考えます。内部でいろいろ検討を重ねた上で、社会の民主化圧力の段階的開放を「必要悪」として受け入れた筈です。ニュースや出版物の表現の自由、インターネット検閲などを比較すれば、30年前・10年前・5年前・現在で、平時の政府検閲レベルは明らかに違う(だんだん緩くなっている)事が見て取れると思います。これが中国における、結果としての民主化の進行状況です。

今後も中国政府(指導者)は、社会的安定の度合いと経済発展のレベルに応じて、人民が求める民主化圧力を段階的に認め、社会制度を更新して行くと考えます。必要悪とはいえ、それを認めなければ資本主義的発展が安定しないからです。このような理解の上に立ち、中国の経済発展が民主化レベルを今後も継続的に向上させるという事を述べました。

最後になりますが、人権という思想は、私にとって多くのメリットを与えてくれる便利なものと理解ており、これを否定するつもりはありません。しかしながら人権とは、資本主義や民主主義と同様に西欧文化の産物であって、世界共通・時間軸を超えて共通の絶対的な権利だとも考えていません。20世紀から21世紀にかけて、他にもっと良い社会システムや思想がないので、取り得る最善のものとして資本主義、民主主義、基本的人権などのスキームを採用しているに過ぎないと考えます。

要するに、「人は生まれながらに基本的人権を持っている」というのは実際にはフィクションです。日本の江戸時代は、人権という思想がなくても、それなりに人道的な政治を行った時期もありました。つまり人権思想がなければ常に非人道的国家になるという事ではありません。故に今の中国が、仮に日本の人権レベルに遠く及ばないとしても、それを理由に中国を「野蛮人」と批判する事は合理的と言えないと考えます。

追記:
こんな記事を書いていたら、私も有る日、中国で入国拒否される事になるのだろうか。そうなると、お客と共同経営者に迷惑をかけそうだ。

参考:
1)民主主義は魔法の杖か

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8 Responses to “民主化問題をこう考える”

  1. 10月 30th, 2010 at 18:53
    1

    こんにちは

    bobbyさんも「言語空間+備忘録当」氏のところと論争をしているようですね。

    私の方は、あまりにばかばかしいので、あまり気が乗らないのですが、売られた何とかはというやつです。

    出来れば、後はbobbyさんにお任せしたい位・・・(笑)

  2. bobby
    10月 30th, 2010 at 20:11
    2

    風竜胆さん

    お久しぶりです。経済問題は、ベースとして構築されている理論があるので、私(とたぶん言語空間さんも)のように経済学の知識を断片的にウェブでかじった者にとっては、慎重を要する課題です。逆に、風竜胆さんのようにきちんと知識を積み上げた方にとっては、門外漢からのコメントは答えるのも馬鹿らしいと思う事も多々有るかと思います。しかしまあ、ウェブの議論とはそういうものでもありますから、半分は無知な相手を啓蒙する事を楽しみにするような気持ちでやれば良いのかと...

  3. 11月 8th, 2010 at 12:24
    3

     私は喧嘩を売っていませんよ。そもそも批判を目的としていません。お互い、論争(?)に気が乗らないのなら、ちょうどよいでしょう。無益な論争をしなくてすみます。

    > ウェブの議論とはそういうものでもありますから

     それはその通りですね。

  4. bobby
    11月 8th, 2010 at 19:23
    4

    memo26さん、

    >私は喧嘩を売っていませんよ。

    風竜胆氏と私は、喧嘩を売ったなどとは何処にも書いていませんし、そう思ってもいません。しかも私は、罵詈雑言以外のあらゆるコメントやTBは大歓迎しております。

    私の記事は価値観を伴うので、なかなか白黒つけるのが難しい問題となっております。しかしながら風竜胆氏とmemo26氏の議論は経済問題であり、合理的に検証できる可能性があります。そこで記事を改めて読み直してみて、両者の記事を考察してみたいと思います。

    風竜胆氏の記事(消費税を巡る議論、消費税の増税は本当に必要か)の趣旨を下記に簡単にまとめてみました。

    1)消費税の増税には反対
    2)消費税議論議論は、逆進性議論の前に、そもそもいくらの税収が必要なのかというところから始めるべき。
    3)消費税に逆進性がある事を否定していない。
    4)世代をまたぐほど時間軸のレンジを広げて見れば、時空間的に局所的に発生する逆進性という偏りが平準化されてフラットになるという見方も可能だが、それだから増税しても良いという意味ではない。(私なりの言葉に置き換えて表現しています)
    5)現在の消費税議論においては、いくら必要かが本質的問題であり、その意味で消費税の逆進性は本質的な問題ではない。

    一方でmemo26氏は「消費税の逆進性」において、

    上記の趣旨についてmemo26氏は「消費税の累進性・逆進性は、消費税について考えるにあたって、それほど本質的ではない」と理解した後に、風竜胆氏の記事を批判し、

    風竜胆氏が「否定していない」局所的な逆進性の問題についてを、memo26氏は実例を用いてえんえんと説明し、記事の最後で「消費税には逆進性の観点で問題があり、所得税とは異なり、それが構造的に解消不可能であるために、逆進性の問題は「強く現れる」と思われます」と結んでいます。

    ここで発生している問題は、風竜胆氏が「否定していない」局所的な逆進性を、memo26氏は「否定している」と思い込み、それを前提として記事を書き続けている事で、風竜胆氏から「あまりに独善的」と批判されているものと推測します。

    ひとつ例をあげましょう。

    「私は、誤解していないと思います。「文理両道」さんの主張、すなわち「レンジを空間的時間的に広げれば、収入に対してはテクニカル的にフラットである」を言い換えると、「消費税の累進性・逆進性は問題にならない」になります。」

    ここでmemo26さんが問題にするべきは、「形式的」か「実質的か」ではありません。なぜなら風竜胆氏は、記事のどこにも「形式的逆進性」と「実質的逆進性」について言及していないからです。memo26さんが(もし可能であれば)突っ込むべきポイントは、局所的に発生する逆進性を世代のレンジへ広げた時に、逆進性がどのようにして、世代間をまたいで影響を与えるかを、具体例を用いて検証するべきです。

    その検証記事の内容が十分に合理的であれば、風竜胆氏はmemo26氏の見識を賞賛するものと推測します。

  5. 11月 9th, 2010 at 14:40
    5

    「喧嘩を売ったなどとは何処にも書いていません」と書かれていますが、「売られた何とかはというやつです」といえば、「喧嘩」と解釈するのが常識ですね。

     風竜胆氏の記事についての論評は、やめませんか? 氏のブログに行ってみると、「教えてやっている」だとか、「苦し紛れに書いた言い訳」だとか書かれています。「独善的な、あまりに独善的な」というのは氏にあてはまる気もしますね。
     どちらが正しいかはともかく、互いに論争(?)する意思がない以上、ここで話す意味もないと思います。

    > 私の記事は価値観を伴うので、なかなか白黒つけるのが難しい問題となっております

    bobby さんはかなりの親中派なのでしょう。私としては、bobby さんの親中感覚がどこからくるのか、そちらのほうが気になります。

  6. bobby
    11月 9th, 2010 at 15:56
    6

    memo26さん

    >bobby さんはかなりの親中派なのでしょう。私としては、bobby さんの親中感覚がどこからくるのか、そちらのほうが気になります。

    私自身には親中派という意識はありません。中国は私にとって、ビジネスを行う「市場」です。

    反中的な記事についての反論的記事を書く理由は、中国をいまだに「中共」というくくりでしか見ない時代遅れの認識や、間違った認識に基づくものがあるので、それを正したいと思うからです。

    なぜ正すべきかと考えるかというと、間違った前提で日本の方向性や未来について考えても、正しい目的地にたどり着かないと思うからです。

    中国を無視する事ができないと考える理由は、日本が中国を無視しても、中国は日本を無視してくれないと思うからです。大変不都合な事に、日本は中国のすぐ近くの海上にあり、中国の防衛戦略上、非常に重要な位置にあると考えます。日本が米国の軍事同盟下にあるのと、中国の制御下にあるのでは、中国の防衛戦略はおおきく変わるでしょう。

    ゆえに日本は、良く考えて生き残り戦略を考えないと、21世紀中に中国の影響下に飲み込まれてしまう可能性が高く、それを危惧するがゆえに、このような記事やコメントをしつこく書いています。

  7. shuu
    11月 25th, 2010 at 16:03
    7

    中国が絡むと相変わらずヒステリックに己の意見が正しいと強弁するのですね。
    価値観は人それぞれですし、西洋の論理が全能でもありません。
    だからと言って、中国的な価値観や論理を正当化する理由にはならないんですよ。

    ちゃんと列に並べずどこにでも痰を吐くのは西洋の価値観から反するのでダメだという話ではないでしょう。資本主義だの社会主義だのという言葉遊びの問題でもありません。

    あと、話が反れますが、あなたは自分が中国のことをよく知っていて他の連中はよく知りもしないで評価していると思っているでしょ?
    だから正しいことを教えてあげますと。
    残念ながら中国と仕事してる人なんて腐るほどいますし、私も長年相手をしてるので良い面も悪い面も嫌というほど見てきています。他の皆さんも同様だと思います。

  8. bobby
    11月 25th, 2010 at 18:29
    8

    shuuさん

    あいかわらずヒステリックなコメントを有難うございます。仰るように西洋の資本主義とか民主主義とか人権という思想が絶対正しいとは考えておりません。同様に、中国の価値観が絶対正しいとも考えていません。チベット侵攻が正しいとか、チベット暴動は正しいと言っておりません。逆に、中国=人権抑圧とも考えていません。私の記事とコメントを熟読されてからコメントされた方が、なんらかの、実の有る議論になると思いますよ。

    >残念ながら中国と仕事してる人なんて腐るほどいますし、

    そうであれば、貴方の体験した中国を語って下さい。ネット上で私にコメント頂く方は、いづれも中国未体験者のようです。

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