なぜUstream視聴者は誤解したか

孫氏と池田氏と夏野氏の討議で孫氏が示したプレゼン内容にはトリックがあるのではないかと感じました。その記事に、ソフトバンク副社長の松本氏から「アゴラの私の記事「光の道と…(まとめ)」のコメント欄をご参照ください。」とのコメントを頂きました。以下に、私の記事を引用されたはんてふさんへの、松本氏のコメントを引用させて頂きます。

(引用開始)
はんてふさんへ
「近未来の100万倍のトラフィック」の話をする前に、目前に迫っている「数100倍のトラフィック」の話をしましょう。このことを理解する鍵は、「映像」と「大容量ファイルトランスファー」です。現在静止画で満足している人が、「Videoが普通」と考え出した途端に、トラフィックは簡単に100倍程度に跳ね上がります。ローカルに仕事をする為に先ず大容量のプログラムをダウンロードしようとすれば、余程の高速回線がなければ仕事になりません。モバイル回線やADSLだけではとても不可能で、どうしても「光+802.11n/ac」の固定/準固定環境の整備が必要です。インフラの整備というものは、一般の人達の目に見えるようになってから手を打つのでは手遅れであることを、是非ご理解ください。先を見る目を持った人がリードしなければなりません。
(引用終わり)

では数100倍のトラフィックについて考察しましょう。ニコ動やUstreamのストリーミング視聴や、それら動画ファイルのダウンロード(P2Pダウンロードを含む)は若年層のパソコンユーザーではかなり普及しています。これをすべて公衆無線へ移行して、更にその数100倍のトラフィックが発生した場合、公衆無線の限界とされた450倍のトラフィック容量では確かに足りないでしょう。しかし家庭単位のトラフィックで見た場合、1家に1台のパソコンが、1人1台のパソコン+1-2台の移動端末(いまの我が家の状況)になった場合でも、トラフィックは数倍程度(10倍までは増えない)と推定されます。このような推論はちょっと考えれば誰にでも可能なのに、番組中では、それは議論されませんでした。

多くの視聴者がUST番組を見ながら、ADSLによるトラフィック吸収の議論がスキップされた事に気付かなかったのは何故でしょうか。その理由を考えてみました。電波ビッグバンとNTT構造分離を除いて、番組中での議論はだいたい下記のように進んだと思います。

1)ネットのトラフィックが10年で1000倍、20年で100万倍に増えるとした理由は過去の増加率をもとにしており、ユーザー数と端末数が増え続ける事を前提とした一般論であるので、反論し難い。
2)公衆無線の帯域計算はある意味単純なので、いくら増やしても450倍程度しか増えない事は簡単な計算を示されれば否定できない。
3)このようなトラフィック増が発生すると仮定した場合、公衆無線で対応できない事に合意するのは容易である。
4)ADSLに使われているメタル回線の保全費は年間で1900億円であるが、その70%は田舎部で発生している。
5)メタルを剥がして全部を光ファイバに代えれば維持費が安くなり、ブロードバンドサービスをメタル回線+ADSLの価格程度で提供できる。

さて、1000倍、100万倍は総トラフィック量の話であり、家庭単位ではありません。しかし、上記の1から3で、総トラフィック量の増大と家庭単位のトラフィック量の増大を巧妙に摩り替え、あたかも家庭で1000倍のトラフィック量の増大が発生するようにプレゼン相手を意図的に勘違いさせた可能性があります。

そして次に、光ファイバの回線会社をつくってメタルを全部剥がせば、ネット接続費用がADSLより安くなるとの積算結果を見せて、「光ファイバでみんな幸せ」との印象を与えたのがUSTでのアンケートの結果ではないでしょうか。

しかしここで、基地局から家庭までのトラフィック量増大は既存のADSLでも吸収できるとしたら、そもそも論としてこの議論の必然性が曖昧になってしまいます。そこでADSLを使い続けるとしたらどうなるかという(メタル回線部門の維持費以外の)議論から意図的に遠ざかったのではないでしょうか。池田氏もこの部分にはもっと突っ込んでほしかったと思います。

ところで孫氏が強調した、積算で見積もった事を強調した光ファイバの月額費用や回線会社の損益ですが、これについても注意すべき点があります。企業が新規事業を行う場合に、事業計画書なる損益プラン作成して実現可能性を示し、役員会で承認される事で開始します。実は、これが曲者です。新規事業をはじめたい人が作成するのですから、赤字にするか黒字にするかはプランを作る人の事情次第です。入手できる数字はすべて過去の実績や他部門の実績を流用しますが、しかし、選択可能な数字には幅があるので、プラン作成者の意図に従って、高め或いは低めの数字を意図的に使用します。それにより収益プランは大幅に影響を受けます。それで、実際に事業がはじまるとどのような事になるでしょうか?私の知る限り、事業計画に沿って順調に損益が黒字化するような事業はめったないというのが現実です。孫氏の過去の事業が綱渡りの連続であった事をみれば、回線会社の事業計画は、社内の役人会議を通す程度には現実的かもしれませんが、プラン通りの損益を実現可能かといえば、それは大いに疑問であるといわざるを得ません。

捕捉説明:
1)孫氏の積算による金額計算を、池田氏は「もしその計算が正しければ」と何回も言っているので、認めたというより事実上の保留と言うべきでしょう。

2)孫氏と池田氏と夏野氏が明示的かつ無条件に合意したのは、電波ガラパゴスの解消と、固定電話のIP化と、ITが日本の成長戦略に必要だという3点だけではないでしょうか。

参考資料:
1)池田信夫氏が「光の道」めぐりソフトバンク・孫正義社長と大激論(前編)
2)池田信夫氏が「光の道」めぐりソフトバンク・孫正義社長と大激論(後編)

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One Response to “なぜUstream視聴者は誤解したか”

  1. 7月 2nd, 2010 at 12:54
    1

    >家から基地局までのネット環境ではなく、基地局からサーバーまでの実効速度だから、この議論とは直接の関係はないと思いますよ

    孫正義にしろ松本副社長にしろ、
    「基地局からサーバーまでの実効速度」つまり
    「基地局とサーバ間の通信」という説明を省いているのが
    気になります。

    「基地局とサーバ間の通信」、「高密度ユーザ集積地」、
    こういうところにトラフィックは偏在すると思うのですが、
    「偏在」の問題については無解答でしたね。

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