電子カルテは道具である(1)

日本では既に、電子カルテの導入が始まっていますが、電子カルテの問題はなかなか複雑です。電子カルテは導入事例がまだまだ少ないので、IT業界としてノウハウの蓄積が少ない事は間違いありません。また、井上晃宏氏の医療情報電子化は手段であって目的ではないと、医療関係者らしき方々による否定的コメントを読むと、医者=職人の気質的な問題が大きなウェイトを占めている可能性も否定できません。

電子カルテに否定的な医療関係者の多くは、当然の事ながら医療業界の事しか知らないでしょうから、医療とは特別な業界であるとの前提に立ち、そもそも医療情報の電子化なんて無理があり、現場の医者や看護師の生産性を下げるだけである、という固定観念に囚われておられる方が多いようです。しかしシステム屋の私の経験から言うと、あらゆる業界が他業界と比較すると特別であり、普通の業界など一つとしてありません。医療業界も、無数にある「特別な業界」の一つに過ぎません。この点で、システム化について医療を特別視する医療関係者の認識は間違っています。

業界それぞれに特別な問題がある訳ですが、電子カルテの問題で一番大きいのは、医者が診断時に記入するカルテ本体情報を、どう電子化するかです。

単純にカルテを電子化して紙の保管スペースをなくし、受付でカルテを探す時間を省くだけなら、タッチスクリーン画面にペン入力でカルテ本文を記入し、イメージ情報のまま管理すれば良いでしょう。これだけのシステムなら、小規模の院内サーバーを置き、受付はデスクトップパソコンで、お医者さんは(最近流行りの)電子ブック型アンドロイド端末の組み合わせでシステム開発すれば、数ヶ月程度で開発完了でしょう。(受付や医者の端末を直にクラウド接続すると、ネットが切れた時に現場が混乱するので、間接的なクラウド接続が運用的にはベターです)

全国の開業医を対象とすると、電子カルテの需要は非常に大きな反面、小規模開業医は何百万円もIT投資するのは厳しいでしょうから、ハード+システム+導入人件費込みで100-200万円程度に納まる必要があります。その為には、ITゼネコンや医療に特化したソフトハウスではなく、あなたの街の零細ソフトハウスやフリーランスがシステム導入できる必要があります。

これを可能にするには、電子カルテの本体機能をGPLライセンスでオープンソース化して無料で配布できるようにすれば良いでしょう。(最初に誰かが、それを無償で開発する必要がありますが...)フリーランスプログラマが、オープンソースによる電子カルテシステムを収入源にできるようになると、小規模な開発が全国でたくさん発生して、導入事例が一桁か二桁増えるでしょう。導入数が増えると、オープンソースのメリットであるシステム全体の機能や安定性が飛躍的に高まります。そこまで到達すれば、電子カルテはありふれたシステムになり、導入事例は更に増大し続けるでしょう。電子カルテが一般化すると、IT業界にノウハウが蓄積して、電子カルテの本体情報を少しずつ、ペン入力によるイメージから分離して、検索可能なコードやテキストへ置き換える事ができるようになると予測します。

医療業界とは関係ありませんが、ウェブショップ用のソフトは、一頃は数百万円以上の開発費を要したものです。しかし今は、オープンソースの無料ウェブショップソフトがいくつも入手可能になりました。その為に、数十万円程度で、自前のウェブショップを開く事ができるようになっています。

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9 Responses to “電子カルテは道具である(1)”

  1. 5月 27th, 2010 at 12:26
    1

    お説ごもっともです。

    >電子カルテの問題で一番大きいのは、医者が診断時に記入するカルテ本体情報を、どう電子化するかです。

    皆さん、何か難しいことをおっしゃっているようですが、日本の医師のカルテの記述とは、文というより電文体、もっと言うとほとんど単語の羅列です。専門科とか、個々のクリニックや病院の好みによってどの項目のスペースを大きくするかとか、見やすい項目の配置にこだわるというくらいで、書式はそんなに複雑ではありません。定型化してます。またオリジナルは手書きでも、スキャンしてpdfファイルにして保存という手もあります。
    電子化は、素人からしたら入力方法に融通がきかないことも多いので慣れるまでは大変ですが、そこはSEさんのデザインの腕の見せ所。使い勝手が良いと、俄然情報処理量がアップして仕事の効率があがります。
    またスーパーの商品管理と同じで、電子化されると、一定期間に何の診断で何人の患者が何日入院、改善したのか、悪化したのか、どの薬がどれだけ使われたか等、診療の実態分析、どこにどれだけコストがかかるという分析が正確かつ短時間にでき、経営、保険点数請求等、大変役立つはずです。もともと医療の質を高め、短期的にはIT設備投資がいるとしても、長期的には経費削減を目指しているので、それこそ”手段としての目的“を見誤らないようにすべきですね。

  2. bobby
    5月 27th, 2010 at 15:05
    2

    ap_09さん、
    今朝、歯医者さんの電子カルテのデモ画面をネットで見ました。個人経営の開業医ならA4サイズのiPad型携帯端末に、全文をペン入力式の「手書き」式でも、カルテの検索とファイリングには十分なのですが、病院業務全体の事務効率を上げるには、薬の処方や、レセプト(というのですか?)と接続できる事が重要みたいですね。

    カルテ本体は、基本的に自由入力形式で、中身は医者に一任されているのが問題かと思います。しかし、医者は産業界的な画一性が嫌いなようですから、個々の病院で経営者が「うちの」フォーマットを決める事はできても、経営単位の外にある組織がカルテのフォーマットを強要する事は、良し悪しは別として、心理的な反発が大きく、それがアゴラで電子カルテへの批判的コメントになっているようです。

    ちなみに先週、香港で近所のクリニックで診察を受けたところ、30歳代と思われる女医さんは、コンサル室の机にデスクトップパソコンを置き、パソコン用の医療システムと思われる画面に、私と会話しながら随時、普通の英語分で、診察内容を入力して、紹介状までそこからプリントしてました。カルテ画面には、図面とかの入力機能は見当たりませんでした。やはり英語文化では、文章中心で、図とかは少ないのでしょうか。

    一方で、会社の近くにある中年オジサン医師は、カルテは中文で書きますが、手書きの絵も多いようです。

    これらは医師固有のスタイルの差なのか、言語に関連した文化的な違いなのか、興味深いですね。

    >、診療の実態分析、どこにどれだけコストがかかるという分析が正確かつ短時間にでき、経営、保険点数請求等、大変役立つはずです。

    ところで、これはあらゆるシステムに言える事ですが、現場の(医師やスタッフの)実作業効率の向上を目的としたシステムは、経営分析など事務管理作業の効率化にはあまり役立ちません。一方で、分析や事務作業の効率アップを目指したシステムは、現場の負担を必ず増大させます。なぜなら、現場の効率アップと、事務や経営分析の効率アップは、現状では矛盾した課題だからです。

    ap_09さんは、日本の医療にとって、二者択一の場合、どちらの効率を優先するべきであると思われますか?

  3. 5月 28th, 2010 at 06:30
    3

    >文章中心で、図とかは少ないのでしょうか。
    これは言えてますね。英語のカルテの方がずっと文章です。
    あるいは内視鏡とかエコーとか、手書きの絵ではなく写真そのものです。
    でも外科の先生とか、論文に画家やデザイナーも真っ青という、素晴らしい術野とか説明の絵を描かれる方は時々おられます。

    >一方で、分析や事務作業の効率アップを目指したシステムは、現場の負担を必ず増大させます。なぜなら、現場の効率アップと、事務や経営分析の効率アップは、現状では矛盾した課題だからです。
    カルテの電子化は医療効率を上げるのが目的なので、事務仕事が増えるのは必ずしも問題ではないと思います。第一に新しい雇用を創出します。
    これを情報処理系の労働者ではなく、電子化しないで医師の数を増やすという形で対応しても、医者は医者しかできません。 しかし、情報・IT系は培ったシステムマネージメントのノウハウを、別の産業で応用したり、ひょっとすると新しい産業の出現という形で拡張して行くかもしれません。

    というわけで、事務仕事(情報処理)が増えても、医療サービスそのものの効率の改善を優先すべきだと思います。

  4. ikuside5
    5月 28th, 2010 at 18:25
    4

    はじめまして。アゴラのコメント欄での指摘はとても参考になりました。事務系と現場での効率化の二者択一の問題はまさにご指摘のとおりで、これはとても根深い問題だと思います。

    私の守備範囲では診療所での運用に限られるのですが、電子カルテを導入して成功している診療所は、請求業務(レセプト作成等)の作業効率化をうまく運営全体に生かせているところだと思います。つまり請求以外の部分、たとえば医師の診療周りなどは、当初はもちろんソフト会社の方とマンツーマンの状態で操作を教わるという感じでしたし、操作に慣れた現況でも、それほど効率化している感じでもないのです。

    ただ一方で、請求業務は大幅に効率化されています。これは、今まで事務員が紙カルテから内容を拾って一々請求ソフトに入力していたものが、半自動化されたということによるものかと思われます。当診療所ではこれまで、月末月初など事務員は大変な残業をこなしており、それが軽減したことには意味があるし効率化の意義は大きいと思います。

    ところが一方で、昨今の公立病院などはどうも、これは先日テレビ番組の特集で知ったのですが、医療事務員が慢性的に過剰雇用の状態らしいですね。一方医師は不足しておりますので、こういうところでは電子カルテがどういう運用になっているのだろうか?という疑問が生じます。公立病院は労働組合の関係で、人員配置を効率化できないというイメージが私には根強くあるので、既にも過剰配置の事務員のために、わざわざ現場の医師の負担増にもなりかねないカルテ電子化であるとすれば・・お医者さんが否定的になるのも無理ないかなという気にもなってきますね。大病院のソフトがどういうものであるのかは、私は全く存じていないのですが・・・。

  5. bobby
    5月 29th, 2010 at 12:25
    5

    ap_09さん、
    >これは言えてますね。英語のカルテの方がずっと文章です

    昨日、耳鼻咽喉科でEndoscopy(喉カメラ)を飲み込んできました。その時に、診察の後で使っている電子カルテの事を聞いてきましたが、カルテはシステムを使うのが便利(ファイルキャビネットが要らないし、すぐ検索できる)だし、いまどきシステム使うのは当たり前でしょ?みたいな感じでした。日本の意思は、診察内容を精密に文章化できるほど、ドイツ語や英語の作文能力を、みな持っているのでしょうか?ap_09さんが指摘された「単語の羅列に近い」というのは、外国語の作文能力が低いからでしょうか。だとすれば、カルテを日本語で書くようにすれば、カルテは文章中心になるのでしょうか?

    >事務仕事(情報処理)が増えても、医療サービスそのものの効率の改善

    医療サービスの改善の意味は、直接的には下記のどれに相当するのでしょうか?
    1)単位時間あたりに医師が診察できる患者数の増大
    2)単位時間あたりの診察内容の精密化
    3)事後的な統計的分析
    4)その他

    ikuside5さん、
    事務効率の軽減は、システム化が得意とする分野ですが、経営者側が欲張って、どうせやるなら「あれも」、「これも」と増やしてゆくと、うまくゆかない事も多いようですね。

    公立病院の件がそうであるとすると、システム導入期間は、あらゆる意味で現場の負担を増大させます。ゆえに、現場にシステム化の目的がなく、「導入したい」というモチベーションが無ければ、現場から大きな反発を受け、システム化は失敗するようです。

  6. 5月 29th, 2010 at 20:52
    6

    日本でも新規開業の診療所では50%以上の導入率だそうです。電子カルテを扱っている会社で新規開業相手だと100%取引成立というところがあるようです。

    カルテはもちろん日本語で書くのですが、病名・症状の専門用語としての名詞を、外国語でちりばめているという意味です。もしそれだけ外国語ができれば、苦労ないですよ・・

    >医療サービスの改善の意味は、直接的には下記のどれに相当するのでしょうか?
    1)単位時間あたりに医師が診察できる患者数の増大
    2)単位時間あたりの診察内容の精密化
    3)事後的な統計的分析
    4)その他
    全部だと思います。1)を改善というかどうかは検討すべきですが、単位時間当たりの情報処理量、発信量ともに、はるかに増大できるでしょう。3)は予防・災害発生時、公衆衛生の向上、新薬・新治療研究、副作用管理等の資料活用として非常に有用で、4)について現状のみならず、将来的にも大変重要なツールになるのではないでしょうか。
    たとえばヒトではないですが、口蹄疫で、以前にどのような地理的特徴で伝播したとか、一度発生したら、迅速に当局に報告ができ、広がりを防ぐために関連業者や周辺地域への協力の要請、警告、対策法を一瞬に広報できる、消毒液が不足した場合にどこにストックがあるか等々、こういう対策フローの構築・実践の資料提供、連絡体制のシステム作りとしても、電子化の有用性には多大なものがあります。

  7. ikuside5
    5月 29th, 2010 at 22:04
    7

    >事務効率の軽減は、システム化が得意とする分野ですが、

    医療事務分野でのレセプトの作成に関しては、診察時の患者さん個々への請求とは別に、保険者への請求明細を毎月確定し、決められた日時までに(だいたい次月の月初頃)保険組合などに一月分をまとめて請求するという作業があります。その請求内容を元に各医療機関への保険者からの支払いが行われるのですが、その部分の手間がカルテ電子化で大きく軽減したという感じですね。こういった作業は診察の合間や残業で行うのが常で、ですのでこれまで私には医療事務というと「残業」というイメージが強かったのですが、これからは変わってくるのかな?という感じですね。

    あと公立病院の件で、私が見たのはこちらの番組です。自身で録画したものを後日見たので、アゴラでのコメントのときはよくわかっておりませんでした。
    http://pid.nhk.or.jp/pid04/ProgramIntro/Show.do?pkey=109-20100523-33-33994

    大赤字を抱えているのにもかかわらず、外部委託した事務員やら清掃員やらをさらに過剰採用しなければならないとか、様々なリース費用がやけにかさんでいるとか、そういうことは政治的な問題のようです。テクニカルな議論にはそぐわないですね。

  8. bobby
    5月 30th, 2010 at 00:51
    8

    ap_09さん

    システム導入時、依頼主さんの多くは(医療関係に限った事ではなく)1と3を同時に実現する事を希望される場合が多いのではないでしょうか。しかし現状では両者は矛盾した目的であり、同時に実現はできません。システムから見た場合、1はシステムへの入力や操作を少なくする事であり、3はその逆だからです。両者を同時に実現する場合には、1と3の間のどこかで「妥協点」を設定する事は可能です。また高度な音声入力や、支援用人工知能が実現すれば、1と3を同時に実現する事は可能ですが、現状では夢の域を出ていません。

    医者の診断カルテの中身のうち、要素的情報がコード化されて政府のクラウドへ保管可能になった場合、蓄積される診断情報の中から特定の疾病(たとえば伝染病)をピップアップして流行の兆しを見つけたり、政府への届出を自動的に行ったりという事は、技術的に可能かもしれません。統計調査や分析という事では、政府主体のクラウド化は大変興味深い課題ですね。

  9. bobby
    5月 30th, 2010 at 00:55
    9

    自治体という「経営の素人」が大病院の事業計画とかをつくるのが、そもそも難しいでのしょうね。

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