人口知能へのアプローチ

elm200さんの機械翻訳は語学学習の代用にはならないのコメント欄で、人工知能についてshiro宛てに書いた人工知能に対する考察が(我ながら)面白かったので、内容を少し修正して、こちらへも残しておく事にしました。

wikiを見ると、人工知能の実用化への前途は極めて厳しいようです。我々の業界では、「人口無能」と揶揄する人も少なからずいるようです。多くの有能なリソースと時間を注ぎ込みながら、いまだに人工知能が実現できない理由はどこにあるのでしょうか。素人が勝手な考察を巡らせてみました。

外部記憶装置に格納されたプログラム(データを含む)と、それを実行する演算装置が分離されている事(ノイマン型コンピュータの定義そのもの)が、現在抱えている人工知能の実現の限界を示しているように思えます。

少ないコードで効率良い判断を行う為には、個別の事例の集積から一般化を行う、帰納的判断機能が不可欠のように思えます。しかし、個別の判断と、一般的な判断は別次元になるように感じますので、個別判断のコードをいくら蓄積しても、それを一般化させるアルゴリズムにはなりません。帰納的判断機能を獲得するには、個別判断の事例をもとに、自身のアルゴリズムを追加できるような機能を要するのではないでしょうか。ところが、学習結果をもとに自身を構築し直して事象へ最適化する能力自体がすでに人工知能の能力に相当すると思われますので、学習によって帰納的な判断を行うプログラムは、ノイマン式では存在し得ない事になります。

帰納的判断能力をギブアップした場合、個別の学習結果から、あらゆる個別の判断コードを自己増殖させ得るようなノイマン式コンピュータは可能性がありそうです。しかし、実世界において無限に近い個別判断コードを蓄積するには、無限に近い外部メモリと演算処理能力を要するので、これもまた困難と言えそうです。

ところで人間の幼児は知能ゼロで生まれますが、脳が本能(ROM?)として備えていると思われる学習機能によって、後天的に知能を獲得するようです。その際に、脳は判断アルゴリズム(プログラム)と演算機能が一体になっているように感じられます。

つまり、データは記憶領域へ分離可能だとしても、アルゴリズムと演算機能は一体化したような新しいコンピュータ方式であって、自発的好奇心を持ち、好奇心にドライブされた学習機能の結果により演算アルゴリズムを自己増殖させられるような能力を付与できれば、学習によって後天的に知能を獲得するコンピュータが実現可能かもしれませんね。(勝手な妄想で失礼しました)

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2 Responses to “人口知能へのアプローチ”

  1. 5月 4th, 2010 at 01:09
    1

    興味深い考察をありがとうございます。

    翻訳を可能にするレベルの本格的な人工知能の実現には何か根本的な発想の転換が必要な気がします。
    そのための部品群はすでに用意されているのかもしれませんが、動作可能な形で組み立てた人がまだいないのでしょうね・・・

    いままでの伝統的な人工知能の研究サークルの外でブレイクスルーが起こる予感がします。どうしても既存の研究者は、既存の学問のパラダイムにとらわれてしまうものなので。

  2. bobby
    5月 4th, 2010 at 20:55
    2

    elm200さん、

    私はノイマン式コンピュータでAI実現は不可能ではないかと感じています。

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