日本国民の定義と永住外国人の参政権

1月 24th, 2010 Categories: 1.政治・経済

永住外国人の地方参政権の問題については、下記の3つの記事で、私の意見を述べました。

1)国籍の意味と選挙権
2)永住外国人の地方参政権に賛成する
3)外国人地方参政権の反対理由を考察する

さて、今日のたかじんのそこまで言って委員会で、原口総務大臣のトークを聞いていて気づいたのですが、日本国憲法15条で「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」という時、国民とは何かという定義は、厳密には日本国憲法の中では行われていません。日本国憲法10条では、「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」と述べており、別途の法律で規定しなさい、という訳です。

私は法律の専門家ではないので、間違っていたらどなたかご指摘頂きたいのですが、憲法が国民の定義を厳密に行っていない以上、外国人に地方参政権を付与するという事を、現在の憲法および法律下で行う場合に、法律違反ではあっても、憲法違反にはならないという解釈論が成り立つのではないでしょうか。

こちらを見ると、日本国民の定義は憲法10条と国籍法によっているようですが、憲法10条には、どんな法律によって規定するかを明記していませんから、日本国民=日本国籍保有者は、憲法では規定されていません。どんな人達を国民とするかは、行政と国民の判断に任されていると言えるのではないでしょうか。

もし上記が間違っていなければ、私が以前に定義した永住外国人を、制限された権利を付与した日本国民として含めるという法律改正(あるいは新しい法律の作成)を行えば、現在の日本国憲法との整合性は取れるのではないかと考えます。

外国人の地方参政権反対を叫んでいる方々、如何でしょうか。

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13 Responses to “日本国民の定義と永住外国人の参政権”

  1. 1月 27th, 2010 at 06:37
    1

    いつも楽しく拝見しております。

    >外国人に地方参政権を付与するという事を、現在の憲法および法律下で行う場合に、法律違反ではあっても、憲法違反にはならないという解釈論が成り立つのではないでしょうか。
     成り立ちえます。判例も傍論ながら憲法許容説を採ります。

    >日本国民の定義は憲法10条と国籍法によっているようですが、憲法10条には、どんな法律によって規定するかを明記していませんから、日本国民=日本国籍保有者は、憲法では規定されていません。どんな人達を国民とするかは、行政と国民の判断に任されていると言えるのではないでしょうか。
     言えません。憲法10条と国籍法とは授権関係にあります。現行法上は、日本国民=日本国籍保有者、です。また、行政は、我が国が法治主義に立つ以上、「法律に基づく行政」により、日本国籍保有者以外のものを国民と看做す裁量はありません。

    >私が以前に定義した永住外国人を、制限された権利を付与した日本国民として含めるという法律改正(あるいは新しい法律の作成)を行えば、現在の日本国憲法との整合性は取れるのではないかと考えます。
     定住外国人を日本国民として認めるには、国籍法の改正、地方参政権の付与を認めるには、公職選挙法の改正、が必要です。

     ちなみに、私は定住外国人に対する地方参政権の付与は許すべきではないと思います。理由は割愛します。

  2. bobby
    1月 27th, 2010 at 10:15
    2

    轍さん、コメント有難うございます。

    >言えません。憲法10条と国籍法とは授権関係にあります。

    wikiによれば国籍法は、「日本における国籍法(こくせきほう)とは、日本国憲法第10条の委任により、日本国民たる要件を定めるために制定された日本の法律である」となっています。

    仮に階層的な上下関係を想定すると、憲法は上層、法律は下層の関係になるかと思います。ここで、上(憲法10条)から下へは(憲法中で)接続されていませんが、下(国籍法)から上(憲法10条)に接続されている状態かと思われます。

    これは憲法の文言を厳密に解釈した場合、上側(憲法10条)から見た場合の、国籍法が憲法10条の必然的な延長先となる合理性が不明瞭ではないかと思われますが如何でしょうか。

  3. 1月 27th, 2010 at 19:17
    3

    >仮に階層的な上下関係を想定すると、憲法は上層、法律は下層の関係になるかと思います。
     国法秩序の段階構造、といいます(ケルゼン)。具体的には、憲法を頂点に、法律→命令→処分、の関係のことで、下位法は上位法にその有効性の根拠を有する、という意味です。翻って憲法10条は、日本国民の要件は、全国民の代表の国会議員で構成される国権の唯一の立法機関である国会で制定される法律で定める、と素直に読めるはずです。すなわち、憲法10条は、日本国民の要件については、法律事項とするわけで、その法律が「国籍法」です。たしかに憲法上「国籍法」にてそれを定めよ、とは書いていませんが、国会議決の過程を知れば、必然的に国籍法が憲法10条の下位法であることが理解できます(昭和25年法律147号、昭和59年法律45号など)。

     ちなみに、基本的な六法(六法全書など)には、親切にも憲法10条の下位法が国籍法であることが照会されており、法曹人はこれでなんら疑うことなく「そういうものなんだ」と納得しています。

  4. bobby
    1月 27th, 2010 at 19:34
    4

    轍さん、丁寧な説明をありがとうございました。

    >たしかに憲法上「国籍法」にてそれを定めよ、とは書いていませんが、国会議決の過程を知れば、

    そこが知りたかったのです。憲法10条の下位法が国籍法であることを法律家が誰も疑わないからといって、それが不変である必要はありません。

    憲法10条の下位法を国籍法から別の(新しい)法律へ関連付け直す事が法技術的に可能であれば、憲法改正なしで、国民の定義を広げる事が可能ではないかと思いました。

    その新しい法律で、国民の定義をやり直し、国籍保持者だけでなく永住外国人(限定的な権利)にまで広げるようにすれば良いのではないでしょうか。

  5. 1月 27th, 2010 at 20:36
    5

    >憲法10条の下位法を国籍法から別の(新しい)法律へ関連付け直す事が法技術的に可能であれば、憲法改正なしで、国民の定義を広げる事が可能ではないかと思いました。
     先ほど説明したケルゼンの国法秩序の段階構造からすれば、法律事項として必要とされる法律は1つに限定すべきで実務上のそのように運営されています。仮に別法もしくは特別法を制定したならば現行国籍法は排除、死文化します(後法、特別法優位の原則)。しかしながら、日本国民を何とするか、といういわば我が国のアイデンティティに触れるような、法哲学にまで遡って検討すべき国籍問題を今後変更することは考えにくく、もし定住外国人の地方参政権問題プロパーを解決する手段としては、公職選挙法の改正のほうが穏当だと思います。

    >その新しい法律で、国民の定義をやり直し、国籍保持者だけでなく永住外国人(限定的な権利)にまで広げるようにすれば良いのではないでしょうか。
     前述の通り、国籍法の改正、死文化ではなく、公職選挙法を改正して、定住外国人に選挙権を付与するほうが穏当だと思います。

  6. bobby
    1月 27th, 2010 at 23:03
    6

    轍さん、度重なるコメント有難うございます。非常に勉強になります。

    >もし定住外国人の地方参政権問題プロパーを解決する手段としては、公職選挙法の改正のほうが穏当だと思います。

    本記事は、憲法10条を盾として「違憲」を理由に反対する人達へのソリューションが出発点です。この人達は、轍さんが仰る公職選挙法の改正で納得するでしょうか?

  7. 1月 28th, 2010 at 00:33
    7

    こちらこそ、Bobby様の思考の一助になれたならば幸甚です。

    >本記事は、憲法10条を盾として「違憲」を理由に反対する人達へのソリューションが出発点です。
     定住外国人の地方参政権付与如何の問題は、そもそも憲法10条というよりも憲法15条1項(公務員を選定・・・することは、「国民」固有の権利である)ひいては14条1項(一般的な「政治的」不差別の保障)に抵触する問題です。
     そして、傍論ながら判例は、まず原則論として以下のように言説します。
     憲法15条1項は、国民主権の原理(憲法1条後段)に基づき日本国民に選挙権を付与することを表明するとするところ、主権が「日本国民」に存するものとする憲法前文、1条に照らせば、憲法の国民主権の「国民」は、日本国民すなわち我が国の国籍を有するものを意味することは明らかだとします。そうとすると、憲法15条1項の規定は、日本国民のみをその対象し、その権利の保障は、在留外国人には及ばない、というわけです。
     次に、「地方」に着眼した論理を以下のように展開します。
     すなわち、地方参政権について規定する93条2項にいう「住民」とは、上記規定の趣旨及び地方公共団体が我が国の統治機構に不可欠な要素であることから、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味し、該規定の権利保障についても在留外国人には及ばない、とします。
     最後に、「定住」に着眼した論理を以下のように展開します。
     すなわち、在留外国人のうちでも永住者であってその居住する地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったものについて、その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務に反映されるべく、地方選挙権を付与する立法措置を講ずることは、憲法上禁止されていない、とします。
     
     前置きが長くなりましたが、憲法10条を含めて憲法上の「国民」の文言は解釈上当然統一されますから、納得しないと思います。また、地方選挙権付与に賛成する見解のよりどころは、実は憲法93条2項です。端的に「住民」ならば選挙権を付与すると読むことができるからです。つまり、地方選挙権ひいては参政権の問題は、この「住民」をどのように解するのかに集約されるわけです。
     ちなみに、国政も含めて定住外国人の参政権については、その人の国籍を重視するのか、生活実態を重視するのか、というバランス感覚の問題だと思います。 国籍の意義を、従前いわれた「国体」と同レベルの価値として捉えられる国民主権の観点から重視すれば禁止へ、生活の実態から見て日本国民一般と異ならない点を重視して受益者負担の原則から許容へ、と傾斜するものと思います。 

  8. 1月 28th, 2010 at 00:40
    8

     付言しますと、定住外国人とは、およそ在日朝鮮人、韓国人の方々だと思いますが、この問題は、朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国と我が国との相互主義の問題でもあります。
     また、参政権付与の問題と来るべき移民政策の問題とは分けて論ずる必要があると思います。その制度趣旨が異なるとも考えられるからです。

  9. bobby
    1月 28th, 2010 at 15:08
    9

    轍さん。

    >そもそも憲法10条というよりも憲法15条1項

    仰る通りです。反対派の出発点は15条の「国民」で、その「国民」を定義する10条をずっと追いかけていたので間違えてしていました。ご指摘有難うございました。

    1)15条は公務員を選定する権利が国民固有と規定するが、10条で国民の定義は(別途に)法律で規定するとしており、どの法律で規定するかを憲法内で規定していない。現在の下位法である国籍法との結びつきの必然性を「検討」して、新しい別の法律で国民を再定義するアプローチがあります。

    これについて轍さんは「憲法前文、1条に照らせば、憲法の国民主権の「国民」は、日本国民すなわち我が国の国籍を有するものを意味することは明らかだ」と述べています。

    2)これとは別に「地方」に着目し、93条2項で「地方公共団体の長・議員・吏員は住民が直接これを選挙する」の「住民」が未定義である事を検討して、住民の定義に永住(定住)外国人も含めると解釈するか、それを定義する法律を作成するアプローチがあります。

    これについて轍さんは、「地方公共団体が我が国の統治機構に不可欠な要素」である事から住民の定義に外国人は含まれないという解釈されると述べています。

    ところで地方分権的な「道州制」が導入されると、個々の道州政府内では、住民の定義に永住(定住)外国人を含める事を検討する余地が生まれる可能性はないでしょうか。

    3)轍さんが最後に述べておられますが、日本という国を考える時、「はじめに国体ありき」で出発すると、国という器の議論から始まるので国民=日本国籍の枠外に出る余地がありません。しかし、「はじめに民ありき」で出発すると、民とは住民であり、住民が集まったものが国民ですから、住民の中に永住(定住)外国人を含める事は検討の余地が生まれると思われます。

    ところで国民主権を、同義語である主権在民あるいは人民主権と言い換えると、日本という土地に定住する日本人も定住(永住)外国人も含めて考える事が容易になるのではないでしょうか。

  10. 1月 29th, 2010 at 06:29
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    Bobby様

    >地方分権的な「道州制」が導入されると、個々の道州政府内では、住民の定義に永住(定住)外国人を含める事を検討する余地が生まれる可能性はないでしょうか。
     可能性はあると思います。但し、道州制にいう道州を、現行法上の地方公共団体とするのか、それとも連邦制にいう政府とするのか、によって見解が分かれるものと思います。
     すなわち、前者ならば、従前の議論が相当でしょうし、後者ならば、道州毎に法律の制定も可能でしょうし、従前の中央主権的な国家を想定するならば、後者でも参政権絡みの法制度については国家として統一されることもあるでしょう。

    >日本という国を考える時、「はじめに国体ありき」で出発すると、国という器の議論から始まるので国民=日本国籍の枠外に出る余地がありません。しかし、「はじめに民ありき」で出発すると、民とは住民であり、住民が集まったものが国民ですから、住民の中に永住(定住)外国人を含める事は検討の余地が生まれると思われます。
     素晴らしい識見だと思います。憲法学、ひいては法哲学まで遡れば、まず国家ありきなのか、それとも国民(人民)ありきなのか、という問題に突き当たります。
     大雑把に言えば、前者からは、社会的実在の国家(王)の枠内においてその統治権、領土、そして国民(国家の三要素)を想定します。後者からは、フィクションとして本来国民の有する権限の委譲の形態として国家(権力)を想定するわけです。
     私の狭い識見からすると、後者の見解の行き着く先は、コスモポリタニズムだと思います。おそらくEU加盟国で政策的に外国人参政権を認める国があるのもその淵源はこの考え方があるのだと思います。

    >国民主権を、同義語である主権在民あるいは人民主権と言い換えると、日本という土地に定住する日本人も定住(永住)外国人も含めて考える事が容易になるのではないでしょうか。
     上記の通り、国家をどのように観念するのか、によって見解が分かれるものと思います。
     沿革に忠実ならば、まず国家ありきと考えるでしょうし、フランス革命のように根本的な国家観を変革するという理屈が働くならば、まず国民(人民)ありきと考えるでしょう。
     そうはいっても、国家観は、単に両翼的な思考というよりも現存する国民性や文化の伝承などに関わる極めてセンシティブな価値観ですし、また、フランスに由来する国民主権にいう国民とは到ってフィクションであり、この理念の具体的に帰結するところは「国民に参政権が存する」ということのみでそれ以下でも以上でもないのであって、該問題をただこのような理屈だけで解決できるものでもないと思います。
     そういう意味で現在の我が国の現状に翻るならば、日本国民に定住外国人を移入する政策は難しいのではないのかと思います。仮に本国会で民主党が強引に外国人参政権に関する法案を提出するようなことになれば、政界再編も起こりうるほどのいわば動乱となる可能性すらあるのではないのかとも思っています。
     該問題が夏の参議院議員選挙、せいぜい次の衆議院議員選挙の主要な争点になることを望んでいます。

  11. 2月 6th, 2010 at 15:54
    11

    いつも楽しく拝見しております。

    早速ですが、この度、我が国にドイツの外国人参政権付与の許容説を紹介された(最高裁判例に影響を与えました)中央大学の長尾一紘教授が違憲説(禁止説)に改説されたので、紹介させていただきます。

    http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100128/plc1001282154020-n1.htm

  12. bobby
    2月 6th, 2010 at 16:29
    12

    轍さん、長尾教授のインタビュー記事の紹介を有難うございます。

    >選挙で問題になるのは国家に対する忠誠としての愛国心だが、外国人にはこれがない。

    轍さんとの議論で、私の気持ちの中であるていど明確になったのは、私は「はじめに民ありき」という考え方が気に入ってしまったという事です。民にとっての愛国心とは、自分の住む町に対する愛情です。その意味では、日本人も永住外国人も、違いはないであろうと思われます。

    また10までのコメント議論の後で考えたのは、永住外国人の地方参政権は、いちばん身近な末端の自治体(市町村)の参政権付与が適当であろうと思います。県や(将来の)道州政府の参政権は除外すべきとの考えに至りました。

  13. bobby
    2月 8th, 2010 at 02:05
    13

    轍さん、小倉弁護士が下記のような記事をアップしています。ご参考までに。

    http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2010/02/post-1b50.html

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