官僚の夏は不要だった

「官僚たちの夏」の教訓のあとで、スパコン世界一になる目的を書いていて感じたのですが、もしかしたら官僚たちの夏は不要だったのかもしれません。通産省があれだけ熱心に振興しようとした電算機(メインフレーム)産業は、ダウンサイジングによってオープン系とパソコンが駆逐し、ほぼ消滅ししてしまいました。(NECのメインフレームACOS-4のCPUはItanium 2でx86系列 、富士通ハイエンドはSPARC64でオープン系)

いま、世界有数のコンピュータメーカーといえばIBM、HP、Dell(世界で有名な日本のコンピュータはSonyと東芝のノートパソコンのみ)。3社ともパソコンのメインプレーヤーであり、IBMとHPの2社はオープン系とスパコンも作っています。

日本のコンピュータ業界には、メインフレーム業界のほかに、電卓から派生したパソコン業界がありました。仮に日本の企業が、安くて高性能の米国産(IBMとユニバック)メインフレームを輸入し、国産の電算機業界が十分に育たなかったとしても、日本がコンピュータ業界にチャレンジする機会はあったのです。

西和彦氏がアゴラでスーパーコンピュータを復活してほしいという記事で、AMDのOpetronに対して、間接的にかなり対抗意識をもやしておられるようです。しかし、たぶん西氏も同世代なのでご存知だと思いますが、x86のベースにある4004はデジコン社の嶋正利氏による国産技術でもあったのです。(着想はインテルのテッド・ホフ)

歴史に「もしも」はありません。しかし、あえて言うと、NECや富士通がx86 CPUを製造する状況が続いていれば、いまとは異なる状況が起こっていた可能性があるのではないでしょうか。

富士通は米国のRISCチップの設計メーカーを買収し、比較的短期間に、本家のSUNよりも優秀な64Bit版のSPARCの製造に成功しました。「改善」は世界に誇る日本の技です。

逆に日本の電算機業界は国産ハード主体で進んだ事により、ソフト業界はNECや富士通や日立等のハードメーカーがITゼネコンとして主体となり、ソフト開発費用をハードの付加物のようにして販売するなど、正常な競争と発展を阻害する「歪んだ」構造で拡大し、むしろ弊害の方が大きかったのではないかと推測します。その根拠は、SAPやオラクルのような世界で戦える業務ソフトのパッケージ商品がひとつも無く、いまだにITゼネコン主体の「開発もの」が主体となっている事です。

もしも官僚の夏がなかったら、HPのかわりに日本のN社かF社かT社が、IBMと肩を並べていた可能性もある、という事を考えてみてほしいと思います。

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