天安門の思い出

4月 20th, 2005 Categories: 1.政治・経済

1989年の6月4日、北京で天安門事件が発生した。そのとき以来、香港人はこの日の事をロクセイ(64)と呼んでいる。この時は香港でも、激しいデモや警官隊への投石があった。

日本では6月4日は虫歯予防デーであり、かつまた私の誕生日でもある。そして1989年以来、ロクセイという名前が加えられた。その日、私と友人のM氏は、油麻地の横綱というラーメン屋で、夜遅くまで暇をつぶしていた。

時間は10時半をすこしまわった頃であろうか、狭いラーメン屋の片隅で茶をしばいていた数人の警官が、突然ダッシュで店の外へ走ってゆくではないか。私とM氏の2人は野次馬根性丸出しで、警官達の後ろについていった。

その日、ネーザン道は夕方からデモを行う車で埋め尽くされていた。一般人の車両に混じって、この写真のような箱乗りヤンキー娘(と刺青の入った若者達)の車両もかなり見受けられた。

20050421-天安門3.JPG

ネーザン道を北上して、ウォータールー道の交差点を過ぎたところで、下記写真のようなイギリス式の機動隊員に遭遇した。みんな目つきが鋭くて、持っていた警棒で今にも殴られそうであった。

20050421-天安門1.JPG

ネーザン道を更に北上してダンダスストリート(うちのオフィスのすぐ近く)間で来たところで、下記写真のような群集に遭遇した。警官隊とこのような群集が睨み合っており、一触即発の危機状態であった。

20050421-天安門2.JPG

そんな睨み合う群集のうしろで、のどかにポーズをとる16年前の筆者。この写真を撮った10分後に、この場所は催涙弾と暴動鎮圧銃の修羅場と化す。いわゆるモンコック騒乱事件である。

20050421-天安門4.JPG

教科書問題等に端を発した反日デモだが、民衆の根底に流れるのは「不公平な経済政策」に対する、チュウゴク政府へのどす黒い怒りである。

この先...

5月はメーデー
6月は天安門
7月は香港返還
8月は終戦記念日

と、人々が集まるイベントが毎月続く。

チュウゴク政府は、いまとても焦っているはずだ。反日デモで始まった人々の怒りが、メーデー、天安門ときて、反政府デモへと暴走して行く事をである。

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  1. 風に吹かれてすっ飛んで ノノ(ノ`Д´)ノ ネタ帳 トラックバック | 2005/04/21
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