国民に奉仕する官僚が大臣と社会に意見する方法論

10月 14th, 2009 Categories: 1.政治・経済

北村隆司氏がアゴラで、やはり官僚の記者会見禁止は良かった!という記事を書きました。そのコメント欄で松本徹三氏は、下記のような(どちらかというと反論っぽい)意見を述べました。

>官僚は記者発表をやってはならない」という禁止令まで出すことには、疑問を持っています。

私は、これは微妙な問題だと考えます。たぶん多くの人が、白黒つけにくく、どちらかといえば白あるいは黒と考えているのではないでしょうか。

単純な架空の例をつくって考えてみます。ある大手食品会社が役員会で、「北米部門を縮小し、その分で中国部門を規模拡大し、中国企業との本格的な業務提携を結ぶ」事を決定して、新聞発表したとします。市場はそのニュースを歓迎し、株価が上昇しました。しかし、北米部門を代表する役員は、部門縮小を阻止する為に、「中国の提携先には農薬混入など品質上の問題がある(かもしれない)」という情報を(内部筋として)懇意の新聞記者を通じて流しました。株式市場は動揺し、株価が下がりました。その結果、役員会が再度開かれて、中国企業との提携を中止する事にしました。北米部門の役員は、自部門の利益の為に、株式市場を通じて経営判断をコントロールしようとしたといえます。このような情報操作を行う事は、合理的に見て許容されるべきでしょうか。私は、許容されるべきでないと考えます。役員会は株主に対して、会社経営の責任を負っています。「犯罪行為の内部告発」でもない限り、どの部門の役員も、役員会の経営判断に従う事が合理的です。

しかし公務員(国会議員、大臣、霞ヶ関の官僚など役人)の場合には、民間企業と違う条件があって、ちょっと複雑です。霞ヶ関の官僚は、時の内閣と雇用契約を結んだ労使関係ではありません。(wikiによれば)官僚を含む公務員とは、「日本国憲法のもとでは、公務員は日本国憲法第15条第2項に基づき、国民全体への奉仕者であって」とされています。国民の利益が多様化している現在、国民全体というのは無理があるので、最大多数の国民の利益と言い換えましょう。つまり官僚は、組織上は大臣の意思に反する事はできないかもしれないが、身分上の建前としては「国民全体に奉仕する」という理念から、大臣の政治決定が「最大多数の国民の利益に反する」と判断するに足りる合理的根拠がある場合には、公務員の義務として、しかるべき責任を持つ官僚は、大臣に反対意見を述べる事が可能だという見方も成立し得るかもしれません。

もしこれが成立するならば、どういう条件において、霞ヶ関の官僚は大臣や政治家の決定に対して意見を述べるべきかを考えてみました。私は、情緒に流されやすい記者会見には反対ですが、下記の条件付きで、政治家や大臣に対して、自分の意見を述べる事を可能にしてはどうでしょうか。

1)当事者が意見を熟慮できる文字メディアへ、論文形式で発表する。
2)署名(所属部署と氏名)を必須とする。
3)省庁の中で、意見を言う適格者(相応しい立場)である事を明白にする。
4)公益が優先されている事を明白にする。
5)意見の根拠となる理論、統計数字、情報で検証可能。
6)任意の専門家が、双方の理論や情報の妥当性を、検証して同じメディアに発表できる。

発表方法は、たとえばアゴラのようなブログとか、あるいは新聞紙上で、論文形式で意見を発表し、反論された大臣や政治家も、同じメディア上で反論できるようにすれば良いと思います。大臣・政治家も官僚も、国民の利益(国益)の為に仕事をしているという観点でみれば、こういうのも良いのではないでしょうか。

日本の政治は、討論会番組などを見ても、理論より情緒に訴える政治家(たとえば亀井氏とか)が多いように思います。政治的な議論が、理論の妥当性や合理性によって判断される社会になれば、日本の政治はもっとマシになるのではないでしょうか。(ただの夢かもしれませんが...)

ところで、このようなメディア上の議論において、(情緒的な世論は別として)論理的に無様な負け方をした側は、組織から何らかのペナルティー(更迭や解雇)も検討して良いのではないでしょうか。合理性の低い政治決定をした大臣・政治家や、根拠のない批判をした官僚などは、質的に問題があるという事で、引き続き現在の職に留まる適正が低いのではないかと考えられるからです。

政治家も官僚も、国益優先の、真剣勝負の政治・行政を行なってほしいと願っています。

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3 Responses to “国民に奉仕する官僚が大臣と社会に意見する方法論”

  1. ほー
    10月 17th, 2009 at 00:15
    1

    おっしゃる通り、官僚は国民全体の奉仕者であるべきですし、民意とは最大多数の意見です。
    そして今、最大多数の国民から支持を受けた民主党の意向に従うことこが、官僚の職責となったと言うことです。

    本来、官僚はこのように民意の反映した政治家に従順たるべき存在です。いままでがちょっと変だったので、可哀想ですが意識改革されるまではしかたない。

    国民の知る権利は、政治家が説明責任を果たすことで具現化されるのが筋です。
    マスコミの監視、検察の監視、政治家への監視の目は国民の目だけではありません。
    むしろ、官僚が民主的コントロールに服さないことの方が、監視しきれぬ状況に落ち入りやすいです。

    態勢が整ったら、政官一丸となって国民のために頑張ってほしーですね。

  2. bobby
    10月 17th, 2009 at 01:38
    2

    ほーさん、コメント有難うございます。記事中では、官僚が政治家へ「もの申す」方法論や条件を書きましたが、そもそもそういう状況は本来稀でしょう。まあ、伝家の宝刀というやつでしょうか。伝家の宝刀は、ひとたび抜いたからには、どちらかが血を見るくらいの状況および覚悟が必要だと思います。

  3. bobby
    10月 17th, 2009 at 01:50
    3

    官僚の方からの関心が高かったのでしょうか。この2日間で、下記の政府関係からのアクセスがありました。普段から政府関係機関からのアクセスは珍しくないのですが、短期にこれだけの数は稀なケースです。

    国土交通省、文部科学省 科学技術政策研究所、日本原子力研究開発機構、国際協力機構、気象庁、法務省、総務省、会計検査院、金融庁、厚生労働省、日本環境安全事業、経済産業省。

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