何時から日本印は身勝手で自己中心的になったのか

9月 3rd, 2009 Categories: 1.政治・経済, 3.中国ネタ

人々の心の中で、グローバリズムに対する反感が育ち始めているようです。googleの経済鎖国と引くと、2002-3年頃からすでに、反グローバリゼーションを危惧する記事があった事がわかります。つまりグローバリゼーションに対する反感は、それ以前から生まれていたという事です。

リーマン・ショック以降に発生した「百年に1度」の大不況で、日本人の心は疲弊し、グローバリゼーションの中で経済成長してきた日本人は、ここへ来て、「成長しなくても良いから、国を閉ざして、まったりと安心できる生活を送りたい」という現実逃避的願望に浸っているように見えます。

こちらのような世間知らずの弁護士さんは、「我が国においては,新自由主義路線の結果,輸出産業が稼ぎ出した富は,従業員に給料とした支払われて爾後国内で還流するのではなく,株式配当や金融機関等を介した外国投資等を通じて国外とりわけ米国に流出することとなるため,経済成長を阻害することになる」とセンスの悪い事を述べています。

これはまったくの嘘です。日本の大企業は(私としては残念な事ですが)米国型の株主資本主義が発達しておらず、税引き後の利益は海外工場の投資原資に回されるか、不安定な経済への保険として内部留保される傾向が強く、配当に回される割合は欧米の上場企業に比べて少ない傾向にあります。また、海外工場から吸い上げた利益配当は、国内工場(とそこにいる高賃金労働者)が生み出す赤字を補填する為に使われています。

国内にいる人々がまったりと現状維持の生活をする為に、日本企業は海外工場でグローバリゼーションの恩恵を受け続けているのです。そういう事実を、多くの日本人は知りませんし、メディアも伝えようとしませんが、「知らなかった」で済まされる問題ではありません。いったい日本人は、いつからこのように「身勝手で自己中心的」になってしまったのでしょうか。良し悪しは別にして、日本人が美徳とするのは「自己中心的にならず、まわりの人々と協調する」事ではなかったでしょうか。「まわりの人」を外国へ置き換えた瞬間に、日本人の美徳は失われてしまうのでしょうか。日本人は協調性の無い自己中心的な民族なのでしょうか。

繰り返しになりますが、日本が高度成長できたのは、優秀な日本製品だけが理由ではありません。それを買ってくれた相手国があってこその経済成長だったのです。日本が経済大国になって豊な暮らしができるようなったのは全て、グローバリゼーションのおかげだという事を肝に銘じて、我々は「現状維持」の生活の為だけであっても、これからもグローバリゼーションに向き合ってゆかなくてはいけないのです。

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