子供がインターに入学する迄

2月 18th, 2005 Categories: 海外子女教育

我が家には6歳になる男の子がいます。今はインターナショナルスクールへ通っているのですが、親として子供の教育を実践するとき、いろいろな悩みや苦労がありました。そんな事について、これらから少しずつ書いてみます。

うちの子供が6ヶ月の時に、仕事の都合でフィリピンへ引越ししました。3歳になるまで居て、それから香港へ引越ししました。

香港へ移る前に、家族で話し合い、日本人学校ではなくて、インターナショナルへ行かせる事を決めました。私の仕事の関係で、日本へ戻る可能性が極めて低いからです。

フィリピンに居た頃は、地元の(英語がベースの)プレイグループへ半年ほど行かせていましたし、家の中にフィリピン人のメイドがいて英語で会話していましたので、子供が英語に親しむ環境はありました。しかし、会話を覚えるには小さすぎたので、香港でも継続して英語を学ぶ環境が必要だと考えました。

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香港に引越ししてからすぐに、ワンポア内(歩いて5分)にあるちいさな英語の幼稚園+プレイグループに通わせ始めました。デボラという名前の幼稚園です。これを選んだ理由は、家から近いという事と、明日からでもすぐに入れて、費用もそれほど高くなかったからです。

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また、家の中にも英語を話す機会を用意する事が大事だと考えました。うちは夫婦とも日本人で、どちらもネイティブに近い英語が話せるわけではありません。家の中で英語を使う機会を設ける為に、フィリピンで雇用していたメイドの一人と契約して、香港に来てもらう事にしました。

結局彼女は、香港の我が家に3年半ほど居て、子供の英語会話に、それなりの良い影響を及ぼしたと
確信しています。

香港に来て最初の夏、妻が子供を連れて、1ヶ月くらい日本の実家へ帰省しました。9月になり、日本から帰ってきた子供は、驚くほど日本語をよくしゃべるようになりました。うちの子供は無口かと思っていましたが、実はすごいおしゃべりだったようです。

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ところがプレイスクールが始まったとたん、登校拒否が始まりました。朝の8時ごろに制服を着せようとすると、床の上を物凄い勢いであばれまわり、泣き叫んで嫌がるのです。無理やり捕まえようとしたら、手のひらを食いちぎられました。先生と相談して、しばらく私服で通う事を認めてもらいました。夫婦2人でつきそって家から連れ出し、「コーヒーショップでアイスクリームを食べよう」と言って朝食を食べさせた後、「ちょっとだけ幼稚園を見に行こう」などと言って、みんなで幼稚園へ行くのです。しばらくするとおもちゃで遊ぶのに夢中になり、こちらの方を見なくなったころあいを見計らって、そっと幼稚園を抜け出す日々が続きました。幸運にも、2週間くらいで登校拒否は収まりました。

日本での夏休みが楽しすぎたのと、英語を忘れてコミュニケーションできなくなったストレスが登校拒否の原因かと考えています。

4歳になって、英語も大分上達しました。そろそろ、インターを選んで願書を出す時期になりました。妻の激しいプッシュで、インターネット等で調べだしたちょうどその頃、私の同僚が北欧系のインターを紹介してくれました。

訪問してみて、たちまちその学校を気に入りました。小さな丘の上にバンガローのような校舎で、丘の斜面には直径2mくらいの古い木が何本も茂っていました。その斜面を利用して、砂場やモンキーバーや木の上の家などがあるのです。

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いろいろな人から参考意見を聞いたところでは、インターは日本人の子女を、良いお客さんとは思っていないようです。入学時に英語力の足りない子供が多いのだそうです。

願書を出したインターから面接の通知が来たときに、「うちの子供は、なぜおたくの学校へ入るべきか」という英語のプレゼン資料を作って、紙無しでもちゃんと英語で話せるように何回も練習しました。

実際の面接は、新任のイギリス人の校長先生が一人で行いました。私が話す時間は少なくて、もっぱら校長先生と子供が話す時間がほとんどでした。校長先生は、子供をプレイルームへつれて行き、英語で話しかけながら、パズルをつかって質問を発す形式でした。たぶん他のインタ-では、もっと面接らしい面接があるのだと思います。

親も子供の面接を無事切り抜け、4歳の9月からインターのK-2(幼稚園の年少組?)に入学を許されました。

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