JMMより、「カオラックのひとたち」転載

1月 25th, 2005 Categories: 1.政治・経済

春具(はるえれ)氏がJMMで『オランダ・ハーグより』という連載をされています。1月7日号のメールで、プーケットで津波被害にあったオランダ人夫妻からのメールを紹介しました。とても興味ある内容なので、私のブログでも個人的に(期間限定で)ご紹介いたします。JMMは毎回興味深い内容の(無料の)メーリングリストですので、皆様も購読をお勧めします。

                              2005年1月7日発行
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JMM[JapanMailMedia]                  No.304 Friday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼

■ 『オランダ・ハーグより』 春 具 第106回
  「カオラックのひとたち」

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■ 『オランダ・ハーグより』 春 具               第106回
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「カオラックのひとたち」

 インドネシア一帯を襲った津波からほぼ2週間あまりが過ぎました。わたくしども
も知っているハーグのアメリカンスクールの先生がクリスマス休暇に夫婦でタイのカ
オラックに旅行に行き、そこで津波にあった。かろうじて戻ってきた彼女が同僚・友
人に宛てたメールが我が家にも届きました。アルレット・ステイプという中学生のク
ラスの担任で、ほかにもESL(English for Second Language )を受け持っている
先生です。ご主人のトムはバンジョーを弾く。「日本にも行ったことがあるよ」と話
す気のいい夫婦であります。以下はその彼女からのメールです。許可をもらって訳し
てみました。

   わたしたちはプーケットの北にあるカオラック(一番被害の大きかったリゾー
  トである)にバンガローを借りていた。バンガローは丘の中腹にあり、ホテルは
  その上にあった。

   あの朝早くに音響とともに建物が揺れ、起こされたわたしたちはタイではこん
  な早くから工事の仕事を始めるのかと文句を言ったものの、時差のせいでまた眠
  りに引き込まれた。

   ようやく10時ごろ起きて上のホテルまで朝食に行くと、テラスから一望の海
  がずっと沖まで水が引いていた。ひとびとはそれぞれに沖のほうまででて貝殻を
  拾ったりジョギングをしたり、浅瀬を楽しんでいた。

   けれども夫は数年カリフォルニアのビーチに住んでいたことがあり、この景色
  はすこしおかしいよと言う。どんなに引き潮でもこんなに水が引くことはないと
  いうのだ。

   とみるまに沖合いから津波の第一弾が向かってくるのが水平線にみえた。

   夫はわたしの腕をつかみ、走り出した。ホテルの食堂は丘の上にあったが、わ
  たしたちはホテルを出てさらに上のほうまで走った。こんなに走ったことはない。
  わたしは息も絶え絶えになって後ろを振り向くことすらできなかったが、高い波
  はビーチを越え、ホテルをそのまま襲い尽くしてわたしたちの足元までやってき
  た。津波の音は、離陸する飛行機の真下にいるかのような凄まじい轟音だった。

   丘の上でわたしたちはイングリッド、マルレーン、ニーナという3人のドイツ
  人とリサという8歳のオーストリアの少女と一緒になった。

   高波が引いたあと、わたしたちはホテルまで戻ってみた。ロビーやフロント、
  ラウンジ、レストランはえぐられたようにゆがみ、波に巻き込まれた家具やソ
  ファーに叩きつけられたのだろう、ぐったりと倒れている人々は血まみれだった。
  その多くはすでに死んでしまっているかのようだった。なかにリサの父親がいて、
  彼は紙のように白い顔をしていた。わたしたちは彼を丘の上まで運んだ。リサの
  母親は見つからなかった。

   わたしたちは前夜、ホテルのディスコでスウェーデンのユルゲンという大きな
  体躯の青年に会った。彼はダンスがうまかったがほとんど英語ができなかったの
  で、わたしたちとビールを飲みながらジェスチャーで会話をした。その彼がいま
  ホテルにいた。体中傷だらけで血を流し、片方の腕は内臓がはみだしたかのよう
  にぐちゃぐちゃになっていた。わたしたちは水をかけて砂を流し、体を洗ってあ
  げた。彼はささやくような英語で「救急車を… 」と繰り返したが、そんな車は
  なかった。しばらく待った後、トラックが来て、わたしたちは彼を乗せ、トラッ
  クは彼を連れていった。

   彼を病院へ送った後、わたしはぐったりとした。道路は倒木でふさがれてしまっ
  ているかもしれない。波に洗われているかもしれない。けが人は待合室でどれく
  らい待たされるのだろう。道はそうとうにでこぼこだし、病院はあまりに水際に
  ありすぎる。わたしたちは、彼らを死に追いやってしまったようなものではない
  か…

   若いドイツの女の子が、ボーイフレンドが見つからないとパニックになってい
  た。わたしは彼女の重そうなバックパックを背中からおろしてあげようとしたが、
  彼女はわたしを振り切って「これがわたしの持っているぜんぶなのよ」と叫び続
  けた。わたしたちはすっかり疲れきっていた。

   だれかがもう一度津波が来るぞと叫んだ。わたしは近くにあったペットボトル
  のケースから水を一本抜いて持っていこうとしたら、そばにいたタイ人のおばさ
  んに怒鳴られた。だまって取ったことを怒られたのだと思ったらそうではなく、
  彼女はもっと持っていきなさい、持てるだけ持っていきなさいと言ったのだった。

   わたしたちは再び丘の上に避難した。リサのお父さんは肺に水がたっぷりたまっ
  ていて二歩も歩くと倒れてしまった。わたしたちは嫌がる彼を無理やり病院へ送
  ることにした。

   わたしたちはチョーというタイの男性に会った。彼は海の彼方を見つめて、息
  子が漁に出ているのだと言った。彼の目は涙で赤くなっていたが、わたしたちに
  パパイヤを切ってくれ、「無事にお帰りください」と言ってくれた。

   夜になって、わたしたちはホテルに戻ってみた。明かりも電気もなく、ラジオ
  も携帯もない。誰もいない(つまり死体もない)部屋があったので、わたしたち
  はそこで休むことにした。あらゆるものが散乱している階下やビーチまで下りて
  いく勇気はなかった。

   外のスナックスタンドにはイドというタイの若い女性がいて、そのあたりをう
  ろうろしていたわたし達50人あまりの旅行者たちにタイカレーの夕食をつくっ
  てくれた。彼女は叔父が行方不明になっていたが、肉親を探すよりも先にわたし
  たちに夕食の用意をしてくれたのだ。わたしたちはこのような信じられない親切
  をあちこちで受けた。

  「今朝、プーケット島にいる叔父から津波が来るぞと携帯に連絡を受けたの。そ
  れですぐにホテルに電話をしてそのことを知らせたけれど、誰も信じてくれなかっ
  た。ビーチまで走っていってみんなに伝えたのに、彼らも聞いてくれなかった」
  イドはそう話していた。

   みんなでこの津波の経験を話し合ったが、ある男性ははぐれた友だちを探して
  死人の山をまたいで歩き、ショックで気が狂いそうになったと言っていた。別の
  男性は倒れている女性の鼓動が聞こえたようなので、駆け寄って人口呼吸をほど
  こした。彼女の歯ぐきはぼろぼろで、欠けた歯が口中に散らばっていた。ふっと、
  彼女が死んでいるのに気がついた。鼓動に聞こえたのは、彼自身の心臓だったの
  だ。わたしはそれ以上聞きたくなかった。

   わたしの印象に残っているのは、スウェーデンの親子の話だ。アンダースとい
  う男性は津波が来た時、娘のソフィと巻き込まれ、いちどは離れ離れになったが、
  最後には娘を見つけることができた。ソフィは怪我をしていたが、それよりも死
  体に囲まれて海に浮かんだ恐怖で深く傷ついていた。

   オーストラリアのハリーの話も衝撃だった。津波が来た時、彼は流れてきた車
  に叩きつけられて膝を折った。やしの木が妻にぶち当たり、彼女は木とともに流
  されていった。波が去った後、自動車は砂地に沈んで埋まり、ハリーはその窓枠
  につかまってしばらく様子を見ることにした。だれかが次の波が来るぞと怒鳴っ
  た。彼はぼんやりして時間をつぶしたことを悔やんだ。そんなことならば妻を捜
  しに行くべきだったのだ。それを思い出すたびに、涙が出る。これからオースト
  ラリア大使館へ行って捜索願をだそうと思うが、そんなことをしても役に立つの
  かわからない、と彼は言っていた。

   別の男性はバンガローで朝風呂に入っていた。津波が来て、彼はバスタブごと
  窓からはじき飛ばされた。妻も別の窓から流されていった。彼は妻が死んだとは
  信じられないといっていた、「オレは彼女の死体を見ていないのだからね」あと
  で聞いたところでは、妻は高い木に引っかかっていたのだという。

   ほかにもいろいろな話を聞いた。波にもまれる中、テレビや冷蔵庫が飛んでき
  て吹っ飛ばされた、いやおれは飛んでくる自動車にはねられた、とかいう話だ。
  そんな話を前にして、わたしたちにはなにも話すことがなかった。わたしたちは
  幸運な夫婦なのだろう。

   翌日になって道路は通れるようになり、わたしたちは我が家へ戻ることになっ
  た。オランダの我が家だ。ハーグの家だ。

   タイの男性がトラックを運転して、2時間かけてわたしたちをバスの停留所ま
  で運んでくれた。彼はわたしたちが渡そうとしたお金を一銭も受け取ろうとしな
  かった。彼のとなりにはタイの女性がすわり、ナビゲートしてくれた。バス停で
  わたしたちが降りた後、彼女はまたそのトラックでおなじ村へ戻るのだと言った。
  妹を探しに戻るのだ。これもわたしたちが受けたホスピタリティだった。彼らも
  自分の肉親より先に、わたしたちの心配をしてくれたのだ。

   バス停では8時間待った。わたしたち夫婦だけが小さなスーツケースを持って
  いて、ほかのみんなは持ち物どころかほとんど海水パンツだけの裸だった。わた
  したちは自分がバカに見えた。

   バス停の向かい側に住む家族がお風呂を使わせてくれた。わたしはリサに片言
  の英語を教えながら一緒にお風呂を使った。わたしたちは交代でこっけいなこと
  をして彼女を笑わせた。そうすることで、わたしたちは「ひょっとしてわたしは
  孤児になってしまったの?」という思いからリサの気をそらせるようにした。

   わたしたちは朝6時に飛行場に着いた。あるひとの話では大使館で旅券を発行
  してもらおうとして半日待ったということだったが、わたしたちの経験は正反対
  だった。タイ航空のひとがわたしたちを空港の特別室へ案内してくれ、航空券、
  旅券をすべて整えてくれた。どこへでも電話をかけさせてくれ、わたしたちは温
  かい朝食を食べて新聞を読んだ。

   イングリッド、マルレーン、ニーナ、そしてリサ。わたしたちは津波の後、結
  局60時間近く一緒にいたことになる。新しい家族のようなものだった。飛行場
  に着いて彼らに「さよなら」を言っているとき、リサのお母さんが生存している
  ことがわかった。マルレーンとニーナがリサのおばあさんに電話をかけたら、そ
  ちらにもお母さんから連絡がいっていたというのだった。わたしたちは飛行場全
  部に響くくらい、思いっきり喜びの大声をあげた。

   バンコックには、ハーグでわたしのアメリカンスクールの教え子だったペギー
  がタイ人の夫と住んでいた。わたしたちは彼女の自宅に寄り、休ませてもらった。
  BBCを見ながらわたしはBBCにメールを書き、タイの人々のホスピタリティ
  について感謝の言葉を書いた。書かないではいられなかったのだ。

   ハーグの自宅に戻ったら、BBCからインタビューをしたいというリクエスト
  がきていた。オランダの新聞もやってきた(わたしの夫はオランダ人である)。
  わたしたちは、どんなにタイのひとたちが献身的に応対してくれたかについて繰
  り返し繰り返し話した。

   隣に住む二コルが、放送を見てやってきた。彼女は500ユーロを持っていた。
  これをNGOに寄付するつもりだったが、あなたたちに渡そうと思ってもってき
  たのだという。わたしたちはそれを受け取り、ほかの寄付とあわせて、イドのス
  ナックスタンドへ送ることにした。

   わたしたちがこの津波で出会ったタイのひとたちは、みんなすばらしいひとた
  ちだった。自分たちが肉親や親戚を失っている悲しみの最中に、彼らは危険に立
  ち向かい、わたしたちを救いに来てくれた。どのタイのひとたちもそうだった。
  例外はなかった。ひとりとしてわたしたちを見捨てなかった。そのことをわたし
  はヨーロッパにひとたちに伝えておきたい。

   わたしたちは、いまもう一度タイへ行こうと思っている。そしてみなさんにも
  行って欲しいと思う。わたしたちがまた旅行することで、タイのひとたちに仕事
  ができ、生活が立ち直り、そのことだけでも復興の一助となると思うからである。

   最後にひとこと …

   わたしたちは出会った人々に連絡を取り、消息を交換した。スェーデンのアン
  ダースは娘と一緒に、妻と会うことができた。プーケットで病院に入ったら、同
  じ病院に妻が5分前に入院していたのだという。

   リサは今はすでにお父さんと一緒になっていて、彼もうまく回復しているそう
  だ。お母さんは、じつは一足先にオーストリアの病院に送られていて、もうじき
  退院できるらしい。もうじきリサの家族は一緒になれるのだ。

   わたしたちの話が報道されてから、寄付のお金が届くようになった。みんなイ
  ドに送って下さいというものだった。見知らぬひとたちから500ユーロ単位で
  届くようになった。ある家族は、300ユーロ送ろうとしたら息子たちが500
  でなければダメだというので、家族会議の結果、500ユーロにしましたと言っ
  ていた。わたしたちはみなさんの好意をバンコックにいるペギー夫婦に託し、イ
  ドへ届くように頼んでいる。

   マルレーンとニーナとも電話で話した。彼女たちは今週末、ドイツから自動車
  を運転してハーグまで会いに来てくれると言っていた。

   マルレーンは、「わたしは怪我したひとに親身になれなかった自分が許せてい
  ない」と話してくれた。わたしも同じ思いを持っていた。怪我人をトラックに送
  り込むだけでなく、なぜ一緒に乗って彼らと一緒に病院まで行ってあげなかった
  のだろう… この思いは辛く、いまでも胸を刺している。新年になって、まだあ
  そこに浮かんでいる体があるというのに、シャンペンをすすり、花火をあげるな
  んて、ほんとに勝手だ。もし、もう一度、こんな緊急事態の経験をすることがあっ
  たら、わたしはけっして後で後悔しないような行動をとろうと思う。

   わたしたちは、この津波からまったくの無傷で帰ってきた夫婦である。大勢の
  ひとたちに会ったが、わたしたちくらい幸運だったカップルはいない。わたした
  ちは生きていられて幸せである。同時に、わたしたちほど運が良くなかったひと
  たちのために涙を流したいとも思っているのだ。

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春(はる) 具(えれ)
1948年東京生まれ。国際基督教大学院、ニューヨーク大学ロースクール出身。行
政学修士、法学修士。1978年より国際連合事務局(ニューヨーク、ジュネーブ)
勤務。2000年1月より化学兵器禁止機関(OPCW)にて訓練人材開発部長。現
在オランダのハーグに在住。訳書に『大統領のゴルフ』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140808993/jmm05-22
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