発明の価値と技術者の報酬

1月 19th, 2005 Categories: コンピュータ及び科学全般ネタ

引き続き青色LEDの中村氏関連ネタです。日経BPの僕が会社を訴えたわけという記事を読んでいて、技術者の特許報酬に関する(当時の)中村氏の考えに違和感を覚えました。自分なりに、どうあるべきかについて書いてみます。

最初に、僕が会社を訴えたわけという記事を読むには、日経BPのユーザー登録が必要です。登録作業はちょっと面倒ですが、面白い内容がたくさんありますので、ユーザー登録される事をお勧めします。

このインタビューは、中村氏が裁判を始めた頃のものと思われます。裁判が終わった現在では、中村氏の考え方は変わっているかもしれません。ですので、以下の文章において「中村氏は...」と言った場合には、「当時の中村氏は...」と頭の中で読み替えてください。また、日経BPの編集者が中村氏の意図と異なるような文章にしてしまった場合も考えられます。そうであるかどうかは、中村氏本人にしかわかりませんので、ここでは文章の通りに中村氏が発言したものと仮定します。

以下、日経BP記事からの引用を青字で示します。

中村氏 会社はどれだけ売り上げに貢献したかによって従業員を評価している。私の場合,最初の研究段階では売り上げに全く貢献していない。だから最低の評価だった。他の会社でも同じじゃないですか。これではやっていられない。研究者は書いた特許の価値で評価すべきです。製造部門とか営業部門にいる人は,別の尺度で評価すればいいのでは。

上記の要旨を箇条書きでまとめてみました。
1)企業内で素晴らしい発明をしても、研究段階での評価は低い。
  素晴らしい発明(特許)という場合に、その評価をだれが行ったかにより発明の価値が変わります。学会からの評価であれば、学術的な価値という事になります。関連企業からの評価であれば、商業的価値という事になり、社内でも容易に評価を得られるでしょう。一方、所属企業が研究開発志向でければ、学術的な価値に留まる発明を学会とどうレベルで評価しろというのは、一般的には困難な要求だと思われます。

2)売り上げに貢献しない発明は、最低の評価だ。
  日本では経営者ですら誤解されている方が多いようですが、企業の設立目的は(投資した株主の為の)利益の追求です。(社会主義世界では、人民を養う事を目的とした企業の設立というのはあるかもしれません。)利益に貢献しない発明は、無駄な経費と見なされて当然と考えられます。見込みのある発明・発見でも、商品が利益を相当額生み出すまでは、社内で十分な評価が得られないのは当然と考えます。中村氏は、「多くの技術者は会社に対して不満を持っているんです。でも,それを口には出せない。自論ですが,日本は共産主義ですから。」と述べられておりますが、氏自身も共産主義に毒されているのではないでしょうか。(共産主義と社会主義の違いについては、ここでは追求しません)

3)研究者の評価は、製造部門や営業部門とは別に、書いた特許の価値で行うべき。
  大企業の中には、●●研究所という研究機関を持つところがあり、商業的価値に結びつけられそうな学術的研究を行う事ができます。中村氏は、青色LEDの研究をしようと考えた時に、そのようなところへ転職すべきだったのです。まだ利益を生んでいない発明や特許でも、学会での評価が高ければ社内で十分な評価を得られたと思われます。

中村氏が何故、大企業の●●研究所へ研究員として転職しなかったのかはわかりません。しかし、私の常識の範囲で考えるとき、地方の生産メーカーの中で、研究・開発型の仕事をさせてもらっただけでも感謝すべきと考えます。

中村氏が現在居住しておられる米国では、企業の理論は投資と利益回収です。

IBM、AT&T、ゼロックスのような在来型の研究・開発型企業は、長期的な視野で様々な研究を行っています。それらの研究のなかには、かなり基礎的な(いまは学術的な価値しか持たない)分野も含まれているでしょう。かれら研究員の収入は、研究で得た特許料収入の5割もあるでしょうか?

 中村氏 米国でベンチャー企業を起こして利益が出た場合,その利益は企業を起こした人と企業に投資した人に50%ずつ分配されるようになっています。日本の場合,会社に所属する技術者の発明によって利益が出ても,利益のほとんどは会社のものになる。会社は資金を出しているので,発明に寄与していることは認める。でも,会社の貢献度がほぼ100%というのはおかしい。
 基になるアイデアは発明者から出たものです。例えば私の場合,日亜化学はもともと化学メーカーであって半導体メーカーではなかった。青色LEDをゼロから立ち上げたのは私。会社は単に投資したにすぎない。

創業者と投資家が創業利益を半分ずつ手にできるというのは「だいぶ昔の話」です。中村氏が、意図的に読者を煙に巻いているか、大学の知り合いに「吹き込まれている」か、どちらかでしょう。

青色LEDのような半導体関連のベンチャー企業では、商品化の為の研究、量産製造の為の設備投資に膨大な資金を必要とします。創業者が大金持ちでない場合、それらの資金のほとんどは投資家の出資となります。ベンチャー企業が新しい増資を行う毎に、創業者の出資比率はどんどん低くなり、最後は数%以下となってしまうのが現実です。そうなると、企業の支配権もすでに創業者の手にはありません。Googleの創業者である2人の技術者が、上場後も企業の支配権を維持しているのは例外的といえるでしょう。

大掛かりな設備投資の不要なベンチャー企業でも、成功した場合の収入は高額ですが、(手元にキャッシュがないですから)かなりの部分は自社株で支払われます。かれらは、研究者や技術者であると同時に、投資家でもあるのです。(自分の研究や特許、能力や人件費を会社へ投資している)

投資家の側にいるからこそ、成功した後のリターンも莫大なのです。

青色LEDの研究をしていた頃の中村氏は、米国型ベンチャー企業のようなリスクを負っていたのでしょうか?開発が不成功の場合に、企業が投資した金額のなにがしかを弁済するような契約でもあったのでしょうか?

安定した雇用と、毎月の現金収入を保障されたサラリーマン研究者が、成功した後で、後付けで膨大な報酬を要求するのは、必ずしもフェアーとはいえません。

自分の状況を曖昧にして、ニチヤと米国型ベンチャー企業の報酬差を比較するのは間違っていると思います。

中村氏は、自分の特許が企業に搾取されたと感じ、怒りで目が曇っていると思われますが、日本でも米国でも、企業とは搾取するものと知るべきです。搾取の輪から逃れたければ、自分も投資家になれば良いのです。

ところで、中村氏が投資家になって企業をつくり、社員の特許で成功したときに、自分の財布に入った特許収入の50%を喜んで研究者に払いたくなるでしょうか?

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