母親を教育せよ

7月 3rd, 2009 Categories: 1.政治・経済

岡田克敏氏がアゴラで、こちらのように社会ダーウィニズムと貧富の差と子弟の教育について述べています。親の貧富と子供の教育(成績)には相関関係があるようです。ところで、親の貧困を解消する事が、子弟の成績(大学進学率)を上げる方法なのでしょうか。

子弟の教育と家庭の経済に、もし相関関係があるとしたら、それは家庭の経済状態そのものでなく、別の要因を挙げたいと思います。家庭内で子弟の教育にもっとも強い影響を与えるもの、それは母親の影響です。

自分と息子の2世代を比較した分析によれば、貧しい家庭の母親と、裕福な家庭の母親の差は、子供を教育して良い大学へ入れようという熱意の大きさであると思われます。裕福な家庭の母親の方が、この熱意が高く、貧しい家庭の母親は放任であったり、はじめから諦めている事が多いかもしれません。

私と息子は外見も内面も非常に良く似ていますが、小学校同学年における学校の成績は、息子の方が明らかに良い。私が子供の頃、私の母は放任主義で、家庭内での勉強は私の自主性に任されていました。この世に、毎日自主的に勉強をやる子供は、私も含めてあまりいません。ゆえに私が小・中学の頃のは、学校の成績はあまり良くなかった。

息子の母親(私の妻)は、学校の成績を常に心配し、仕事で疲れて帰宅しても、毎日大声で怒りながら、夜遅くになっても、かならず宿題や通信教材(ベネッセ)をやらせていました。

小中学生の学力差は、少々の遺伝的能力差よりも、1日10分、20分の学習時間の差が、6年、9年と積みあがる事で、大きな差となって現れるのではないかと思います。中学3年の時点の差は、進学できる高校レベルの差となり、最終的には大学受験可能か、国公立入学可能か、といった大きな差になるのではないでしょうか。

だからといって、子供に毎日勉強させるのに、高価な通信教材や塾は必ずしも必要ではありません。書店で安価な算数ドリルを毎月購入する事は、普通の貧乏家庭ならまったく問題はない筈です。ドリルが買えなければ、教科書を予習復習するだけでもかまいません。何を勉強するかではなく、毎日かならず何分勉強するか、が学力の差を生む問題なのです。ゆえに貧しい家庭だから、子弟が毎日勉強する事ができないという事は有りえません。

以上の理由により、貧富の差を解消する事より、母親を「教育」する事の方が効果が高く、より少ない投資で大きな結果が、短い時間で得られると考えます。そしてまた、これこそ「政府」ができる教育事業です。

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