国籍の意味と選挙権

6月 28th, 2009 Categories: 1.政治・経済

アゴラで北村隆司氏が「在日韓国人の差別と日本の対応」という記事を投稿され、そのコメント欄で、参政権とは国民の基本的権利であり、国民とは日本国籍を持つものの事だ、というコメントがありました。これを簡略化すると下記のようになります。現在の憲法や法律から言えば、極めて最もな意見だと思います。

国籍=国民=参政権。

しかしながら私は、なぜ国民である為に国籍が必須条件になるのかと、疑問を感じました。まず政府にとって、国民=国籍保有者である条件は、どういうときに必須となるのでしょうか。いろいろ考えて思い当たったのは徴兵です。職業選択や移動の自由を持つ民に対して、民主主義国の政府が唯一、民の自由を制限して行動を強制できるのが徴兵制度です。これだけは、他国の国籍保有者に及ぼす事ができません。なるほど、政府が徴兵制度の行使を保留する為には、国籍保有が求められるのですね。しかし戦争が好きな米国や欧州諸国と異なり、いまの日本人と日本政府は戦争が嫌いです。だから政府にとって、国民=国籍保有は必須条件として考える必要はありません。戦時の事はとりあえず忘れましょう。

平時の日本の事を考えてみた場合、国民の第一の義務とは何でしょうか。それは納税です。税金がなければ警察も役所も国会議員も給料がもらえず、政治も行政も維持できません。そういう意味においては、日本に一定期間(たといえば10年間)以上定住して納税し、日本国と居住する地区行政へ貢献してきた外国籍の人に、選挙で投票する権利を与えて、どんな不都合があると言うのでしょうか。

「悪意ある外国人が善人を装って選挙権を獲得た場合」という意見がありました。悪意ある外国人が、日本を悪い方向へ導く事ができるのではないだろうか、という陰謀説の事ですね。ところで日本では、帰化日本人は完全な被選挙権をもっているようです。(帰化日本人の国会議員が4人いるそうです。詳しくはこちらを参照ください)悪意ある外国人が日本へ組織的悪事を行う為の「帰化」を防ぐ事は困難でしょう。たとえば北朝鮮のスパイが数十年をかけて、総理大臣や東京都知事になる事がいまでも技術的に可能な現状で、永住外国人に選挙権を与える事を否定しても、「割れ鍋に綴じ蓋」の感はぬぐえません。

「参政権がほしければ、帰化すれば良い」という意見もありました。私は、国籍というのは、その人の心の中における文化(民族)のルーツを表すものであり、その人の出自だと思います。在日韓国人は、生まれた時から日本にいても、心の中の出自が韓国民族なのであれば、それはそのままで良いではありませんか。そういう人に「帰化」を迫るという事は、あたかも宗教おいて改宗を迫るようなものです。「参政権がほしければ、帰化すれば良い」というのは、いわば帰化を「踏み絵」に利用しようとする、大変レベルの低い議論です。

グローバル化が進む現代では、人も文化も交流します。韓国や台湾の人が日本へ来て数十年定住している時、それらの人をなぜ国民と呼べないのか。国民が国としての行政単位を現す言葉であれば、日本「市民」と呼んでも良いでしょう。多くの国では日本でいう国籍の事をシチズンシップ(市民権)と呼んでいます。日本に定住し、納税によって日本に貢献している人たちへ、市民権を与え、同じ市民として一緒になって、街や国の未来を考えてゆくべきではないでしょうか。

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8 Responses to “国籍の意味と選挙権”

  1. ひろ”ゆ”き
    6月 28th, 2009 at 14:36
    1

    >「悪意ある外国人が善人を装って選挙権を獲得た場合」という意見がありました。悪意ある外国人が、日本を悪い方向へ導く事ができるのではないだろうか、という陰謀説の事ですね。

    石原伸晃自民党幹事長代理が19年前に初めて衆議院選挙に立った時、同じ選挙区の候補にはその後、国家転覆を図った大規模テロ事件の首謀者がいました。
    「悪意ある外国人が善人を装って選挙権を獲得た場合」とありましたが、むしろ日本国籍を持ち国に保護されている者がテロという犯罪を、組織的に犯したのです。

    外国人は排除して行く事が”豊かなヨノナカ”なのでしょうか?
    ヨノナカが進歩してゆく中で多様な人々が集まり、その中で切磋琢磨してゆく、それを容認する場所でなければその場に魅力がなくなれば、外国人たちはそこを通り過ぎるだけでしょう。

    ですから様々な魅力が落ちてきている日本で、国籍・参政権に高いハードルを設けて外国人を居難くすることは流れに逆行、していると思えてなりません。

  2. bobby
    6月 28th, 2009 at 16:00
    2

    仰る通りです。麻原彰晃の例をあげるまでものなく、「悪意」によって国や国民に危害を加えようと企む者は国籍を問わず存在しています。その現実を無視して、外国人の悪意の可能性を理由にして、永住外国人に選挙権を与えないのは無意味です。

  3. a
    6月 30th, 2009 at 14:15
    3

    > まず政府にとって、国民=国籍保有者である条件は、どういうときに必須となるのでしょうか

    この発想が、根本的に違うんですよ。「政府にとって」ではなく、「国民にとって」なんです。
    憲法前文を読んでください。

    日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

    「日本国民は、ここに主権が国民に存することを宣言し」たのです。政府が、じゃありません。

  4. bobby
    6月 30th, 2009 at 17:40
    4

    >「日本国民は、ここに主権が国民に存することを宣言し」たのです。

    ここは中学校の教室ではありませんから、建前の話しをしても仕方がありません。wikiによれば、憲法を作ったのは駐留米軍であり、それを枢密院が全会一致で可決し、天皇が憲法改正を裁可しました。なぜ駐留米軍が憲法を作ったかと言えば、マッカーサーが「日本政府」を非武装化して、戦争を永遠に禁止させる為ですね。

  5. 6月 30th, 2009 at 19:12
    5

    まずは部分的なことについてコメントします。

    >在日韓国人は、生まれた時から日本にいても、心の中の出自が韓国民族なのであれば、それはそのままで良いではありませんか。

    そんな人はそんなにはいないと思いますよ。
    生まれた時から日本にいて、日本人と同じ意識で日本国籍を取得する(した)元在日韓国人がいます。
    彼らは基本的に韓国語ができないし、日本で育っているので文化的背景も日本人そのものです。韓国に行っても居場所はありません。心の中の出自は韓国民族ではありませんし、韓国人が彼らを同胞扱いしていません。でも韓国のパスポートを持ち、自由に日韓を往復できます。もっと言ってしまえば都合にあわせて韓国人になったり、「日本人」になったりできます。でも実態は心底日本人です。日本国籍の取得に不都合はありません。在日外国人の代表として韓国人を取り上げるのは適切ではないと思います。

    納税と選挙権を結びつけるのは、日本国籍を持っていても課税最低限以下の所得で納税する必要のない日本人の選挙権の否定に結びつく可能性があり、問題だと思います。

    在日外国人が、母国での選挙権を永久に放棄するのであれば、一定の条件を満たした場合に日本での選挙権を付与することには反対しません。複数国で選挙権を有するのは、それができない多くの人と不公平です。日本国憲法はそういう不公平を認めていないはずです(明文化していないとしても、その精神において)。でも、(選挙権に限って言えば)それって帰化するのとどこが違うのか…

  6. bobby
    6月 30th, 2009 at 19:30
    6

    >そんな人はそんなにはいないと思いますよ。

    私も(少ないですが)大学以来つきあっている在日の友人がいます。彼の家庭の悩みや帰化の悩みについて話した事もあります。日本で生まれ育ち、韓国語が離せなくても、両親が持つ文化と習慣と家庭内教育によって、韓国への帰属意識の薄い人にも、帰属意識の濃い人にも成り得るだのと思います。在日の人が帰化をためらう心情は、心の中に韓国人としてのアイデンティティーを残しているからではないでしょうか。

    話は逆になりますが、海外で永住する日本人家庭の子供は、両親(特に母親)次第で、日本人としてのアイデンティティーを強く持つ人にも、非常に希薄な人にもなります。そういう例を香港やフィリピンで沢山見てきました。

    ところで心の中にある母国への帰属意識は、世代と共に希薄化する傾向はあると思います。現在の状況が続いた場合でも、数世代後には、韓国にいる親族との交流が少ない在日の方の多くは、自ら望んで帰化する可能性は確かに高いと思われます。

  7. ひろ”ゆ”き
    6月 30th, 2009 at 19:51
    7

     
    >憲法を作ったのは駐留米軍であり、それを枢密院が全会一致で可決し、天皇が憲法改正を裁可しました。
    >なぜ駐留米軍が憲法を作ったかと言えば、マッカーサーが「日本政府」を非武装化して、戦争を永遠に禁止させる為ですね。

    同じように敗戦国であり、アメリカ軍などが駐留したドイツでは、日本の2年後にドイツ連邦共和国基本法が制定されました。
    そのときすでにベルリンを巡る冷戦が始まっており、日本国憲法に含まれた”非武装中立”は盛り込まれませんでした。
    むしろ、ドイツ連邦共和国基本法には国防について盛り込まれ、次の年には再軍備とNATOへの加盟の途が開かれました(1955年再軍備・正式加盟)。

    日本が憲法を制定した頃は厭戦気分と理想主義が入り混じった極、わずかな時期と言うことができます。
    実際、1950年には朝鮮戦争が勃発し自衛隊の母体となる、警察予備隊が発足しました。

    この二つの事柄は同じ敗戦国であった、日本とドイツにおいて駐留したアメリカの意向が憲法にどのように色濃く反映したか、を理解する上で興味深い事実です。
     

  8. 7月 1st, 2009 at 01:46
    8

    娘の通っていた高校は帰国子女を多く受け入れていて、日本国籍なのに日本語が不自由、日本への帰属意識が薄かったり、というのを見ました。親の育て方が影響というのはそのとおりでしょうね。

    私は現在のような近代国家ないしNation stateの仕組みがベストだなどとは思っていないので、国籍云々という話は正直どうでもいいのですが(^_^;)、在日外国人への参政権の付与の問題についてはしばしばこれが政党のイデオロギーと絡んでくるので胡散臭く感じています。率直に言えば、国内の反日勢力と揶揄されるような政党や政治家が声高にこの問題を叫んでいる限り、賛成しかねる、というのが基本的なな立場です。本音は5.のコメントに書いたとおりです。

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