イルカ漁や犬猫食への結論

11月 19th, 2004 Categories: 1.政治・経済

クジラやイルカ漁、犬猫などの愛玩動物を食べる事の是非を考えているうちに、自分のなかで答えが煮詰まってきました。その結論は、一言でいえば「情けは人の為ならず」です。

とりあえず、最初に述べた結論から離れて、これまでの観点(軸足を相手の動物に置いた観点)でおさらいしてみましょう。

■愛玩動物を食べる是非
繰り返しになってしまいますが、ある国でペットとして愛されている動物を食べる事を否定する根拠は、単純化すれば自国の文化に根ざした感情論なのでしょう。それ以外の理屈はいまのところ見出せません。それをもって、相手の国を野蛮といったり、食うなと言ったりする事は、自分たちの文化を絶対視したり、文化を一元的に捉えようとしたりする事になり、それこそ進んだ文化を持つ人々がしない事と思います。所変われば品変わるというじゃないですか。

■漁の仕方、屠殺の仕方
漁の仕方、屠殺の仕方については、なるべく苦痛を伴わない、残酷でない方法で行われた方が良いと私も思います。どこの国でも、その国の人々の教育レベルが上がり、かつ文化がより成熟してくれば、そのようなところを理解するようになると思います。日本のイルカ漁が残酷な部類に入る事は聞いています。多くの国民(あるいは大新聞)が望めば、そのような漁の方法は改められる(漁自体の必然性がなければすたれてしまう)のではないでしょうか。漁場へ行って反対する保護団体の人々の事を時々聞きますが、あればむしろ、(日本では)人々の反感を買うばかりではないでしょうか。

■希少な生き物を保護する必要性
他に食べるものが十分にある時に、希少な生き物を保護するという観点は合理性を持っていると思います。私も同じ意見です。多くの人々の合意があれば、種の保護を行う事は良い事だと思います。

ただし、種の絶滅を防ぐ事が絶対に必要な事かといえば、私は必ずしもそのようには考えません。

もし機会があればスティーブン・ジェイグルード(Stephen Jay Gould)著のワンダフル・ライフという生物進化の本を読んでみて下さい。

地球の歴史の中で、もっとも生物の種が豊富であったのは現在ではなくカンブリア紀です。この時代には、それ以降の生き物のすべてのもとになる門が揃いました。そして地球的な大絶滅が何度もあり、現在は門自体が失われた生物も多くいると推定されています。

(生物の分類はここを参照

人間の視点でみれば、ある生物の種の絶滅は大変な事かもしれませんが、地球の長い歴史に照らして見れば、ほっておいても何万年・何十万年の間には必ず起こる事なのでしょう。

つまり、いくら人間が希少な生き物を保護しても、数万年後には結局その生き物は滅びているでしょう。沢山居た生き物が乱獲で少なくなってしまった(クジラやアフリカゾウ)ケースについては、人間という生物がそれらの生き物の捕食者であったという事です。

地球の歴史の中で、(捕食者がハンティングする方法は別にして)捕食生物により狩られた種が減少して、最後には絶滅してしまう事は稀ではないでしょう。

■着地点あるいは結論

上記のように、是非を問う観点を相手側の生き物に求めると、文化とか、宗教とか、価値観とか、歴史観とかが錯綜し、1000人いれば1000の議論が生まれるような事になってしまいます。

そこで、一挙にコペルニクス的転回といきましょう。天動説から地動説への転換です。これらの行為の意味というか目的を、行為を行う人間の側に求めるのです。

「情けは人の為ならず」という言葉があります。その言葉の意味するところは、「情けを人にかけておけば、巡り巡って自分によい報いが来るということ」です。

イルカ漁、クジラ漁、犬猫食、屠殺方法、希少生物の保護、これらすべての議論において、この考え方が私の着地点です。

愛玩動物(愛情を通わせている動物)を食べない事
食用の生物でも屠殺時に苦痛を与えないように配慮する事
必要だからと無分別に乱獲して種を絶滅しないように配慮する事
既に希少になっている生き物を絶滅しないように配慮する事
自分より劣るが比較的高い知能を有する生き物を尊重する事も
(なんだかお寺のお坊さんのお説教みたいになりましたね)

これらを行う事の目的を、相手側の動物への配慮とするから、価値観のちがう人同士で議論が混迷するのだと思います。

これらを行う事の目的を自分自身あるいは人類が平和に生きながらえる為とし、

「進歩する文明に見合うよう文化のレベルを高め、自分と異なる他者(異なる地域、国、文化、人種、生物)を容易に受け容れられるように人類全体の文化に幅を持たせる為」と考えれば、総論として意義を唱える人はほぼ居なくなると思いますが...

如何でしょうか。

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3 Responses to “イルカ漁や犬猫食への結論”

  1. 新新撰組
    11月 3rd, 2009 at 00:48
    1

    テレビニュースでも取り上げられた話が本になり出ています。
    「豚のPちゃんと32人の小学生―命の授業900日」
    出版社: ミネルヴァ書房
    ISBN-10: 4623038335
    ISBN-13: 978-4623038336
    ルイ・セホイヤス監督に読んでほしい本。

    また、これから食肉にされる順番待ちの牛や豚の顔、見た事有りますか?
    死刑執行直前に取り乱す死刑囚と同じ動きをするんですよ!
    そしてアフリカのサバンナで撮影された映像、肉食獣の捕らえられた下位動物の中にも死の直前に同じ暴れ方する者もいます。

    これは自然の摂理なのです。

  2. bobby
    11月 3rd, 2009 at 23:16
    2

    イルカを食べた事がありますが、漁の方法が良くないのか、肉に血がまわって、あまり美味しくありませんでした。美味しく食べられる漁の方法や後処理、料理法があれば、沿岸にたくさんいるイルカをもっととっても良いのではないかと思います。

    鯨の肉は好き嫌いがあるのでしょうが、私は小さい時から食べなれているせいもあり、いまでも大好きです。ですので、鯨肉が一般的でなくなった現状は残念です。

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