Archive for November, 2012

矛盾する経済政策と雇用政策

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世界はどんどんとグローバル化が進んでいるのですが、日本の政治家はどちらかというと国内回帰的な政策を掲げている方が多いように思われます。

1)円安に誘導し、工業を国内へ呼び戻して雇用増大。
2)公共事業に税金をばら撒いて市場にお金を流通させデフレ脱却。
3)介護ビジネスへ補助金を投入して雇用拡大。
4)日本の農業を強くしてTPPでアジアへ輸出拡大。

さて、上記の政策で生まれる雇用は、いづれも大学や大学院などの高学歴者の雇用の受け皿として相応しいでしょうか。工場のブルーワーカーも建設作業員も介護福祉士も農業従事者も、高額の授業料を投資して大卒の資格を得た労働者の雇用受け皿として適切かといえば、そうは思えません。

介護福祉士を除くと、フルタイムの建設作業者や工場のワーカーや農業従事者は若い労働者が参入するにはあまりに人気が低いのではないでしょうか。現在の従事者の平均年齢はかなり高いのではないかと想像する次第です。

右手で学生の高学歴化を推進する政策を進めながら、左手で中卒・高卒に最適な雇用機会を増大させる政策を進めるというのは、歴代の政策決定者のイマジネーションが根本的に足りていないのかもしれません。もしかしたら政権に影響力を行使できるほどの政党の中で、政策を決めるような指導的立場の政治家はみんな高齢で、雇用といえば前時代的な職種しか思い浮かばないのではないでしょうか。

このように経済振興と雇用増大の政策的な辻褄が合っていない事で、いくら税金を突っ込んでも経済振興の引き金になり得ないのではないかと危惧しています。政府として労働者の高学歴化を目指すのであれば、それに相応しい業界の振興の為の政策を検討するべきではないでしょうか。


Be the first to comment - What do you think?  Posted by bobby - 2012/11/30 at 00:43

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皇帝のいない中国

こんな時間からブログを書き始めるのは健康によくないんですが、なんだか目が冴えて眠気が来ないのでメモのつもりで書きます。

今回の政権交代劇の期間、宮崎正弘のメルマガ(ほかにも色々)を読んでて思ったのは、現代中国って、皇帝がいないんだなと。中国4000年の歴史と言うけれど、ほぼ全ての時代に皇帝がいました。現代中国は皇帝がいないけど、それ以外のところは、長い歴史に裏打ちされた共産党という名の官僚組織が統治している国家なんですね。もしかしたら毛沢東が最後の皇帝と言えるかもしれませんが、彼の死後、中国のリーダー達は、皇帝がいない方が今の時代に適合し易いと判断したのでしょう。鄧小平以降、トップの権限をどんどん弱め、独裁者を排除する方向で組織を改革してきたようです。

その共産党ですが、党員8000万人も居るというけれど、中央と地方の行政に関与している、いわゆる役人というのはそう多くはいません。その役人(プラス親戚)が収賄や利益誘導したって、13億人という人口にくらべればたかが知れている。そして共産党員といっても、日本の自民党党員というのとはちょっとニュアンスが異なっていると思います。なぜかというと、うちの会社の新入社員のA君は地元の地主の息子で、大学生の時に共産党員になり、いまでもそうなのですが、共産党活動をしているという話しは一度も聞いたことがありません。弊社の中国スタッフでもっとも目立たないキャラです。ではなぜ共産党員でいるかというと、共産党でいる方がメリットがあるかもしれないと両親に説得されたからです。中国人は非常に個人主義的であると同時に、利益に対して非常に合理的なので、広東省の田舎では共産党である事にメリットがあると思えば、そうするのだなという事でしょう。中国というのは極論すれば膨大な地方の集合体という事ですので、8000万人の共産党員の大半はそういう事なのだな、と合点しています。

皇帝の話しに戻りますが、たぶん毛沢東の死後、中国はノーモア文化大革命という事で、官僚組織を牛耳っていた人達が、これからは皇帝無しでやってゆこうと決めたのではないでしょうか。

追伸:

今朝みたら表題が意味不明なので変更しました。これもイマイチですがまあいいか。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by bobby - 2012/11/24 at 02:29

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世襲議員に求められる能力

世襲議員は批判されるべきかという記事に沢山のコメントを頂き有難うございました。政治家としての能力が足りない議員というのは、世襲議員に限った事ではなく、有名人という事でリクリートされた議員、小泉チルドレンや小沢チルドレンなど公募で応募して政治家になった議員などの中にも、政治家としての能力が足りない方はおられると思います。非世襲議員は無能なら次の選挙で淘汰されるが、世襲議員の場合は議員として無能であっても、親から継いだジバンの支持があるので選挙で淘汰されない事を問題視しておられる方が多いようでした。

これらの議論を見ていて思ったのですが、議員に求める能力の定義が、ネット上で議論する人と当該選挙区民とでは大きく異るからではないでしょうか。

ネット上で議論する人の多くは国会議員に対して、一般論として国を良くする為の政策遂行能力(その為の国会答弁やマスコミへの発言の質も含めて)を求めているが、当該選挙区民で世襲議員を支持する人は、国から地方へ利権を引っ張って来る実利的な能力を求めているのではないでしょうか。そうでなければ、無能だと言われる世襲議員が地元選挙区で支持され続ける(選挙で勝ち続ける)理由が理解できません。

世襲議員はジバン、カンバン、カバンと言われるものを親から引き継ぐそうですが、それと同時に親が持っていた政界、霞が関、マスコミ、実業界への影響力もある程度引き継ぐと考えられます。そういった力は、本人が若くて経験がなくとも、引退した親が世話していた周辺の人達(政治的グループの仲間議員)の支援によって継続的に実現するのではないではないかと推測します。

まとめると、地方の選挙区民が世襲議員に求める能力とは、国からその地方へどれだけ利権(高速道路、新幹線、ダム、発電所など)を引っ張ってこれるか、あるいは地元企業の中央への便宜をはかれるかという事であり、我々ネット民が一般論で考える能力とはだいぶ異なっているという事だと推測します。

上記はあくまで推測ですが、もしそれが正しいのだとすれば、それを是正する方法は国会議員から地方への利権を取り上げる事です。具体的には、大阪の橋下市長が主張している、地方分権的な道州制を実現させて、国会議員はマジで国家全体の舵取りに専念してもらうようにする事でしょう。そうすれば利権で肥りたい政治家は、国会議員ではなく道州議員を目指す事になり、真に国民全体の事を考える人が国会議員を目指すようになるのではないかと妄想する次第です。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by bobby - 2012/11/21 at 17:08

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世襲議員は批判されるべきか

山内康一氏が世襲議員への批判的な記事を書いています。たまたま議員の家に生まれたから有利というのはフェアではないとの事です。世襲議員を批判しているのは山内氏だけではなく、多くの方が批判しているようです。しかしこれは、非常に視野の狭い意見だと言わざるを得ません。

世の中の多くの家庭では、多くの子供が父親や母親の職業に影響されて、自分の職業を選んでいます。地方公務員、教員、警察官、エンジニア、音楽家、芸能人、プロ運動選手、自衛官...数えだしたらキリがありません。F1レーサーで有名なアラン・プロストの息子のニコラ、ネルソン・ピケの息子のピケJr、中嶋悟の息子の一貴はプロ・ドライバーです。

私はITエンジニアで、家でもパソコンに向かっている時間が長いのですが、そういう父親の背中を見ている息子は小学校低学年の時から自分で覚えてキーボードを叩くようになりました。高校生の現在はマック使いで、放課後に週一で会社に来て、学校の友達と一緒にプログラミングを習っています。(私のアレンジではありません)息子がITエンジニアになるかどうかは今のところ不明ですが、父親の職業に大きな影響を受けている事は確かです。

このように考えてゆくと、政治家の息子(娘)が親の背中を見ながら影響を受け、世の中の事を(他の子供より多く)意識するようになり、結果として政治家を志すようになるという事は自然であろうと考えます。世襲議員にも石破茂氏や河野太郎氏のような特徴ある優秀な議員はいます。逆に、世襲では無いなんとかチルドレンの中には無能な議員もいます。世襲というフィルタを通して見る事には害あって利はありません。

要するに世襲議員であるかなどはどうでもよく、本人が有能かどうかという事が重要であり、親のジバン、カンバン、カバンを引き継ぐという事は2次的な事に過ぎません。もしこれを問題視するならば、世の中に多数いる、オーナー企業の世襲社長を問題するべきではないでしょうか。

そういう訳で、世襲議員という切り口での議員批判は、筋が悪いので止めましょう。

6 comments - What do you think?  Posted by bobby - 2012/11/20 at 11:42

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食料も農家も多すぎるのが問題だった

橘玲氏のなんだ、食糧危機”はウソだったのかというの記事は非常に興味深い内容でした。川島博之氏の『「作りすぎ」が日本の農業をダメにする』の書評記事ですが、主張をまとめるとだいたい下記のような内容になるかと思います。

1)人口爆発にもかかわらず食料の価格は下がっている。

2)食糧の増産が可能になったからこそ人口が増加したのだ。

3)世界じゅうで、食料は余っている。そしてこれが、先進国を中心に深刻な農業問題を引き起こした。

4)農業問題というのは、穀類などの供給が過剰になり、売り先がなくなって価格が低下し、農家の収入が下がって生活が成り立たなくなることをいうからだ。

5)日本の農業の問題は「担い手不足」ではなく、担い手が“多すぎる”ことだ。農業の競争力をグローバルスタンダードに引き上げるためには、農家の戸数を少なくとも現在の10分の1程度まで減らさなければならない。

食料も農家も多すぎるから問題なのだという視点は非常に斬新かつ説得力があり、私もぜひ今度アマゾンで購入してみたい本です。ところで、この本での主張に足して、農業関係の方が2人、下記のようにコメントしておられました。コメント者の主張の中に、日本の農業関係者が感じる袋小路な絶望感を感じる事ができます。下記に主張の要素を箇条書きにしてみました。

1)個別の(兼業と思われる)農家単位で作する上で人が足りない。

2)農家の大半は60歳を超えた兼業農家。

3)地形がいびつな形で、地形にあってない農作物を作っているので生産高をあげられない。

4)海外に追いつくには平均的な田の広さを10倍以上にしなければならず、特定の地域でいか作れない。

5)超高級ブランドとして海外に売るもは原発(放射能汚染)問題で難しい。

6)現状では仕方がない。

米を主体とした日本の農業は江戸時代に飛躍的に発展し、各藩は米の生産高を上げる為に山を開墾し、多数の、狭い土地や山の斜面を農作地へ作り変えてきました。明治以降になり、近代化と都市化が進むにつれて、平野部の大規模農業に適した土地は別の目的にどんどん転換され、結局、農地として残っている多くは他の用途にもあまり適さない(地形がいびつで狭く段差がある)土地ばかりになってしまったという事ではないでしょうか。

大規模農業に不適切な耕作地で、政府の補助金や関税障壁無しで海外の大規模農業と競争するのは無理ですから、そのような農産物と競合する事しかできない農家は、最終的に農業を廃業することになるのでしょう。多数の兼業農家が高齢化で跡継ぎも少ないとなれば、農家の補助金を大幅に削減して、零細な兼業農家を終わらせる政策が可能になる時期が来るかもしれません。

ところで日本人には米や野菜などで高品質(で高価)なニッチ市場があり、これは海外の大規模農業と直接には競合しません。大資本にとっては市場が小さすぎるからです。いびつで小さい耕作地の零細農家でも、高品質なニッチ市場に適合する事で、補助金無しで自立した農業を行う事は可能ではないでしょうか。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by bobby - 2012/11/12 at 17:50

Categories: 1.政治・経済   Tags:

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