Archive for May, 2012

戦場には名誉も栄光も無い、ただ地獄があるだけ

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栄光だの名誉だの、そんなものを喜々としてもてはやす殺人者には何を語り聞かせても無駄だ。軍人なんぞに世界は救えない。軍人や政治家はな、戦いの中に(*)聖者があると説き、さも戦場に尊いものがあるかのように演出して見せるんだ。そんな奴らが見せる幻想で、いったいどれだけの若者たちが、武勇だの名誉だのに誘惑されて、血を流して死んでいったと思う。あんたはよりにもよって戦場が地獄よりましなものだと思っている。冗談じゃない。あれは正真正銘の地獄だ。戦場に希望なんてない。あるのは掛け値なしの絶望だけ。敗者の痛みの上にしか成り立たない、勝利と言うなの罪科だけだ。なのに人類はその真実に気づかない。いつの時代も勇猛果敢な英雄が、はなやかな武勇談で人々の目をくらまし、血を流す事の邪悪さを認めないからだ。人間の本質は石器時代から一歩も前に進んじゃない。

これは現在放映中のアニメFate/Zeroで衛宮切嗣が述べた戦争観にちょっと手を入れて、現実の世界とマッチするようにしてみたものですが、実にストレートど真ん中に、いかに戦場が地獄そのものであるかという事を暴いています。

 

アニメをネタにして戦争論や国家論をはじめると、不謹慎と引き攣る人がいるかもしれませんが、まあ日曜という事もありますし、すこし頭を柔らかくして国家と戦争について考えてみましょう。

我々や子孫が未来に遭遇しそうな戦争といえば、やはり日中間に戦争の火種がありそうです。諸行無常。世界の警察を自認するアメリカも、いつかはアジアまで手が回らなくなる日が来るでしょう。その時に日本は、自力で防衛する為に正味の再軍備や核兵器保有への道を歩むのか。政治的な力を得る為の道具としてそうするのは良いとして、それでも相手が引かない時に、国家という名の政権保持の為に市民を徴兵して戦地へ送る事をどう正当化するのか。市民の住む街が戦場となり、焦土となっても、あくまで体制維持の為に血を流し続けるのか。その為に流れた血を、生き残った人々は尊い犠牲と奉って「戦争の責任」を誰かに転嫁し続けるのか。

国民の幸福と生命財産を第一に考えれば、戦争なんて無い方が良いに決まっていますが、いつの時代にも隣国の挑発に乗る戦争推進論者は後を絶ちません。多くのハリウッド映画が日本のアニメが戦争賛美、英雄賛美する中でFate/Zeroは、戦争の本質について考えさせてくれるなかなか秀逸なアニメではないかと思います。

(*)番組では「戦いのなかにしゅらんがあると説き」と聞こえるのですが、「しゅらん」が何なのか、あるいはき聞き違いなのか不明なので、多少とも文章の辻褄が合うように、とりあえず「中に」に置き換えてみました。


1 comment - What do you think?  Posted by bobby - 2012/05/13 at 16:49

Categories: 釣りネタ, 1.政治・経済   Tags:

女性差別を定量化する指標

女性差別をすると経済は悪化するという記事を読んで触発されました。日本の企業は、課長や部長といった比較的責任の重い中間管理職のポジションをゲットしている女性の数が非常に少ない事に、昔から違和感を感じております。特に大企業においてその傾向が強いのではないでしょうか。

大企業の事務職の仕事を要約すると、書類の作成です。それは末端事務員から管理職に至るまで、例外ではありません。重要なのは、要求を理解し、対象となる内容を理解して、上司が満足する内容を所定のフォーマットに詰込んで提出するという作業を期日までにできるかどうかです。そしてこの能力は、大学の授業で繰り返し出される課題レポート作成と酷似しています。試験とレポートにまともに取り組み、きちんと課題をクリアして来る卒業生は、男女を問わず、企業の管理職としての潜在能力を有しています。

そこで、企業が男女差別を行なっていないならば、企業における労働者の男女比構成も、大学生の男女比率に似た数値を示す筈です。まずは下記の表を御覧ください。在京の有名大学をピックアップして在校生の男女比を表にしたものです。(元ネタはこちら)


上記の表に含めた大学では、女性が平均で36%を占めます。これは全大学を含む数値ではありませんが、参考値として見る事は可能かと思われます。さて、企業内、家庭内や社会全体が女性労働者に対して差別的でない場合、年齢や管理職という「切り口」で見ても、男女比率に大きな差が生まれる合理的な理由はありません。大学を卒業して企業へ就職した男女を100%として考えますので、特別な理由(あるいは差別)がない限り、結婚や出産後も共に働く事が合理的な訳です。故に、大学における男女比率は、特に都市部の大企業において、企業内の女性差別の有無を調べるひとつの指標として用いる事ができると考えられます。

もう一つ、企業における管理職、特に実務を行う中間管理職における女性差別の有無についても、大学の男女比率の数値を調査の指標として用いる事が可能であろうと考えます。管理職というのは原則として、評価対象となる一定のグループ内でより優秀な者が選ばれると理解しています。つまり、良い書類を期日通りに作る能力がより高いものが選ばれるという事です。そこで大学における成績優秀者のグループを見ると、女性が極端に少ない東大や東工大のような例を除き、女性の成績優秀者が男性より多いと言われています。しかし、企業の中間管理職は圧倒的に男性が占めているという現実があります。

中嶋氏の記事に戻れば、企業が実務能力の優秀さ以外の別の基準で新卒者や管理職を選定している限り、不適格な社員、不適格な管理職がえばられる事になり、企業は生産性が低下して利益を逸する事になるであろうと考えます。更に言えば、結婚や出産や育児が女性のキャリアに及ぼす影響がより小さくなれば、長期的にキャリアアップを目指す女性がメジャーとなり、ホワイトカラー家庭での家庭収入が文字通り倍増するとか、ホワイトカラー労働者全体に占める優秀な人材が倍に増えて日本全体の生産性が向上するとか、世帯収入が倍増すると消費も旺盛になるので経済が成長するとか、いろいろと良い事はあるだろうと推測します。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by bobby - 2012/05/02 at 16:23

Categories: 1.政治・経済   Tags:

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