Archive for January, 2011

落雷に負けない飛行機が携帯の微弱電波に負ける理由

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今朝のドア日新聞というメルマガで興味深い記事を見つけました。雷の先端部で発生しているX線を映像でとらえたのだそうです。そもそも雷がX線を発している事が初耳でしたが、その写真まであって驚きでした。近くに落雷した場合、まわりの人はX線被爆するのでしょうか。

さて、雷といえば、どこかで遠くで雷が鳴り出すと、テレビやラジオに雑音が発生する事を、私達は経験で知っています。電柱や電線に直接落ちなくとも、近所の家の電化製品が壊れる事もあるようです。10年ほど前にフィリピンのセブ市に住んでいた時、自宅の数軒先の大きな木に落雷して、我が家のテレビが壊れた事がありました。

雷というのは自然が生み出した超強力な電磁波と言えます。雷は直流からUHF帯の高周波に到る広範囲の帯域の電磁派を発生させる事が知られていましたが、今日の記事は、それが少なくともX線帯域まで広がっている事を示唆しています。下図は牛尾知雄大阪大学工学博士の広帯域電界・電磁波による雷放電の観測的研究の46頁の図4.4です。(論文を見るにはユーザー登録が必要かもしれません)図中で信号の周波数が250MHzあたりまでしかないのは、装置のサンプリング周波数が500MHzである為と思われます。

雷のスペクトラム(サンプリング周波数500MHz)

雷はいろいろなものに落ちますが、その中には飛行中の飛行機も含まれます。たとえば下記の映像は、離陸直後のボーイング747に落雷したものです。飛行機へ雷が落ちる事はそれほど珍しい事ではないらしく、多くの職業操縦士が一生のうち1回か2回は経験するらしいです。

飛行機への落雷は、非常に短時間とはいえ、VLFからX線までの帯域の電磁波を含む膨大なエネルギーが機体とその周辺を通過します。機体に直接落雷せずとも、機体の数キロ以内に落雷するだけで相当量の電磁派(HF帯・VHF帯・UHF帯の高周波エネルギー)パルスが機体へ到来します。落雷は今に始まった事ではありませんから、機内の電子装置への落雷対策は、飛行機の設計時に十分に施されていると考えるのが合理的です。

ところが、我々が利用する飛行機の多くでは、今のところ機内での携帯電話の使用を禁止されています。その理由は、機内の装置に影響を及ぼすからだと説明されています。携帯電話の電波は、たとえ数百台集めたところで、落雷時の電界強度に較べれば遥かに小さいと言えます。離着陸時に落雷しても飛べる飛行機が、携帯電話の微弱電波で制御に異常を来たすとは、なんだか腑に落ちない説明と言えます。

事実かどうか確認する方法がないのですが、以前にある掲示板で、飛行機を設計していたという人に、こんな話を聞いた事があります。携帯電話が米国に登場した時、FCCは当初、機内での使用を認めようとしていた。ところが(どこの部署だか分りませんが)政府から横槍が入り、ハイジャックなど保安上の理由で「認めない」事になったそうです。この辺の真実をご存知の方がおられれば、ぜひお話を伺いたいものです。

さて、技術の進歩は著しく、最近は機内で携帯電話を使えるようにする装置を売っている会社があります。機上から衛星経由で電話回線につなぐ装置のようです。ソフトバンクもこのサービスを利用して機内で携帯電話のサービスを開始したようです。この場合、これまでの「建前」と、新しいサービスを、どのようにして辻褄合わせしているのでしょうか。

この記事はアゴラと同時に投稿しています。


Be the first to comment - What do you think?  Posted by bobby - 2011/01/17 at 09:00

Categories: 1.政治・経済   Tags:

雇用の流動性はこうして高められる

日本の労働市場の流動性ついて考えてみましょう。流動性を高めるには、下記の2つの方法が考えられます。

1)企業の解雇規制を緩める。
2)労働者の自発的な転職を容易にする。

1の実現について、池田信夫氏は雇用規制から雇用創造への中で、「終身雇用・年功序列が企業にとっても労働者にとっても有害だということは、民主党も自民党も公明党も知っている。それは「口に出すと選挙に負ける」という政治問題なのだ。」と述べています。つまり解雇規制の緩和を実現するのは、現状では極めて困難と言えます。では、2についてはどうでしょうか。

大企業における労働市場の流動性が低い理由は、新卒学生の採用に偏った人事採用制を行っているからです。就職活動を「椅子取りゲーム」に例えて考えてみましょう。空いている椅子(募集枠)へ座る条件が新卒のみならば、すわり心地の悪い椅子に座っている転職希望者がいて、もっと良い椅子に座りたいと希望していても、そちらの椅子へ移動する事(転職)はできません。

そもそも新卒採用を優先し、転職採用を抑制してきたのは企業自身です。それは、企業の成長を維持する為に労働者の囲い込みが必要だった高度成長期には合理的なスキームでしたが、いま企業に必要なのは雇用の流動性の向上です。

ゆえに2の実現は、大企業の経営者の決断により実現可能です。実現の為に、大企業は即戦力の転職者の随時採用を優先した採用制度へ切り替え、来年以降の新卒学生の採用を一旦中止します。大企業から大企業への転職が可能になれば、社内に燻っている有能な社員の転職が年々増大します。企業自身が転職を主な採用源とするならば、企業年金のポータブル化も、企業自身で実現方法を考えるでしょう。

即戦力の転職者の採用面接は、現場の仕事を熟知していない人事部ではできませんから、採用の権限はだんだんと現場へ降りて行き、最終的には募集や採用条件の権限は当該部門が持つ事になると考えます。このようにして採用の権限を現場が持つようになれば、面接者の業務能力の判断が比較的容易になりますから、実力のある労働者であれば、中小企業から大企業への転職の道も開け、労働市場が柔軟性を高めます。

新卒学生を採用する優先順位が下がり、即戦力経験者と競争するようになると、大学生に求められる資質はおのずと変化するでしょう。また、いきなり大企業へ入社する学生は減り、まずは中小零細企業へ入社して能力を高め、何回か転職を繰り返しながら、少しずつ上の「椅子」へ移動してゆく事になると考えます。

このようにして労働市場の流動性が「結果」として高まると、もともと明文の解雇規制は厳しくない訳ですから、好況時の解雇において、企業側に有利な判例が出てくる可能性が期待できます。それが積み重なれば、好況時には多くを雇用し、不況時には解雇をするという事が可能になってくるのではないでしょうか。

経験者優先の雇用制度を企業へ広める為には、以前にも述べましたが、経団連主体の指導を行う事がもっとも手っ取り早い実現方法です。経団連は既に、早期就活の自粛指導なども行っています。

この記事はタイトルを少し修正して、アゴラと同時に投稿しています。

4 comments - What do you think?  Posted by bobby - 2011/01/09 at 10:09

Categories: 1.政治・経済   Tags:

中国人は中国が好き

留学や移民で海外へ出た中国人を友人に持つ人は、中国人は中国が嫌いだという話を良く聞くようです。文革前後に海外脱出した世代は当然でしょうが、若い世代でもその傾向が強いのは、そもそも「中国が嫌い」が移民や留学の動機になっているからですね。

それでは中国の中にいる中国人はどうなのでしょうか。中国人は共産党の独裁政府によってひどい弾圧をうけ、悲惨な生活をしていると思い込んでいる日本人は意外に多いようですが、現実は違います。

以前に、中国人は日本人や米国人よりずっと幸福度が高い事をご紹介しましたが、別の記事によれば、環球時報の世論調査で、回答者の60.1%が「自国が好きだ」と回答したそうです。これは当調査が始まって以来、初めてのことで、中国人民大学の金燦栄教授は「物質・精神両面での満足が国家への共感と自信につながっている」と分析したとの事です。

私の会社の中国人スタッフ3人も、中国共産党は(汚職や腐敗が理由で)嫌いだが中国は好きだと言っていました。

私のアゴラ記事がブロゴスへ転載された画面に、関連記事として紹介されていた、「わが国が世界で一番好き」 中国人の6割が「国家へ共感」が興味深かったので紹介させていただきました。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by bobby - 2011/01/03 at 21:36

Categories: 1.政治・経済, 3.中国ネタ   Tags:

国家とは何か?

アゴラへの投稿を始めて以来、喉の奥に刺さった小骨のように、私の中でずっと引っかかっているものがありました。中国の国家体制がどうであるかとか、領土問題がどうであるとかを議論する時に、いつも出てくる「国家」とは何かという疑問です。国家があるから領土問題が生まれ、国家があるから戦争が起こります。いったい国家とは何なのでしょうか。

これまでアゴラに投稿した記事のコメント欄では、多くの方が、日本が中国に領土侵略される事を危惧しているようです。シーレーン防衛の為に、尖閣諸島を死守せよという人もいました。そのような意見を持っている方が、日本という「国家」をどのように定義しているのか、大変興味があります。

wikiを調べると「国家という用語は古来特定の政治集団を表す用語として使用されてきたものであり、その語源は複雑である」とありますが、民主主義以前の時代、国家といえば王様・皇帝といった独裁的な権力を持つ統治者が実行支配した領土と領民を包括したものと考えればよいのではないかと考えます。歴史的な代表例はローマ帝国や始皇帝の秦。現代で言えば北朝鮮と言えるでしょうか。

ところが人民主権国家の出現によって、頭が混乱してきました。主権者=国民とした場合、対外的な利害判断も含めて、国民の利益が最優先であるべきです。ところが実際に主権を行使するのは政府(あるいは最高権力者)です。最高権力者や政府を構成する議員は主権者による選挙で選ばれますが、一旦選ばれた後は、次の政権になるまで、主権者の意思とは無関係に主権を行使できます。(たとえば今の民主党政府とか...)

その為に政府や最高権力者は、しばしば「国家の利益」と言いつつ、国民(主権者)を強制的に兵士に仕立てて戦場へ送り、戦争の犠牲にしてきました。そのような歴史の現実を見ながら再び問いますが、主権者を犠牲にして得られる国家の利益とはいったい何でしょうか。無人の領土の為に、主権者が犠牲になるリスクを負う事は、正しいと言えるのでしょうか。

戦争が大多数の有権者にとって利益となる例が一つだけあるとすれば、インデペンデンス・デイに出てくるような宇宙人が地球侵略してくるような場合です。逃げる事も出来ず、無抵抗でもミンチにされるなら、戦って家族を守る事は合理的です。それ以外に、大多数の有権者にとって戦争が正当化される例があれば、どなたか教えてください。

*この記事はアゴラと同時に投稿しています。

5 comments - What do you think?  Posted by bobby - 2011/01/02 at 22:43

Categories: 1.政治・経済, 3.中国ネタ   Tags:

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