Archive for October, 2009

風竜胆さんの意見に対する見解

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文理両道の風竜胆さんの雇用の流動性に関するいくつかの記事にコメントを入れさせて頂いたところ、記事として反論を頂きましたので、私もここでリプライさせて頂こうと思います。

bobbyさんのコメントに対する見解について
1)私は、「労働者の流動性を高めるには、解雇規制緩和で労働者を「押す」よりも、企業自ら転職市場を作って「引っ張る」方が、労働者へ与える心理的な安心感が高いので、流動性を高めやすい」という意見を述べました。
風竜胆さんは、「需要超過の場合はうまくいくでしょうが、需要のないところに市場だけあっても、それは、既卒者と新卒者が同じパイを奪いあうだけなので、需要と供給の関係により、より悪い条件での再就職となることでしょう」と反論されました。

労働市場とは、労働者に転職のオプションをもたらし、企業に人材をもたらす為のシステム(もっと良い言葉あれば誰かご指摘下さい)と考えます。柔軟な労働市場の構築は、その社会(企業と労働者とその家庭)に選択の幅と柔軟性を与える事ができます。ご指摘のように、不況時には労働市場の利用度は低下しますが、好況になれば増します。企業も社会も、いろいろな問題が表面化する不況の時こそ、システムの構造的な問題点を改善する機会であり、その改善が、次の好況時に、より良い結果をもたらしてくれると考えます。

2)風竜胆さんは、「仮に雇用規制を撤廃するとすると、経営者は一種のモラルハザードにより、経営努力をするより、安易なリストラで短期的な利益の確保に走る可能性があります」という意見を述べられました。

それに対して私は、「これを経営者のモラルハザードと言うのは、資本主義の理念からいってどうかと思います。株主が企業の短期的な利益向上を求め、経営者が株主の期待に沿って、即効性の高い利益改善策として不採算部門でのレイオフを行う事は、経営者として合理的行動だと理解します」と答えました。

それに対して風竜胆さんは、「私がここで述べているのは、自分の在任中に財務諸表の数字を良くするために、将来の企業の活力を奪うような行為です。色々な思惑を持つ株主がいるのは事実ですが、株主の多くは、会社が安定的に発展して株価が上昇することを望んでいるのではないでしょうか。しかし、株主と経営者の情報の非対称性のために、経営者は必ずしも株主の意に染まないことを行う。これは、経済学で言うモラルハザードの典型的な例です」と答えられました。

まずはじめに、上場企業において株主が経営者(代表取締役社長とか役員とか)を選任する目的は、四半期毎に公開が義務付けられている決算発表で企業の業績を向上させ、株価を上げて、株式市場における企業価値を高める事です。これは誤解の無いようにしておく必要があります。(オーナー企業の場合は、株式会社といっても名ばかりで、オーナーが自分の好き無いように経営できるので、この限りではありません。)

ゆえに、サラリーマン社長が在任中に行う最優先課題は、一般論としては、財務諸表の数字を良くする事と、株価を上げる事です。不況時に、現在不要な労働力を整理解雇する事は、財務諸表の改善という意味で企業会計的視点から健全な活動であり、金額的にも大きいと思われる不要経費の支出抑制で、次の好景気に労働者を雇用し、設備投資を行う為の原資を確保するという意味できわめて有効かつ重要と思われます。

ところで、「株主と経営者の情報の非対称性のために、経営者は必ずしも株主の意に染まないことを行う。これは、経済学で言うモラルハザードの典型的な例です」とありますが、どのような情報の非対称性により、株主の意に染まないどのような事を行うのでしょうか。意味が良くわかりませんので、具体例をお願いします。

3)風竜胆さんは、「日本の製造業では、現場レベルまで巻き込んでTQCやTPM活動の行えることが強みの一つだろうと考えます。「3年から5年」で転職しては、このような強みは構築できないのではないでしょうか」と述べられました。

それに対して私は、「おそらく21世紀中ずっとグローバリゼーションが進行するであろう世界的環境の中で、TQCやTPM活動といっても意味があるとは思えません。企業は生き残る為に、可能で合法で合理的な事は何でもするでしょう。20年後の国内工場の作業が、ほとんどはロボットが行われていたとしても私は驚きません。...行政に何かできるとすれば、いま工場労働者を守る事よりも、工場労働者をどのように将来性のある業種へ転換させるかを、問題が深刻化する前に手を打つべきです」と述べました。

それに大して風竜胆さんは、「工場でロボットが使われているのは、今に始まったことではありません。しかし、ロボットでもほっておけばすべてやってくれる訳ではなく、それが、十分な性能を発揮し続けていくようにメンテナンスをしながら動かしていくというのが現場技術者の腕の見せ所です。
グローバル化する世界こそ、他の国と同じことをやっていては、存在価値がありません。我が国の強みはものづくりにあります。この強みを活かすことが、他の国と差別化を進めていくことに繋がります。必ずしもすべての工業がそういうわけではありませんが、ものづくりを支えているところをいかに守っていくかということも重要なことだと考えます」と反論されました。

私が「20年後の国内工場の作業が、ほとんどはロボットが行われていたとしても」と言ったのは、国内の製造作業にかかわる労働者需要は、ほとんどなくなるかもしれないという意味です。そのロボットも、ロボット工場で製造されるようになるでしょう。たとえばひとつの大工場に数千台の製造作業ロボットがあるとして、数十人のメンテ用現場技術者のニーズは残るでしょうが、ロボットに追い出された数千人のラインワーカーの行き先はどうするつもりですか。行政が先手を打ち、その人達の労働需要を吸収する別の産業(介護その他)を用意する必要があると思われませんか?

また、「我が国の強みはものづくりにあります」というところには賛同しますが、それは「日本人のラインワーカーが必要」という事ではありません。私はシステム屋で、華南の日系工場の現場にもよく出入りするので聞き知っていますが、中国人の良質なラインワーカーは、平均年齢の高い日本のラインワーカーより目や耳や鼻や触感などの五感がより鋭く、素直で日本人技術者の指導を良く聞き、日本人より忍耐強く、残業を好んで行い、日本の工場より高質のものをより多く製造する事ができます。また、TQCやTMPは、日系工場でも日本人技術者によって導入されています。

「グローバル化する世界こそ、他の国と同じことをやっていては、存在価値がありません。」私も同意します。組み立て加工はロボットでも東南アジアの工場でも、誰にでもできる工程です。新しい技術を開発し、新しい製品を開発する工程は日本に残して良いと思いますが、その製品の製造工程を日本にずっと残し続ける事には無理があるし、得策と言えません。

4)○ついでにbobbyさんのブログの記事に関する見解もについて。
風竜胆さんの意見は、「まず、私が「エモーショナル」であると書かれていることは心外です。解雇規制をなくすことが、論理的におかしいと言っているつもりなのですが。自分と違う意見を「エモーショナル」と決めつけるのは単なるレッテル貼りではないでしょうか。
また、私は転職しやすい環境をつくることに対して異論を述べているわけではありません。パイの少なくなっているときに、解雇が容易にできれば、ダメな経営者は努力するより先に、安易な道を選びかねず、それが益々経済の悪化を招くだろうという極めて論理的な理屈を言っているだけなのですが、理解していただけないのは残念です。」です。

さて、雇用の流動化に反対されている方は、これまで、こちらの方のように、企業と労働者を平行に並べて対等に評価するのではなく、労働者は企業から搾取される弱者であるという価値観から、一見理論を展開しているように見えて、その根本では合理的に考える事を拒否して、結果ありきで議論しているエモーショナルな方が多いと感じてきました。また、既存のブログコメント欄などの受け答えを見ても、どうも合理的な考えられているという感じがしなかったので、つい、風竜胆さんも同じカテゴリーの方かと勘違いしていたようです。失礼致しました。

しかしながら、解雇自由に関する私の意見(まとめ)を繰り返し、繰り返し、読んでみて感じるのは、「解雇自由は失業率改善のための処方箋にはならず、かえって労働者を疲弊させる」というように労働者の側から見た理論展開をしており、企業と労働者を並べて検討しているように見えないので、労働者の利益により近い価値観で議論を進めていると感じる事。その背後にあるのは、労働環境や労働市場に対する知識や経験が(国内のものに)限られていて見識が狭く、「日本企業の古き良き伝統」みたいなものを過大評価しているのではないかという事です。

このような議論では合理性が極めて重要と考えています。私も風竜胆さんも理工系の方のようですので、お互いに、合理性に基づいた理性的な議論を進める事ができれば幸いです。


2 comments - What do you think?  Posted by bobby - 2009/10/31 at 11:56

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押しても駄目なら引いてみな

文理両道の風竜胆さんは、労働者の雇用規制を緩和して流動化を高める事ついて、「、雇用を流動化して市場原理に任せたとしても、はたして労働市場が効率的に働くかという疑問を持っているということです。市場は失敗をすることもあります。よく引き合いに出されるアダムスミスの「見えざる手」は、仮定を積み重ねたような実際にはありえない市場でしか働いてくれないでしょう」と、みえざる手の効用に疑問を持っているようです。

日本では終身雇用という幻想が広く社会全体(経営者、労働者、家庭の中、裁判官、政府の官僚、政治家など)に深く浸透しています。雇用問題は、理論や制度の問題ではなく、風竜胆さんを含む多くの日本人のエモーショナルな問題になっています。こういう問題の解決は、制度を変えただけでは解決しないと思われます。この状況を改善するには、「みえざる手」に任せるのではなく、「誰か」が適当な戦略を持って雇用・労働改革を進める事が必要と思われます。

私は、その「誰か」とは経団連が適任だと考えています。経団連主体の「雇用改革」は日本を変えるかで、「終身雇用」や「新卒雇用重視」という慣習は、高度成長期の中で、成長する企業による労働者の囲みを目的とした、「企業の都合」によって広がったと書きました。ならばこれを終わらせるのも、企業によって行えばよい。

具体的な手段は単純です。経団連とそれに加入する大企業が率先して、新規の雇用を「4月に新卒採用」から、「経験者を優先的に年中募集・採用」する方法に3-5年で段階的に切り替えて、ホワイトカラーの経験者が年中転職できる労働市場を構築します。(詳細は、こちらを参照ください)

大企業の転職者が多くなると、社会的なインパクトが起こり、もはや「終身雇用は終わった」という認識が社会に広がります。すると労働者は、自分のキャリアや待遇の改善を目的として、3-5年程度で転職を繰り替えすようになります。企業側も、年功賃金ではなく、現在価値への賃金を支払うようになり、年金、退職金などの制度もポータブルに適応するように変化します。

人は不思議なもので、会社から「整理解雇」といわれると絶望しますが、人材バンクから「ヘッドハント」されると「前向きに考える」事ができます。同僚がより良い待遇で転職すれば、「自分だって」と考えるようになります。

日本で「終身雇用」の幻想の呪縛から解き放たれ、企業と労働者層方の利益の為に雇用の流動性を高めるには、まずは経団連がリーダーシップを取り、大企業が率先して経験者の転職市場を構築するべきだと考えます。これの方法は、政府の法律改正の不要、裁判所の判例も不要、そして労働者が自ら進んで流動性を高める方向へ動く事ができます。

3 comments - What do you think?  Posted by bobby - 2009/10/26 at 14:25

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岡田外相の「天皇発言」の是非

岡田外相の「天皇のお言葉」発言に対して、livedoorニュースのBLOGSで、正反対の意見があります。自民党の塚田一郎氏は、「象徴天皇として政治的に中立な立場で述べられるお言葉がその都度違うことのほうがむしろ不自然です」と述べています。一方、北村隆司氏は、「もし、これまでの内閣が「天皇のお言葉」を「見直しもせず」黙認してきたとすれば,天皇の「国事」をないがしろにした怠慢です」と延べ、「宮内庁の役人」の作文の見直しについては、「当然あってよい事で、これを「政治利用」などと言って批判するのは全くの見当違いです」と結論付けています。

二人の意見を分析すると、北村氏の記事の方が論理的に辻褄があっているように思います。天皇のお言葉が、内閣の助言と承認の必要な宮内庁の「役人の作文」であるのなら、作文内容に内閣の一人である岡田外相が意見を言う事自体に問題があるとは思われません。

また、その意見の内容が、「天皇の思いが少しは入ったお言葉をいただきたい」という事であれば、その内容自体にも問題があるとは思えません。

もし「天皇の思い」がその時の政局に影響を及ぼす非中立的なものであれば、その時は内閣が必要に応じて助言を行えば良いのだと思われます。もしも、そういう助言を要する事態を招かない為に、宮内庁の役人が、毎回同じ内容にしているのだとしたら、それはあまりに事なかれ主義であり、良い事だとは思われません。

天皇が政治的に中立である事と、自分の思いをまったく表わさない事とは、別だと考えます。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by bobby - 2009/10/25 at 22:05

Categories: 1.政治・経済   Tags:

「官僚たちの夏」の教訓

TBSドラマ、官僚たちの夏を見ました。戦後の荒廃した産業を育成し、日本を復興させた通産省の官僚達の熱いドラマに胸がジーンときました。風越・庭野・鮎川たちが自動車・繊維・コンピュータ産業などを育成し振興しようとする熱意は、典型的なパターナリズムといえますが、方向性の見えない戦後の中小企業経営者に発展の方向性を示し、将来に向けて国の力を蓄えてゆく考え方は、発展途上国であった戦後の日本にとっては大変重要だったと思いますし、十分に評価します。

ドラマ中で、国内保護派の風越とた度々対立する玉木や片山などの自由化推進派に、今風の「市場原理主義」的な発言をさせて「悪者」に仕立てているのはちょっと残念です。あの時代に、そこまで言う人がいたかは疑問といえます。

ところでドラマと言っても、ドラマ中の多くの出来事は実際の事件をフォローしているものが多いようなので、産業振興を行う行政にとって、何か教訓のようなものが得られるかと思い、思いつく事を下記に列挙してみました。

1)行政の過度な介入は、経営者の行政への依存心を高め、独立心を低める。
2)行政の過度な介入は、経営者の反発を招く。
3)産業の育成が起動に乗ってきたら、行政は介入を控え、自助努力を重視する。
4)産業が育ってきたら、国内産業振興と自由貿易とのバランスが大事。
5)過剰な輸出が他国に与える政治的影響を長期的視野で検討し、対策は先手で取るべき。
6)将来の無い古い産業は、労働者の産業移転を早めに行う。

過剰な輸出が明らかな繊維業界は、2度も米国から煮え湯を飲まされます。しかしこれは予測できた事ではないでしょうか。どんな国の政治家も、自国の労働者の職が脅かされる事には敏感である事は明白だからです。ある産業界の対米輸出が増え始めたら、大蔵省経由で銀行からその業界への設備投資の融資を抑える事で、(良い悪いは別にして)間接的に対米輸出の伸びをある程度制御する事はできたかもしれません。

ドラマを見終わって、もう一つ感じたのは、いまの中国はまさにこの時代なのだな、という事です。いまの中国の官僚たちは、まさにこのドラマの時代と同様の経験をされていると思います。外資導入によるノウハウの国内移転。石油輸入による各地の石炭炭鉱の閉鎖。製鉄会社の合併。国内市場の段階的開放。高まる対米経済摩擦。

つい先日は、中国製タイヤの過剰な輸入により、米国が緊急輸入制限を行いました。米国との通商問題でつねに摩擦を起こしているのは、いまや日本ではなくて中国です。

どこの国の政府も同じでしょうが、他国へ「自由貿易政策」を押し付ける目的は、強い輸出企業を持つ国の政府が、自国企業の利益を守る為の方便に過ぎません。他国からの過剰輸入によって国内産業が脅かされれば、どんな国でも「自由貿易」の建前をかなぐり捨てて、保護政策に走ろうとします。米国も例外ではありません。世界中から国境がなくならない限り、本当の自由貿易などは実現不可能でしょう。

とはいえ、グローバリゼーションの進む21世紀に、一国だけで生きてゆける国はありません。たとえ中国や米国のような大国でも、20世紀初頭の生活レベルに戻らない限り不可能です。ゆえにグローバリゼーションの進む世界では、もし行政の産業政策が有効であるのならば、「自由貿易」を前提とすべき事は明白です。

経済大国となった現代の日本では、基本的に行政が産業界へ介入すべきではありません。しかしながら衰退する事が明らかな産業がある時、そこで働く労働者の行き場(雇用需要が旺盛な新しい産業界)を用意するのは行政の責任といえます。

発展途上国だった頃の日本では、このドラマのような方法は有効でした。しかし今の日本は、そういうやり方ではうまく行かない事は過去の事例が証明しています。多くの産業が成熟しているいまの日本では、これまで規制によって進出が阻まれていた産業を、規制緩和(撤廃)により自由競争を促す事こそ、行政がやるべき産業育成の方法であると考えます。たとえば放送や通信、たとえば医療や介護、たとえば郵政事業などがその代表例といえます。

2 comments - What do you think?  Posted by bobby - 2009/10/21 at 21:46

Categories: 1.政治・経済   Tags:

「海外には売れない」NTTの国際競争力

携帯電話評論家の山根康宏氏は、香港携帯情報局BLOGITU Telecom World 2009でNTT/NTTドコモの興味深い状況を伝えています。

「NTT/NTTドコモブースの最新技術の展示は「日本をアピール」という点では大きな効果があったように思います...ただ、これらの展示が今回の展示会の来訪者のニーズにマッチしていたかどうか。たとえば出している端末も「海外には売れない」では「じゃぁなんで展示しているんだ」ということになってしまうわけです。」

松本氏はアゴラで度々、NTTを分割しない事が国際競争力を低下させていると述べていますが、なんとなくわかる気がします。国内で強すぎるNTTは、世界の技術を無視し、国内だけの独自技術にこだわる事ができますが、それゆえに上記の展示ブースのような事が起こるのですね。

松本氏が指摘しているように、NTTを完全に独立した企業に分割すると、国産技術を生み出す余裕がなくなり、世界標準の技術をベースにした製品開発を行うようになるでしょう。しかし国際市場での競争力という視点から見た場合、「だれが生み出した技術か」は重要ではなく、「どこで売れる技術か」という事が重要かと思われます。標準技術を使わざるを得ないという条件を生み出すという意味で、NTTの分割は意味があるのではないでしょうか。

「官僚たちの夏」では、通産官僚が日本の企業を保護育成する様子が描かれていて感動的です。これを全力で行っているのがシンガポールであり、改革解放後の中国でしょう。しかし世界的な経済大国になったいまの日本が、これと同じ事をやり続けるのは「害あって利無し」ではないでしょうか、ねえ原口総務大臣。

2 comments - What do you think?  Posted by bobby - 2009/10/18 at 20:20

Categories: コンピュータ及び科学全般ネタ, 1.政治・経済   Tags:

亀井モラトリアム予算の別の使用法

Zopeジャンキー日記さんの「下請け保護」は下請けの仕事を減らす  「弱者を救済するために、強者を規制する」という「間違った正義」では、亀井金融相の記者会見の下記内容を引用していました。

<亀井静香金融相は16日の閣議後の記者会見で、中小零細の下請け企業の保護策強化を、公正取引委員会に要請することを明らかにした。検討中の借金の返済猶予を促す「貸し渋り・貸しはがし対策法案」だけでは経営改善につながらないとして、閣僚が公取委の幹部に直接会って要請する異例の対応に踏み切る>。

私はこの文章(ネタ元は朝日新聞のこちら)を読んで、すごく違和感がありました。亀井モラトリアムは、たしかに中小企業のキャッシュフローを「一時的」に改善するかもしれませんが、それで「経営の改善」といえるのでしょうか。

私が思うに、経営の改善とは主体的なものであり、たとえば得意な分野で利益率の高い商品開発を行うとか、売値と製造原価との対比から利益率の悪い客先の受注を抑えるとか、補完的な得意分野を持つ中小企業どうしで合併するとか、そういう事を言うのかと思っていました。

そこまで出来る中小企業が少ないとしても、精度の高い財務帳票をきちんと作成して、貸借対照表を真剣に検討して、自社の財務状況をきちんと把握する。損益計算書の経費細目を詳細に分析して、無駄な経費を削減する。現金(銀行残高)だけ見て「どんぶり経営」するのではなく、そういうところをきちんとフォローできるようにする事が経営の基本であり、経営改善の第一歩ではないかと思う次第です。

毎週日曜の朝にサンプロを見ていると、TKC全国会というテレビ広告が頻繁に目に入ります。「中小企業の黒字決算と適正申告を支援する」という宣伝文句を聞く都度に、日本でも中小企業の多くは、どんぶり勘定の経営が多いのだなといつも思います。そういう会社の経営者に必要なのは、「亀井モラトリアム」ではなくて、こういう会社の会計コンサルから、財務と経営の勉強をきちんとする事なんだよなぁといつも考えています。

どうせ新銀行東京のように、莫大な税金を溝に捨るのだから、はじめから中小企業の経営者教育費用の予算として計上し、会計コンサル会社を利用して経営者の教育を行ったらよいのではないでしょうか。ろくに財務帳票も読めないような経営者が多いから、まともな経営(資金計画)ができないではないでしょうか。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by bobby - 2009/10/17 at 23:38

Categories: 1.政治・経済   Tags:

羽田空港ハブ化を邪魔する横田基地問題の解決策

前原国交相の「羽田空港ハブ化」発言について、池田信夫氏はアゴラで「過去の経緯は、羽田の国際化をやめても取り戻すことのできないサンクコスト(埋没費用)であり、忘れるべきなのだ...成田空港は、日本の公共事業の失敗の見本である。」と述べ、羽田空港ハブ化へ前向きな意見を述べています。ホリエモンも六本木で働いていた元社長のアメブロで、成田空港を即刻廃止せよと言っています。

ところで肉団子閑居為不善さんのブログで知ったのですが、盗用大歓迎blogさんが、「そもそも羽田空港の拡張が断念されたのは、米軍が管制する横田空域が背後に迫っているという物理的な制約があったためだ」と述べています。いくら羽田の滑走路を拡張しても、横田基地がある限り、「ルール上は、米軍と協議すれば横田空域を民間機が飛べる決まりだったが、臨機応変に自由なコース設定ができないということは、つまり「使えない」ことを意味する」ようです。

石原都知事も、横田基地返還を実現する事はできませんでした。しかし、ここにひとつの可能性があるのではないかと気づきました。成田空港を廃止して、全面的に羽田空港へ機能移転します。そして「成田空港跡地」とその周辺へ、、横田基地を転するのです。米軍の飛行空域の事はよくわかりませんが、もし羽田空港周辺空域の問題が片付くのであれば、鳩山首相と岡田外務大臣に、ぜひとも米国と交渉して頂き、前原国交相の羽田ハブ構想を短期で実現して頂きたいものです。

ところでホリエモンは先のブログで、「騒音が酷い。正直、成田の騒音問題はあまり関心が無かったが、ゴルフやるようになって、よーく分かった。あれは周辺住民はたまらないな」と言っていました。成田空港問題では、旅客機の騒音が「反対運動」の主要な原因のひとつだったようです。

ところでwikiによれば「横田基地では現在でも年間の離着陸数は20,000回に及び、年に数回実施されている空母艦載機着陸訓練は夜間にも行われている。この様な訓練により周辺の住民に多大な騒音被害を与えているため、飛行差し止めを求める訴訟なども起こっている」ようです。横田基地が移転してきた場合、騒音の大きさは旅客機び比ではないだろうと想像します。空港周辺の、空港拡張に必死で反対してきた住民の方々には、国際空港があった頃の「静けさ」を懐かしみながら、このブラックジョークを笑い飛ばして頂きたいと思う次第です。

4 comments - What do you think?  Posted by bobby - at 00:23

Categories: 1.政治・経済   Tags:

国民に奉仕する官僚が大臣と社会に意見する方法論

北村隆司氏がアゴラで、やはり官僚の記者会見禁止は良かった!という記事を書きました。そのコメント欄で松本徹三氏は、下記のような(どちらかというと反論っぽい)意見を述べました。

>官僚は記者発表をやってはならない」という禁止令まで出すことには、疑問を持っています。

私は、これは微妙な問題だと考えます。たぶん多くの人が、白黒つけにくく、どちらかといえば白あるいは黒と考えているのではないでしょうか。

単純な架空の例をつくって考えてみます。ある大手食品会社が役員会で、「北米部門を縮小し、その分で中国部門を規模拡大し、中国企業との本格的な業務提携を結ぶ」事を決定して、新聞発表したとします。市場はそのニュースを歓迎し、株価が上昇しました。しかし、北米部門を代表する役員は、部門縮小を阻止する為に、「中国の提携先には農薬混入など品質上の問題がある(かもしれない)」という情報を(内部筋として)懇意の新聞記者を通じて流しました。株式市場は動揺し、株価が下がりました。その結果、役員会が再度開かれて、中国企業との提携を中止する事にしました。北米部門の役員は、自部門の利益の為に、株式市場を通じて経営判断をコントロールしようとしたといえます。このような情報操作を行う事は、合理的に見て許容されるべきでしょうか。私は、許容されるべきでないと考えます。役員会は株主に対して、会社経営の責任を負っています。「犯罪行為の内部告発」でもない限り、どの部門の役員も、役員会の経営判断に従う事が合理的です。

しかし公務員(国会議員、大臣、霞ヶ関の官僚など役人)の場合には、民間企業と違う条件があって、ちょっと複雑です。霞ヶ関の官僚は、時の内閣と雇用契約を結んだ労使関係ではありません。(wikiによれば)官僚を含む公務員とは、「日本国憲法のもとでは、公務員は日本国憲法第15条第2項に基づき、国民全体への奉仕者であって」とされています。国民の利益が多様化している現在、国民全体というのは無理があるので、最大多数の国民の利益と言い換えましょう。つまり官僚は、組織上は大臣の意思に反する事はできないかもしれないが、身分上の建前としては「国民全体に奉仕する」という理念から、大臣の政治決定が「最大多数の国民の利益に反する」と判断するに足りる合理的根拠がある場合には、公務員の義務として、しかるべき責任を持つ官僚は、大臣に反対意見を述べる事が可能だという見方も成立し得るかもしれません。

もしこれが成立するならば、どういう条件において、霞ヶ関の官僚は大臣や政治家の決定に対して意見を述べるべきかを考えてみました。私は、情緒に流されやすい記者会見には反対ですが、下記の条件付きで、政治家や大臣に対して、自分の意見を述べる事を可能にしてはどうでしょうか。

1)当事者が意見を熟慮できる文字メディアへ、論文形式で発表する。
2)署名(所属部署と氏名)を必須とする。
3)省庁の中で、意見を言う適格者(相応しい立場)である事を明白にする。
4)公益が優先されている事を明白にする。
5)意見の根拠となる理論、統計数字、情報で検証可能。
6)任意の専門家が、双方の理論や情報の妥当性を、検証して同じメディアに発表できる。

発表方法は、たとえばアゴラのようなブログとか、あるいは新聞紙上で、論文形式で意見を発表し、反論された大臣や政治家も、同じメディア上で反論できるようにすれば良いと思います。大臣・政治家も官僚も、国民の利益(国益)の為に仕事をしているという観点でみれば、こういうのも良いのではないでしょうか。

日本の政治は、討論会番組などを見ても、理論より情緒に訴える政治家(たとえば亀井氏とか)が多いように思います。政治的な議論が、理論の妥当性や合理性によって判断される社会になれば、日本の政治はもっとマシになるのではないでしょうか。(ただの夢かもしれませんが...)

ところで、このようなメディア上の議論において、(情緒的な世論は別として)論理的に無様な負け方をした側は、組織から何らかのペナルティー(更迭や解雇)も検討して良いのではないでしょうか。合理性の低い政治決定をした大臣・政治家や、根拠のない批判をした官僚などは、質的に問題があるという事で、引き続き現在の職に留まる適正が低いのではないかと考えられるからです。

政治家も官僚も、国益優先の、真剣勝負の政治・行政を行なってほしいと願っています。

3 comments - What do you think?  Posted by bobby - 2009/10/14 at 19:41

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経団連主体の「雇用改革」は日本を変えるか

終身雇用が足かせになって、企業は不況時でも正社員の整理解雇による経費削減が困難な状況です。これに対応すべく導入された派遣労働者の制度も、いまや社会的な非難を浴びて先行き不透明です。グローバルに展開する日本企業が、国内の足かせによって世界的な競争力を喪失してゆく事を多くの人が予測し始め、ゆえに池田信夫氏の「希望を捨てる勇気」という本が売れているようです。この状況を打破する為には、閉塞した雇用環境をおおきく変革する必要があります。ここでは、日本の政府や官僚に頼らずに、終身雇用という社会的慣習(労働者の既得権)をいかに終わらせるかについての提案を経団連に対して行います。

wikiの解雇によれば、「労働基準法には、解雇の要件(30日以上前に予告する、または同日数分以上の平均賃金を払う)が「労働者の責に帰すべき事由」があれば免除されるとあるため、これを解釈すると「30日分の賃金を払えば、特に理由が無くても解雇できる」となる。これは当初は解雇について一般的な見解であった。これに従って、「解雇の自由」を支持する判例が出されている。 しかし、1950年代に下級裁判所において判例を積み重ねた法体系ができあがっていく中で、裁判所は労働者に対し様々な法的保護を与えていき、この結果、「解雇の自由」は「解雇の制限」へと変わっていった。」とあります。現在では整理解雇の四要件を満たさない限り、解雇権の乱用と判断されてしまいます。

裁判所で判例が積み重なってゆく背景には、企業側が生み出した「終身雇用」という社会的な慣習を、裁判官が労働者の既得権として認識した事が重要であると考えられます。しかし社会的慣習は企業側の主体的な行動によって変革可能です。

具体的には、下記のような「雇用改革」を、経団連(日本経済団体連合会)に所属する、日本を代表する各業界の大企業が率先して実行する事により実現可能であると考えます。

企業のより主体的に実現可能な雇用改革の具体案:

1)新卒採用中心から、経験者採用中心へ改める。
  通年での経験者採用枠を広げ、4月の新卒者定期採用枠を順次縮小する。
  通年での採用者数が一定数に達したら、4月の新卒者定期採用枠を廃止する。
2)部門別・職務別の採用と管理制度へ改める。
  総合職や一般職というコース別管理制度を廃止する。
  部門別に営業職や一般事務職など職務別の採用と管理制度を行うように改める。
3)大規模な配置転換の制度を原則として廃止する。
  採用された所属部門や職種の壁を越えた人事異動を原則廃止する。
  別部門や別職種への自発的移動を可能にする為に、社内求人制度を設ける。
4)採用時の雇用契約書に、整理解雇の条件を明記する。
  解雇(出口)条件を明確にする。(以下はひとつの例)
   整理解雇を発動する条件:
    勤務部門が通勤不能な場所へ移転する時。
    所属部門が、何期連続でどれだけ赤字を計上した時。
   整理解雇対象者:
    赤字対象部門に所属する労働者。

上記の雇用改革の目的:

1)「終身雇用」神話を終わらせる。
  企業側の自主的な雇用制度の改革により、労働者の「雇用の流動性」を社会的に高め、労働者にとっての「転職」が、人生における「普通」のイベントと認識される社会環境をつくる。

2)「社内失業対策」を終わらせる。
  部門や職種の壁を越えた大規模な配置転換という慣習は、裁判官から見れば、「解雇を避けるための努力目標」として認識される事は明白です。社命による部門や職種の壁を越えた配置転換を非一般化する事で、部門別収支の改善を部門内の整理解雇だけで収められるような社会的合意が得られるようにします。

雇用改革のメリット:

1)複数の企業で職務経験を持つ人材が集まる為に、業務処理の標準化が促され、業務効率が改善されます。
2)大規模な新卒社員の研修やOJTに投じていた経費の相当額が削減されます。
3)大卒新卒者の大半が、まずは中小企業に就職して業務の知識や経験を習得する状況が生まれ、大企業の下請けとなる中小企業が活性化されます。
4)正社員の雇用が保障された社会では、政府の経済政策において、経営者と労働者の利益が一致しませんでした。雇用の流動性の高い社会では、不況=失業、好況=就業というおおきな構図が出来上って、経営者と労働者の利益が一致するようになります。

雇用改革のデメリット:

1)景気がよくなると、転職する者が増えます。
2)年功ベースの賃金から、能力ベース賃金になり、賃金が高騰します。
3)管理職には、より高い管理能力が問われるようになります。
4)経営者には、より高い経営能力が問われるようになります。
5)残業やサービス残業でみかけの生産性を上げる事が不可能になります。
6)掃除やお茶汲みなど業務に関係ない仕事は、それ専門に雇う必要があります。

今日のサンプロでは、「脱・霞が関で活性化」と銘打ち、政府の助けを借りずに自力で村を発展させた2つの村を紹介していました。これをみて、雇用の流動化も官でなくても出来る事があるのではないかと考え、上記の案をまとめてみました。日本を代表する企業である経団連の方には、官に頼らず、大企業同士力を合わせて、雇用の流動化の実現を果たして頂きたいと願っています。それが日本の国力を回復させ、派遣などの非正規労働者を減少させて、多くの労働者の生活をも豊にするものだと考えています。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by bobby - 2009/10/11 at 10:49

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小倉氏の議論における視点の考察

前記事で指摘したbenlila_causettにおける小倉氏の論点の違いはどこから来るのでしょうか。片方では規制緩和を勧める側に立ち、片方では規制緩和を非難する側に立つ理由はなぜでしょうか。その理由について知りたいと思い、2つのブログの主要な内容の違いについて、もう少し掘り下げてみました。そうして、知財と経済における規制改革の違いについて考えて見たところ、面白い相違点が見つかりました。

知財関係では、企業側(放送業界、音楽業界、出版業界、ソフト業界等)は基本的に著作権に関する規制を守る立場であり、視聴者などのユーザーは著作権によって利益を奪われている立場です。逆に経済関係においては、企業側は基本的に解雇規制などの規制緩和を主張する立場であり、労働者は解雇規制が緩和される事により、見かけの利益を奪われる立場と見る事ができます。

この2つにおいての共通点は、規制緩和ではなくて、企業側と利益が対立する弱者の側に味方する事ではないかと考えられます。benliとla_causettにおける小倉氏の論点は、企業対ユーザー、企業対労働者という構図における、弱者の権利を守るという視点のように見えます。

この仮定が正しいとするならば、経済関係の議論において、池田氏、木村氏、城氏などの記事に対して、情緒的な批判記事を書く理由が理解できるように思います。

但し、池田氏、木村氏、城氏等の記事は、効率的な経済や行政を行うスキームを導入する事によって、社会全体(企業と労働者双方)の利益を目指す為のものであるのに対して、小倉氏の記事は、「いまそこにいる」貧しい労働者という、非常に狭い視野で見ている為に、ブログ上で議論が噛み合わない状況になっているのではないでしょうか。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by bobby - 2009/10/10 at 23:25

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知財と経済の議論から見た小倉氏の矛盾

Winnyの金子氏が高裁で無罪となりました。小倉氏のコメントが読みたくなって、benliを訪問。早速、Winny事件第2審判決についてを見つけました。そのついでに、同じウェブページに表示されたThe Beatlesのリマスターとレコード輸入権日本企業は今後常に米国の後塵を拝していれば良い?日本版フェアユースに関する議論の出発点ダウンロード違法化の具体的な問題点に目を通しました。

そこで改めて確信したのは、小倉氏は知財分野においては、どちらかというと「規制緩和をして、起業を促して、経済を発展させる」派だという事です。しかしながら、もうひとつのブログであるla_causettで、経済分野の議論において取っているポジションは、「規制緩和して経済発展させる派」である池田氏や城氏や木村氏などと対立する記事(池田先生や木村剛さんが望むような経済政策を実行するとどうなるかとか、解雇規制を緩和すると正規社員と非正規社員との競争が起こりエリートが起業?)を書き続けています。

私もときどき、小倉氏にブログ記事で挑戦しますが、その時に感じるのは、経済分野で議論している小倉氏は、明らかに「森を攻撃せずに、木を攻撃している」という事です。木を攻撃して森を負かそうというのは弁護士的なテクニックなのかもしれませんが、それにしても、だれにでもわかりそうな単純な理屈に対して、あえて捻じ曲がった解釈をもって、結論までも捻じ曲げる姿勢は、la_causettを読んでいる多くの方に違和感を与えているのではないでしょうか。

2 comments - What do you think?  Posted by bobby - 2009/10/09 at 13:26

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風から桶屋に至る合理的因果関係

風が吹けば桶屋が儲かるというレベルの話

私の前の記事について、小倉弁護士からこんな反論を頂きましたので、あちらの論点について一つずつ、私の意見を述べたいと思います。(番号を振ってあるのが小倉氏の論点で、その下のコメントが私の意見です)

1.大企業は,解雇規制が緩和されたら,収益が悪化した際に,今まで以上に「エリート労働者」を整理解雇する。

世界中で普通に行われている、常識的な企業行動だと思いますが何か問題がありますでしょうか。欧米の上場している企業の多くは、業績が予想外に悪化した場合に、まずは不採算部門のレイオフなどを行なってP/Lの傷みを修復しようとします。これは資本主義的に合理的な行動です。整理解雇が容易になった場合、(一応は資本主義である)日本でもそうならない理由はありません。

2.雇用が流動化されたとしても,収益が悪化した大企業により解雇された「エリート労働者」は別の大企業や中堅企業から雇用されることはない。

yesでありnoです。個別の企業の収益悪化は、景気全体とは関係なく生じます。通常の景気下で、ある企業が収益悪化により整理解雇を行った場合で、既に「雇用の流動性が高い」社会であれば、景気が良くて人材が不足している他社が、整理解雇されたエリート社員を雇用しない具体的な理由があればご指摘ください。
「雇用の流動性が高まる」という事は、いまのように国内全体の景気が悪い場合には、失職者が多く出て失業率が高まるが、次に景気が上向いた時には「前と同じか更に良い」条件の職を得る可能性も高まり、失業率も下がるという事です。民主主義あるいは資本主義の国で、このような企業行動に何か重大な問題があるという事であればご指摘ください。

3.収益が悪化した大企業から解雇され別の大企業からも雇用されない「エリート労働者」は,起業に必要な資金の融資を比較的低利で受けることはできる。

yesでありnoです。昔も今も、自己調達資金の範囲内で起業する人は多いと思います。ホリエモンが上場させたライブドアのもとになったオン・ザ・エッジの起業時の資本金600万円は融資ではなく(個人的な関係者からの)出資のようです。
製造業や大規模ソフト開発を伴うITサービスなどで企業するには資本金のスポンサー起業が必要です。説得力のある事業計画書を作成して、銀行やベンチャーキャピタルや、懇意にしている中小企業の社長などの資産家を廻って、魅力的なプレゼンを行い、出資者を募ります。小倉氏は起業というと「融資」を想定するようですが、可能な限り「出資者」を募る事をお勧めします。

4.収益が悪化した大企業から突然解雇されて不況下にやむなく起業をすることになっても,「エリート労働者」であれば,不況をものともせず急成長させるようなアイディアを即時に生み出すことができる。

別に即時である必要はありません。「エリート労働者」であれば、「俺は他人よりもっと上手くできる」という自信家の人は少なくありません。起業するのが販社や貿易会社であれば、アイデアよりも、客先や業者との信頼関係が重要です。自分にアイデアがなくても、誰か別の「エリート労働者」のアイデアに乗っかる事もできます。

5.「エリート労働者」はそのようなアイディアを,大企業在籍時には思いつかないか,思いついたとしても会社に提案することはないか,会社に提案したとしても会社からゴーサインを得られない。

yesでありnoです。昔も今もこれからも、社内起業もあれば、在籍中に思いついたアイデアを持って起業する例もあるでしょう。社内起業は、雇用の流動性が社会において、社員のアイデアや起業精神を生かす企業側の戦術だったと思います。雇用の流動性が高まった社会では、起業後に儲かった利益の大半を会社に吸い取られる社内起業制度は、それほど魅力的な制度だとは思えないと考える「エリート労働者」が増えるのではないかと思います。

>新自由主義者の脳天気ぶりにはついて行かれなかったりします。
ついでに申し上げますが、私は自分の事を、新自由主義者とも市場原理主義者だとも考えておりません。長期的に持続可能で効率的なスキームを合理的に追求すると、社会というものは「どのようにあるべき」だろうか、という事を常に考え続けているだけです。池田氏もどこかで述べていましたが、市場にしべてをゆだねるべきだとも思いませんし、そもそも資本主義が最上だとも考えていません。今のところ、他にもっと良い理念や方法が見当たらないというだけです。小倉氏に良い「対案」があれば、ぜひともお聞かせ願いたいと考えています。

2 comments - What do you think?  Posted by bobby - 2009/10/08 at 14:11

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どうして簡単な理屈が理解できないのだろう

解雇規制を緩和すると正規社員と非正規社員との競争が起こりエリートが起業?
の記事で小倉氏は、城繁幸の有効な雇用対策とはを批判して、

「「労働市場の流動性が高まることで、エリートによる起業が増える。」に至っては,どういう論理展開なのか理解不能です。解雇規制が緩和されれば,企業は優秀な労働者をばんばん解雇するはずだと考えているのでしょうか。もしそうだとすると,解雇規制の緩和によって,既存の企業の生産性ってむしろ下がるのではないでしょうか」

と述べていますが、長期的な不況の中で、企業が不採算部門をバッサリと整理解雇ができない事の方が、「企業の生産性」ってむしろ下がるのではないでしょうか。

「労働市場の流動性が高まることで、エリートによる起業が増える。」は、1段階脳の小倉氏でも、ステップに分ければ容易に理解可能と思いますので、下記をご覧ください。

ステップ1:

大企業の収益が悪化します。

ステップ2:

大企業は収益を悪化させている不採算部門で大量の整理解雇を行い、沢山のエリート労働者が野に放たれます。

ステップ3:

大企業から「生涯安定」が失われれば、起業して自分で稼ぐ、あるいはベンチャー企業へ参加して上場を果たす事は、費用対効果を考えると合理的な選択枝の範囲内といえるでしょう。こちらを見ると、米国の理系・工学系の博士課程には、そういう野心家がゴロゴロいるようです。社会環境が変われば、日本でもこのようにならない理由はないでしょう。

優秀な頭脳を持つエリート諸氏には、大企業の出世競争なんてつまらない事で貴重な時間を浪費するのではなく、このような記事を参考にして、ぜひ一国一城の主になって、グローバルな企業を沢山生み出してほしいものです。

3 comments - What do you think?  Posted by bobby - 2009/10/07 at 14:54

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猛烈な台風18号(2009/10/04)

くっきりとした目を持つ台風18号が太平洋上を日本の九州方面にむかって進んでいます。もうひとつの台風である17号も勢力を保ったままフィリピンの北で滞留しています。どちらの台風も9月29日に南太平洋で生まれました。2000年以降の台風履歴を見ると、今年の9月に生まれた台風の数は7個で最高記録です。ちなみに1ヶ月に生まれた台風の数は、2004年8月の8個が最高記録となっています。また2004年は、1年間に生まれた台風の総数でも29個で1位(2位は2001年と2002年の26個)となっています。(以上は2000年以降の記録による比較です)

台風予想進路図(気象庁発表)>
猛烈な台風 第18号(10月 4日12時現在)
マリアナシヨトウ
北緯16.7゜東経141.6゜ 西 25 km/h
 中心気圧 915 hPa
 最大風速 55 m/s
 最大瞬間風速 75 m/s
 暴風半径(25m/s以上) 170 km
 強風半径(15m/s以上) 北側 560 km 南側 350 km

台風予想進路図(気象庁発表)>
台風 第17号(10月 4日12時現在)
バシ-カイキヨウ
北緯19.1゜東経120.0゜ 北西 9 km/h
 中心気圧 975 hPa
 最大風速 30 m/s
 最大瞬間風速 45 m/s
 暴風半径(25m/s以上) 70 km
 強風半径(15m/s以上) 410 km

●5日の追加記事:

上記の記事をアップして1日が経過しました。昨日の予想では、台風18号は915hPaを維持したままの予定でした。しかし実際には更に成長して、台風の目も更にくっきりとして凛々しい感さえします。(台風の目に感情移入するのは私だけでしょうか)それで今日の写真もアップしてみました。

台風予想進路図(気象庁発表)>
猛烈な台風 第18号 (10月 5日15時現在)
オキノトリシマキンカイ
北緯19.2゜東経134.8゜ 西北西 30 km/h
 中心気圧 910 hPa
 最大風速 55 m/s
 最大瞬間風速 80 m/s
 暴風半径(25m/s以上) 190 km
 強風半径(15m/s以上) 北東側 560 km 南西側 390 km

台風予想進路図(気象庁発表)>

台風 第17号(10月 5日15時現在)
バシ-カイキヨウ
北緯20.0゜東経119.4゜ ほとんど停滞
 中心気圧 980 hPa
 最大風速 30 m/s
 最大瞬間風速 40 m/s
 暴風半径(25m/s以上) 110 km
 強風半径(15m/s以上) 370 km

2 comments - What do you think?  Posted by bobby - 2009/10/05 at 12:00

Categories: 台風   Tags:

「同一労働同一賃金」は年功賃金制度を否定する

日本型雇用の生の味

のコメント欄を読んでいて「なるほど」と思う個とがありました。以下にコメントを引用します。

「製造業における同一労働同一賃金 (おたま)
凡そ、製造業におけるラインワーカー、単純工の作業などと言うもの、三日も見習えば覚えられるし、多少時間を掛けたとしても、せいぜい三月か半年で一人前になれる仕事ばかりだ。そんな単純繰り返し労働者の賃金は、如何にあるべきか。15才の少年も、30才の所帯持ちも、40,50の壮年も同じ仕事をして、生活の糧を得て行こうと言うときに、その賃金は、15才の、中学卒の少年と同じで良いのか。同一労働同一賃金を主張する諸氏に、是非その見解を伺いたいものだ。」

まったくその通りだと思います。毎年の昇給があったり、年齢による基本給があったりするのはおかしい事になりますね。

サンプロで、企業は派遣社員を止めて、「同一労働同一賃金」で労働者の格差を是正すべしと、辻本氏や民主党の議員が言っていたのを思い出しました。これってつまり、何十年働いたワーカーも、新人ワーカーと同じ給料で雇用せよと言っているようなものです。みんなまとめて貧しくなろう、賃金を下げよう、年功賃金や毎年のベースアップを止めようと。そうしないと、辻褄が合わなくなりますから。社民党の人とか、そういう事をちゃんとわかって言っているのでしょうかと、ふと疑問を感じたのは私だけでしょうか。

4 comments - What do you think?  Posted by bobby - 2009/10/04 at 21:53

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研究者を必要としていない技術立国

自民党時代に始まった「緊急人材育成・就職支援事業」が、民主党政権で見直しされるようです。jyoshigeさんは職業訓練なんて誰も求めちゃいないと仰っています。日本企業は職務ベースではなく、「新卒・正社員・総合職」といった出自に基づいた身分制なので、そもそも職務というものへのニーズが薄いためだそうです。

香港・東莞で多くの日系企業のお客様を見てきた私も同じ意見です。営業部から購買部へ異動させられたり、製造部から営業部へ異動させられるなど、辞令一枚でどんな僻地へも飛ばされ、どんな業務でもそこそこにこなすゼネラリストである事が大企業サラリーマンに要求される能力のようです。20数年以上昔の話しで恐縮ですが、大学時代の私の友人も入社時に辛い体験をしました。工学部の修士課程を卒業して某F社の本社採用になりましたが、新入社員研修後に決まった配属先は海外営業部でした。研究所は無理でも、最低でも技術職を期待していた彼にはすごいショックのようでした。営業をさせられる事が入社前に判っていたら、たぶん別の企業を探していたでしょうね。そういう訳で、いくら職業訓練をしても行き着く先は「派遣社員」しかないようです。

ところでjyoshigeさんの「“博士”という最高の訓練を受けた人材でさえ敬遠される国。悲しいけど、それが日本の実情である」に反応した小倉弁護士は、職業訓練のニーズの中で、「博士課程は基本的に研究者になるための訓練をするところなので,研究者を必要としていない企業が「博士」を敢えて採用したいと思わないことは自然ではないかと思われます」と述べていますが、かなり認識が古いといわざるを得ません。たとえば渡辺千賀さんはアメリカで働くのに修士は意味があるかの中で、「大雑把に言って、アメリカでは、学士は、日本の高卒+アルファ、くらいの価値です。修士を出てやっと日本での4大卒くらいの価値になります。アメリカの博士=日本の修士、って感じ」と述べています。何処の国でも同じでしょうが、大学の数も教授の椅子も限られているし、毎年あたらしい博士が世に出ます。たとえば北米のいまどきの博士(特に理数化系)は、企業の研究所や先端技術製品の開発、あるいは自分の研究アイデアを持ってIPOを狙う人が圧倒的に多いのではないでしょうか。

そういう意味で、小倉氏が述べられている「研究者を必要としていない企業」ばかりの日本の惨状を、jyoshigeは嘆いておられるのではないでしょうか。

Be the first to comment - What do you think?  Posted by bobby - 2009/10/02 at 15:46

Categories: 1.政治・経済   Tags:

日本的経営理念=家業理念

株式会社とはだれのものでしょうか。日本的経営の未来についてelm200さんが書いている記事で、会社が大事にすべきステークホルダーの優先順位について述べています。さて、会社のステークホルダーに対する考え方の違いはどこから来るのでしょうか。

A:日本的経営理念におけるステークホルダーの優先順位。

(1)従業員 (2)外注・下請 (3) 顧客 (4) 地域社会 (5) 株主

B:株式会社の本来の理念に則ったステークホルダーの優先順位。

(1)株主 (2)顧客 (3)従業員 (4)外注・下請 (5) 地域社会

会社を起業した時点に遡って、だれが資本金を出したかにより、上記の考え方に違いが出てくるように思います。つまり、大半の資本金を親族の中から調達した場合と、他人(友人・知人・仕事仲間・企業)が共同出資した共同経営の場合です。

上記Aは、会社の出発点が「家業」として始まった場合と考えます。会社の所有者が個人または親族である場合、社長個人の「情」が経営に強く影響する為に、家族的経営になり易く、社員を守ろうという意思が強く働きます。社長の親族の生活基盤がひとつの会社に強く依存してしまう為に、防衛本能によって「継続」させる事に執着します。さらに、親族経営の場合にありがちな「会社の私物化」を防ぐ(あるいは隠す)意味で、株主の優先順位を低くしようとします。その結果、Aのような優先順位になるものと思われます。こういう会社は、たとえ成長して上場企業になっても、性質はあまり変わらないでしょう。その代表例が「トヨタ」や「パナソニック」です。

上記Bは、会社の出発点が「他人による共同出資」として始まった場合と考えます。主要な出資者が第三者の場合、経営者は出資者に対して、創業時から「出資の対価」を返す事を期待されていますので、経営者が株主を疎かにする事はなく、合理的な経営が求められ、必然的にBのような優先順位になるものと思われます。こういう会社は成長段階でも、上場して大企業になっても、ずっと株主重視の経営を行うでしょう。IPOを前提として起業した多くの会社がその良い例です。

このように考えると、結局のところ日本的経営というのは拡大した家業経営理念というだけのようです。

して、経営陣にも親族が多く含まれている、いわゆるオーナー会社の場合と、

多くの中小企業はいわゆるオーナー企業の割合が多いようですが、オーナー

1 comment - What do you think?  Posted by bobby - 2009/10/01 at 09:02

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