Mutteraway 時事問題 を語るブログ

政治・経済・医療・地球温暖化の常識に挑戦する

戦場には名誉も栄光も無い、ただ地獄があるだけ

Posted by bobby on May 13th, 2012

栄光だの名誉だの、そんなものを喜々としてもてはやす殺人者には何を語り聞かせても無駄だ。軍人なんぞに世界は救えない。軍人や政治家はな、戦いの中に(*)聖者があると説き、さも戦場に尊いものがあるかのように演出して見せるんだ。そんな奴らが見せる幻想で、いったいどれだけの若者たちが、武勇だの名誉だのに誘惑されて、血を流して死んでいったと思う。あんたはよりにもよって戦場が地獄よりましなものだと思っている。冗談じゃない。あれは正真正銘の地獄だ。戦場に希望なんてない。あるのは掛け値なしの絶望だけ。敗者の痛みの上にしか成り立たない、勝利と言うなの罪科だけだ。なのに人類はその真実に気づかない。いつの時代も勇猛果敢な英雄が、はなやかな武勇談で人々の目をくらまし、血を流す事の邪悪さを認めないからだ。人間の本質は石器時代から一歩も前に進んじゃない。

これは現在放映中のアニメFate/Zeroで衛宮切嗣が述べた戦争観にちょっと手を入れて、現実の世界とマッチするようにしてみたものですが、実にストレートど真ん中に、いかに戦場が地獄そのものであるかという事を暴いています。

 

アニメをネタにして戦争論や国家論をはじめると、不謹慎と引き攣る人がいるかもしれませんが、まあ日曜という事もありますし、すこし頭を柔らかくして国家と戦争について考えてみましょう。

我々や子孫が未来に遭遇しそうな戦争といえば、やはり日中間に戦争の火種がありそうです。諸行無常。世界の警察を自認するアメリカも、いつかはアジアまで手が回らなくなる日が来るでしょう。その時に日本は、自力で防衛する為に正味の再軍備や核兵器保有への道を歩むのか。政治的な力を得る為の道具としてそうするのは良いとして、それでも相手が引かない時に、国家という名の政権保持の為に市民を徴兵して戦地へ送る事をどう正当化するのか。市民の住む街が戦場となり、焦土となっても、あくまで体制維持の為に血を流し続けるのか。その為に流れた血を、生き残った人々は尊い犠牲と奉って「戦争の責任」を誰かに転嫁し続けるのか。

国民の幸福と生命財産を第一に考えれば、戦争なんて無い方が良いに決まっていますが、いつの時代にも隣国の挑発に乗る戦争推進論者は後を絶ちません。多くのハリウッド映画が日本のアニメが戦争賛美、英雄賛美する中でFate/Zeroは、戦争の本質について考えさせてくれるなかなか秀逸なアニメではないかと思います。

(*)番組では「戦いのなかにしゅらんがあると説き」と聞こえるのですが、「しゅらん」が何なのか、あるいはき聞き違いなのか不明なので、多少とも文章の辻褄が合うように、とりあえず「中に」に置き換えてみました。

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女性差別を定量化する指標

Posted by bobby on May 2nd, 2012

女性差別をすると経済は悪化するという記事を読んで触発されました。日本の企業は、課長や部長といった比較的責任の重い中間管理職のポジションをゲットしている女性の数が非常に少ない事に、昔から違和感を感じております。特に大企業においてその傾向が強いのではないでしょうか。

大企業の事務職の仕事を要約すると、書類の作成です。それは末端事務員から管理職に至るまで、例外ではありません。重要なのは、要求を理解し、対象となる内容を理解して、上司が満足する内容を所定のフォーマットに詰込んで提出するという作業を期日までにできるかどうかです。そしてこの能力は、大学の授業で繰り返し出される課題レポート作成と酷似しています。試験とレポートにまともに取り組み、きちんと課題をクリアして来る卒業生は、男女を問わず、企業の管理職としての潜在能力を有しています。

そこで、企業が男女差別を行なっていないならば、企業における労働者の男女比構成も、大学生の男女比率に似た数値を示す筈です。まずは下記の表を御覧ください。在京の有名大学をピックアップして在校生の男女比を表にしたものです。(元ネタはこちら)


上記の表に含めた大学では、女性が平均で36%を占めます。これは全大学を含む数値ではありませんが、参考値として見る事は可能かと思われます。さて、企業内、家庭内や社会全体が女性労働者に対して差別的でない場合、年齢や管理職という「切り口」で見ても、男女比率に大きな差が生まれる合理的な理由はありません。大学を卒業して企業へ就職した男女を100%として考えますので、特別な理由(あるいは差別)がない限り、結婚や出産後も共に働く事が合理的な訳です。故に、大学における男女比率は、特に都市部の大企業において、企業内の女性差別の有無を調べるひとつの指標として用いる事ができると考えられます。

もう一つ、企業における管理職、特に実務を行う中間管理職における女性差別の有無についても、大学の男女比率の数値を調査の指標として用いる事が可能であろうと考えます。管理職というのは原則として、評価対象となる一定のグループ内でより優秀な者が選ばれると理解しています。つまり、良い書類を期日通りに作る能力がより高いものが選ばれるという事です。そこで大学における成績優秀者のグループを見ると、女性が極端に少ない東大や東工大のような例を除き、女性の成績優秀者が男性より多いと言われています。しかし、企業の中間管理職は圧倒的に男性が占めているという現実があります。

中嶋氏の記事に戻れば、企業が実務能力の優秀さ以外の別の基準で新卒者や管理職を選定している限り、不適格な社員、不適格な管理職がえばられる事になり、企業は生産性が低下して利益を逸する事になるであろうと考えます。更に言えば、結婚や出産や育児が女性のキャリアに及ぼす影響がより小さくなれば、長期的にキャリアアップを目指す女性がメジャーとなり、ホワイトカラー家庭での家庭収入が文字通り倍増するとか、ホワイトカラー労働者全体に占める優秀な人材が倍に増えて日本全体の生産性が向上するとか、世帯収入が倍増すると消費も旺盛になるので経済が成長するとか、いろいろと良い事はあるだろうと推測します。

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「夢想家」に未来はあるか?

Posted by bobby on April 9th, 2012

内田樹氏のリアリストの未来に言及した記事をたいへん興味深く拝見させて頂きました。2つのポイントについて述べさせて頂きます。最初はまず国旗国歌問題から入ります。

>国歌国旗問題については、これまでも繰り返し発言してきた。
>私が統治システムにかかわることで主張しているのは、つねに同じことである。
>「その政策は健全な公共心をもつ成熟した公民をつくりだすことに資するかどうか」

内田氏は教職員に君が代の起立斉唱を強いる事を、国旗国歌問題として議論しようとしていますが、残念ながらこれは出発点が間違っています。何か間違っているかといえば、出発点は国歌の中身(思想信条)の問題ではなく、外形的にルールに従わせるという組織統治の問題を橋下氏は述べているのです。(大阪都市構想はガバナンスの問題に収束する

学校においてクラスの生徒を統治するのは教師の仕事です。その教師を統治して効率的な教育業務を運営するのが主任や校長の仕事です。そのような学校を地域ごとに統治するのが教育委員会です。

その教育委員会が決めたルール(学校行事における教師の君が代の起立斉唱)を、学校行事の最中に大勢の父兄や生徒の面前で、末端の教師が意図的に、かつ繰り返しルールを破るという行為を行えば、組織統治上のどのような問題は生じるかは、会社を経営した事のある人なら容易に理解できるでしょう。

>「憲法に反対なら、公務員をやめろ」というようなことは言わない。
>私はいずれについても処罰を求めない。

学校(あるいは地域の学校群)という組織を正しく機能させて、教育委員会の望む方針を実現する為には、学校の中で末端教師に対する統治能力を維持する事が重要です。ルールを破るという悪い影響を与える行為を行う教師には、学校という組織が指導を行って改善する必要があります。ルール破りを意図的に繰り返す教師は、教師である前に組織人としての資質に欠けます。ゆえに組織から排除する必要があります。排除とは「やめさせる」という事です。

ここまでをまとめると、橋下徹大阪市長が求めているのは、大阪の生徒の成績を向上させられるように、まずは学校内で統治責任者が末端教師に対する統治能力を向上させようという事であって、思想信条の議論はしていないという事です。内田氏にはぜひ、同じ土俵で「噛みあう議論」をして頂く事を期待しています。

では、次のポイントへ移ります。

>国民国家は擬制である。
>福沢諭吉はもっとはっきりと「私事」だと言った。
>昔誰かが勝手にそういうものをつくったのである。
>国境線をひいて、「こっちからこっちはおれの国だ。入ってくるな」というようなことを言い立て、国法を定め、国語をつくり、国旗をデザインし、国歌を作曲した。
>どれもみな「つくりもの」である。

実は最近、このような考えに強い魅力を感じています。私は思想家ではなくて企業の経営者ですが、以前に国家とは何かという記事を書いて、多くの人が当たり前のように「日本を守る為に戦争も辞さず」という考え方に疑問を呈しました。

少なくとも20世紀までは、他国の侵略により国民の生命財産を失う危険がありましたが、21世紀の現代においては、一定の経済規模と文化レベルを持つ国家による侵略行為は、少なくとも経済に利する事が目的であり、治安維持組織へのテロや暴動が起きない限り、グローバル市場からそっぽを向かれるような非人権的な行為が大々的に行われる事は考えにくいと考えています。

極論すれば「国名」というラベルと「政府」という管理組織が変わるだけです。ならばそのようなものにこだわって防衛戦争に執着し、国民の生命財産が失われる事に何の合理性があるのか、と考え続けております。

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昨日の敵は明日の友

Posted by bobby on March 19th, 2012

1)無能な政治家に期待してはいけない。
東アジアにおける日本の将来に不安を感じています。中国は経済力を梃子にして東南アジア諸国への影響力を強めるだけでなく、軍事力の急速な近代化によって周辺諸国への圧力を増しています。日本には日米安保条約がありますが、米国の経済力低下を背景に、日米双方で在日米軍は縮小の方向にあります。1992年にフィリピンが米軍基地を国内から追い出した数年後に、中国がフィリピン領南沙諸島を武力占領したような事件がありました。在日米軍が日本から撤退するような事になれば、中国海軍の日本に対する挑発行為が増大し、尖閣諸島などでおおきな事件が起こる可能性は否定できません。しかしながら日本政府の外交能力はといえば、2010年9月の尖閣諸島中国漁船衝突事件に対する日本政府の交渉能力を見ると、まったく期待する事ができません。日本はやはり、政治ではなく経済を主体として国家の方向性を決めるしか手段が無いという事かもしれません。

2)敵の敵は見方。
日本という国家が東アジアで生き残る上で、今後もっとも脅威となるのが中国である事に異論をとなえる人は少ないでしょう。中国は広大な国土と13億の民で構成される国家体制を安定的に維持する為に、常に経済成長し続ける必要があります。この要求を満たす為には膨大な量の化石燃料と大きな資本市場が必要です。中国が世界中のエネルギー利権を買い漁り、アフリカ等の後進国市場へ経済進出し、東アジアの漁場や領有権を強行に主張しているのはその為です。強引ともいえるそのような経済的拡張を支えていたのは近代化と拡張を続ける中国の軍事力でした。日本・韓国・台湾以外の周辺諸国は、中国の軍事力とまともに対抗できる兵力を持っていませんでしたので、この戦略はワークしていました。ところが最近になって、苦汁をなめていたベトナムはインドと手を結ぶ事で中国の圧力に対抗しようとしています。インドは中国と並んで急速に経済成長している最大のライバル国です。南シナ海へインドが進出してくるのは、中国にしてみれば自分の裏庭を荒らされたように感じているでしょうが、軍事力が拮抗し、ロシア軍とより強い関係を持つするインド海軍に対して、フィリピンやベトナムような対応はできません。米国の経済力低下と共に日米安保にも陰りが見える現在、米国一辺倒の安保戦略はそこまで持つのか正直不安です。そこで東アジアの中国圧力を牽制する為に、日本はもう一つの中国が苦手とする国をカードとして引っ張り込んではどうでしょうか。それは世界最大の陸上軍事兵力を持つ中国のお隣の国、ロシアです。

3)昨日の敵は明日の友。
幕末から第二次大戦終了まで、ロシアは日本という国家が存続する為に最大の脅威でした。ロシアは清の領土であった黒竜江の東の広大な領土をズブズブと侵食し、更に朝鮮半島へ進出しようとしました。日本よりも「固有の領土」に強くこだわる中国政府は、1960年代に中ソ国境紛争を起こしましたが大負けしました。中国は以降、ロシアに対して慎重な外交路線をとっていますが、ロシアが中国にとって軍事的に最大の脅威である事は間違い有りません。そのロシア(次期)大統領であるプーチン氏が、国内経済を発展させる為に日本との関係改善を強く望んでいる事がこちらで述べられています。東アジアにおける米軍のプレゼンスが長期的に低下する事が避けられない状況の中、日本が引ける対中牽制カードはインドとロシアです。しかし日本とロシアの国家間には、北方領土問題という深い谷があって、よほど強いリーダーを持つ政権が誕生しない事には、この谷を超える事はできないでしょう。それでは政府による正面からの交流によらずにロシアというカードを使う事はできるのでしょうか。

4)ロシアというカードのめくり方。
日本政府による対ロ経済援助とか、そういうアプローチがそもそも間違いです。そのような経済援助でプーチンが望むような経済発展が生まれない事は中国をみれば明らかです。中国の経済発展はODAで飛行場のような箱モノを作ったからではなく、民間企業の進出による雇用増、輸出加工貿易による外貨増、結果として生じた技術移転。これらの相乗効果によって中国の経済力の基礎体力が造成され、GDP2位の経済発展を遂げました。中国の発展を見れば、ロシアへのアプローチは明白です。日本企業が1990年代と2000年代に中国大陸進出したようにロシアへ工場進出して市場を開拓すれば良いのです。日本企業にとっての消費市場が分散する事は、中国政府の政治的影響力を減じる事ができます。サハリン等からパイプラインを引いて天然ガスを購入し、ロシア籍のLNGタンカーで輸送すれば、中国や北朝鮮が手出しする事はできないでしょう。このようにして、日本政府による国家間条約によらずに、ロシアカードをめくる事は可能であると考えます。

5)結論。
米国にしろ中国にしろロシアにしろ、どれか一つの国に依存する事は、すなわち自分の弱さを晒す事になるので長期的には相手につけ込まれます。日本が自衛隊の軍事力増強や独自の核保有によらず、都合のよいかたちで東アジアのパワーバランスを保つ為には、経済界が積極的に動いて、米国・中国・ロシア・インドそれぞれが日本から利益を得る事ができる経済関係を構築する事ではないでしょうか。

石水智尚 – Mutteraway

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第三の選択

Posted by bobby on March 12th, 2012

日本の安全保障にかかわる長期戦略ついては、自民党の伝統政策である対米従属が第一のオプション、小沢一郎を代表例とする対中接近が第二のオプションと考えられているのではないでしょうか。

現在の日本がもっとも外交的な脅威を受けている隣国は中国です。中国政府は尖閣諸島(魚釣台)を革新的利益と宣言していますから、今後益々、圧力は強まって行くでしょう。その一方で、沖縄駐留米軍の減少傾向を見るまでもなく、米国の国力減少によって東アジアへのプレゼンスは益々低下してゆくものと考えられます。米軍基地がフィリピンから撤退したとたんに中国が南沙諸島のミスチーフ礁を占領したような事が、日本の領土・領海で起こらないとはいえません。今後の日本にとって、世界最大の消費地である中国との表面的な関係を維持したまま、外交的に差し込まれる事を防ぐためには、パワーバランスをどう取るかが長期的な課題になるといえます。

そこに登場したのがプーチン次期大統領です。ロシアの経済を発展させる為に、ロシア側からみれば「火中の栗を拾う」ような北方領土問題の解決をあえて提案して来るあたり、対日関係を修復して国内経済をなんとかしようという意欲が伺えます。先日の記事でも書きましたが、 日本の外交戦略の舵を少し修正して、対米関係をある程度維持した上で、更にロシアと軍事・経済をミックスした交流を深める事は、対中への軍事的な牽制力を得る上で非常に有効な手段であるといえます。

ロシアというカードはある意味で劇薬のようなものかもしれませんが、破竹の勢いで成長する中国の、東アジアでのパワーバランスを取る為に、あえて劇薬を使うオプションについて検討の価値はあるのではないでしょうか。

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あっと驚く四島返還のアイデア

Posted by bobby on March 5th, 2012

この記事はあくまで思考実験あるいは妄想の類として書きました。つまり妄想であるからこそ、常識では不可能と思われる事を可能にする道があるかもしれない、という内容です。まずは下記の2つの記事の内容の一部を引用します。

プーチンの北方領土問題「最終決着」発言を読んで
「ではこの先100年経っても200年経っても、わが国はかつてのソ連の不当性を非難し北方領土返還を要求し続けるべきなのか。私は、個人的にはそれでもよいと思う。」
F-35の開発遅延で現実に直面する防衛省
「老朽化したF-4EJを2011年度から新型機に置き換える第四次F-X計画だが、本命であったF-22が2010年に生産停止が決定され、2011年12月にF-35が導入を決定した。しかし日本へ2016年度から納入される予定であったが、米軍への納入が2017年後半であると報道されており、ここに来て機種選定の変更もありえると言及されている。」

そもそも論を棚上げしてロシア政府の立場で考えれば、相応の大義もメリットもなく実効支配している領土を日本に返する事は、ロシア政府にとって大きな政治的敗北なので絶対に認めてはいけない事です。 しかし、国内の政治的敵対勢力と国民を納得させられるような大義とメリットがあれば、政治的価以外には何もない北方領土の返還に応じる事が可能になるかもしれません。では、どのような大義とメリットがあれば、政治的には不可能な「四島返還」の可能性を高める事ができるでのでしょう。その鍵はF-35の記事から見つけました。

米国のF-35の価格高騰と納期遅れが予想される中、機種変更もあり得るとの事です。そこで次期主力戦闘機として、ロシアの最新鋭機T-50(PAK-FA)の導入についてロシア政府を検討してはどうでしょうか。T-50は自衛隊の要求する高いステルス性を持ち、もともと自衛隊が欲しかったF-22と肩をならべる性能があり、本体価格はF-35の3割ほどと廉価です。(国内でライセンス生産するとこれよりかなり高くなるでしょう。)

日本の空自がT-50の大量導入を検討するとなれば、ロシアの軍需産業は目の色を変えて政府をプッシュするでしょう。もともと軍関係者は何処の国でも超保守的ですが、彼らの利益が日本にあるとわかれば、四島返還に好意的となる可能性があります。もともとロシア国内に反日感情はあまりないと言われています。この機会に経済関係も含めて日露関係を深める事はお互いに大きなメリットではないでしょうか。

もう一つ、空自が主力戦闘機をロシア製にすると、もう一つ別のメリットが生まれます。 中国が世界で最も警戒しているロシアと日本の政治的かつ軍事的関係が深まる事は、日本の中国への大きな牽制になり得ます。中国からしてみれば、しょせん米国は太平洋の向こう側の国であり、船と飛行機を寄せ付けなければ怖くありません。

しかしロシアは違います。いまでも世界最大の陸軍兵力を持ち、長大な国境線を共有する隣国であるロシアは、中国にとって争ってはいいけない国リストがあるとすれば、米国より上の最上位にランクされているでしょう。

米国側から見ても、冷戦集結以降、地理的に遠い日本の価値は下がる一方である事は、最近の沖縄米軍の移転ニュースを見ても肌で感じられます。日本は、当面は日米同盟を維持するべきですが、ロシアとの関係改善も検討に値するかもしれません。

如何でしょうか。

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「全国区選挙」Q&A

Posted by bobby on February 29th, 2012

船中八策にたりないものとは国政選挙を全国区一本にする事であると述べたところ、たくさんのコメントを頂きました。またBLOGOS編集部で「全国区だけで選挙」に賛成?反対?という Discussion Boardをアップして頂き、そちらの方にもいろいろな意見を頂きました。それらを踏まえた上で、「全国区選挙」についてQ&A形式で再度述べさせて頂きます。

1)人口の少ない地方が不利になるではないか?
船中八策は徴税権や権限を地方へ大幅へ移譲する事を前提とした道州制を掲げています。道州制が実現した後であれば地方に関する問題は道州政府の管轄事項になり、国全体に関する事が中央政府の管轄事項となるので、仮に国会議員が都市部から集中的に選出されたからといって、それがすぐに地方が不利になる事とは結びつかないと考えます。但し、国全体の効率性を優先した政策を選択した結果、特定の道州政府が固有の事情により不利益を被る事はあり得ます。たとえば沖縄の米軍基地集中化といった事です。

2)テレビの著名人が圧倒的に有利になるのではないか?
ただ著名なだけで主張したい政策の無い人、議員立法の制作能力がなかったり、議員としての基本的知識さえ欠如している人を除外する為に、国会議員となる為の資格制度を設ける事を提案します。議員が実務を行う上で必須となる基本的な知識(たとえば法律、経済、国際関係など)を担保する為に、国家試験による認定を行います。エリートや秀才を選別する事が目的ではありませんので、試験のレベルとしては、普通の社会人が通信教育、夜学、専門学校などで1−2年くらい真面目に勉強すれば十分に合格できる内容が適当と考えます。但し、中央及び地方政府で行政職の経験者や弁護士などの経験あるいは専門知識を有する人は試験を免除しても良いと思います。

3)インターネット選挙が必須になるのではないでしょうか?
はい。従来型の投票所による投票の他に、インターネットによるオンライン投票の導入を提案します。オンライン投票を可能とする事で、従来は投票所へ行く事が心理的に大きなハードルであった若年層(成人から30代前半)の投票率の向上が期待できます。オンライン投票が可能となる事で、世代間格差解消や、その他に若者の支持を得やすい政策(たとえばネット上での著作物の規制緩和など)を掲げた立候補者が現れる事で、政治的に無関心な有権者を減らす事ができると考えます。オンライン選挙にはスマート化された身分証明カードの導入が不可欠ですが、それについてはこちらをご参照下さい。

4)比例代表制で十分なのではないか?
比例代表制でもかまいません。しかし比例代表制は政党の得票数に比例して議員配分を決定するので、既成の大政党に有利です。しかし、現在の自民党や民主党を見る限り、大政党の看板に投票する事にメリットを見いだせません。私は、全国区選挙の目的の一つは、政治家個人の掲げる政策や人間性に投票という信任を与える事で、その人が自分の信念に従って国会で政治を行えるようになれば良いと考えています。船中八策では首相は公選制です。首相に就任した人が内閣を作るのだと思いますが、その際に、現在のように出身母体の政党の枠に縛られるのではなく、自分の意見に近い人を、議会あるいは市中から自由に選べば良いのだと思います。その為にも、政党の枠に縛られた政治にするべきではありません。蛇足として加えると、大臣と副大臣になるには、対象となる省庁の基礎知識を持った人を選ぶべきだと考えます。先に述べた国会議員の資格試験をパスした人の中で、更にを当該省庁の大臣の資格試験にパスした人の中から選ばれるべきだと考えます。

5)利益誘導型議員は淘汰されないのではないか?
当確ラインが10万票なら、道州議員が国政選挙へ鞍替えし、地元票を集めて勝つ事ができるでしょう。50万票なら、そのような議員の数をかなり減らせるでしょう。

6)全国区にしたら選挙資金がむしろ上がるのではないか?
選挙期間中は立候補者へ機会の平等を与える必要があるので、特定の候補者ばかりが資金力にものを言わせてメディアへ露出する事はできません。何にお金がかかるかといえば選挙ポスターと選挙カーかもしれません。全国区選挙では、この2つは非現実的なので禁止して良いかと思います。その代わり街頭や特定集会所での選挙演説と、ネット上(ホームページ、ブログ、SNS、ツイッターなど)での意見主張や議論は、本人が直接に意見主張する限りにおいて許可します。ネット上の活動も、人数動員してステマ展開しない限りは(もちろんステマ行為は禁止)基本的にローコストの筈です。

ここまで書いてみて、そうすると全国区選挙とした場合に、選挙期間中に行う選挙活動ってなんだろうと思いました。選挙区が全国になる事で、これまでは当たり前だった選挙方法が大きく変わる事が予想されます。その場合、選挙期間中にだけ自分の意見を主張する時間や機会が限定されてくるのであるのなら、そもそも日頃から自分の意見をネットを含めメディア上で主張して支持者を集めている人が圧倒的に有利になるのでしょう。

この辺についてはいろいろと議論と改善の余地がありそうです。

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総背番号と総確定申告のモデルケース

Posted by bobby on February 27th, 2012

大阪維新の会の「船中八策」には、国民総背番号制と国民総確定申告性が盛り込まれています。先進国でこの2つの制度を同時に実施している国はほとんど無いのではないかと思います。米国は社会保障番号が国民総背番号に相当するキーとなっていますが、厳密な意味での国民背番号という訳ではありません。英国は国民背番号カードをまだ検討している段階です。ところが英国のもと植民地である香港は、まさにこの2つの制度が実施されています。維新の会の方々は、もしまだご存じないようであれば、香港の制度を勉強されては如何でしょうか。以下に、概略について簡単に説明致します。

【香港の身分証(ID CARD)】

香港では180日以上滞在する11歳以上の全ての者が、IDカードの取得と常時携帯が義務付けられています。IDカードはスマート化されており、表面とチップの中に、個人を特定できる国民背番号が付いています。香港人も外国人も、IDカードは移民局で取得します。外国人が香港に継続して7年居住し、移民局に申請して承認されると永久居住権がもらえます。するとIDカードが永久居住者用のものに変わりますが、背番号自体は変わりません。背番号は個人の身分や資産や国境の出入りを追跡・照合するキーとなる重要な番号なので、原則としては一生変わりません。

香港は歴史的に中国からの不法入境者が絶えなかったので、不法入境者と区別する為にIDカードの常時携帯が義務化され、警官による職務質問の時に不携帯が見つかると罰金です。

IDカード番号は、銀行の預金口座作成、クレジットカードの作成、不動産の契約書、雇用契約書、会社登記時などに身分を証明する為に利用されます。その為、IDカード番号をキーにして、特定の個人の資産やお金の流れを追いかける事は技術的に容易です。

IDカードを持つ香港人や外国人が香港から出国する場合に、パスポートではなくIDカードで出国登録します。(永久居住者でない場合は、IDカードの他にパスポートの提示も求められます)IDカードがスマート化されて以来、出国の手続きは機械による無人手続きも可能になりました。 日本のパスポートは更新する毎に番号が変わるので、特定の個人の出入国履歴の追跡をパスポート番号だけで長期に渡ってトレースする事が困難です。国民総背番号カードによる自動出入国マシンの導入は、日本でもぜひ行いたいしくみです。

IDカードで個人の特定と身分の証明ができるので、運転免許証は簡易的なカードになっており、免許証を管理する番号のようなものもありません。基本的にIDカードとペアで使われる事が前提となっているからだと思われます。日本の運転免許証も、同様の運用形式にすれば大幅な関連公務員の経費削減になるかと思われます。

銀行の窓口で現金をおろす場合、サインの確認の他に、かならずIDカードによる本人確認を行います。 日本の金融機関の窓口でもぜひ導入したい制度です。

【香港の納税 】

香港の企業が正社員や契約社員に給料やバイト代や日当を支払った場合、企業は年末に、支払った全ての人のIDカード番号と総額を記入した書類を作成して内国歳入局(Inland Revenue Department:IRD)へ報告します。次にIRDは給料をもらった本人に、白紙の確定申告用紙を送り、本人に収入を申告させます。IRDは特定の個人がどの企業からどれだけの給料総額をもらったかをコンピュータで簡単に集計できますので、申告者は嘘の無いよう慎重に申告する必要があります。また仕事をしていない主婦にも確定申告書が届きますが、夫と合算で申告した方が控除額が倍になって税金が安くなる場合には、IRDはそのように申告するようにアドバイスしてくれる事もあります。中には書き方がよくわからない低学歴のおじさんやおばさんも多いようで、そういう場合は名前やサインだけして確定申告書を送り返すと、IRD側で必要な事項を埋めて、税金がやすくなる方法で申告してくれるという事を聞いた事があります。

確定申告書を記入してIRDへ送ると、納税通知が送られています。香港の税金は、原則として来年の税金を今年払う方式です。来年の税金は昨年と今年の収入額を比較してIRD側が推測した額です。その金額に、昨年支払った今年の税金の調整額が増減されます。給料が毎年増えている人は、増えた割合から来年の税金額が決まります。転職して給料が大幅に下がっても、その年の税金は昨年の収入をベースに上昇分を加味した額なので、払えない額の請求が来る事があります。その場合にはIRDへ電話して事情を話すと、納税額を再計算してくれたり、複数年度の分割払いにしてくれたります。

【日本への応用を考えてみる】

日本の国民総背番号カードをIDカードと呼ぶ事にしましょう。IDカード番号は、徴税、社会保障、身分証明、運転免許などを 包括的に管理する番号です。これらは日本国の成人だけでなく、未成年の就業者、中長期で滞在する外国人が含まれる必要があります。故に日本のIDカードも、総務省の下の部局で、日本人と外国人を包括的に管理できる部署で発行するべきです。

警察の運転免許証、健康保険証、年金手帳はIDカード番号による管理へ統合し、個別的な管理番号の発行による管理は止めるべきです。但し地方自治体の住基カードは、IDカード番号とリンクさせる事を前提として存続させても良いかと思います。

金融機関で口座を開設したり、不動産や自動車を購入して登録する場合に、関係する企業た行政機関はIDカード番号で名寄せができるようにシステムを作成させるようにするべきだと思います。

企業が月給や日当を労働者へ支払う場合、企業は税務署へ氏名、IDカード番号と支払額を報告する義務を負わせて、それ以外の人件費を経費け計上できなくするように会計の法律を変更するべきです。また、すべての有限会社や株式会社は会計監査法人による年度末の外部監査を義務付けて、上記が守られている事を担保します。このようにすると、企業の支払う人件費について、どの企業が誰に支払われたかを税務署のコンピュータはIDカード番号で容易に集計できます。これが可能になる事により、政府はすべての特定の個人の総収入を効率的に把握できるようになり、ベーシックインカム(あるいは負の所得税)や生活保護などの富の再配分をフェアに、効率的に行う事ができるようになると考えます。

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それでも首相は決められない

Posted by bobby on February 26th, 2012

大阪の橋下知事と維新の会は、船中八策を通して、日本に「決断できる民主主義」の舞台装置を作ろうとしています。首相公選制や一院制などはその為の改革であると思います。しかしながら橋本知事は、日本人の気質という重大な問題を見落としているのではないかと危惧しています。

先週、ある日系企業でシステムのデモをした後、帰り際に中国人管理職から一言、「うちの会社は会議が多くて、長いのです」という言葉が出てきました。私は彼に、「会議が多いのは、トップが自分で決断するかわりに、みんなの意見を集約して決めさせる調整型が多いから」だと答えました。その点で中国人オーナーの会社は、なんでもトップが決断するので、日本企業より会議がずっと少ないのです。かた「会議の時間が長いのは、部門毎に利益が異なるので、出席者が多いほど調整に時間がかかるから」と答えました。工場の場合、営業、購買、生産管理、製造などの部門が会議に参加する事が多いと思います。 場合によっては、これに通関や財務や総務人事が加わると、意見の調整は更に難しくなります。故に日系工場は、会議の時間が長い割に、会議で物事が決まらない事が多いのです。

さて、よくよく考えてみると、上記は中国の日系工場に限った話ではなく、国内の大手企業にも当てはまる事がわかります。日本型の経営者というのは、独断専行型より調整型が圧倒的に多いようです。企業のトップといえば、たとえ雇われ経営者といえどもルール上は大きな権力を持っています。そのような企業においてすら、経営者が自分で決断しないとすれば、いったい首相を直線選挙に変えたからといって、突然にリーダーシップを発揮し始めるものでしょうか。

維新の会には頑張って改革してもらいたいと思いますし、橋本大阪市長に強いリーダーシップがある事は理解していますが、この点についてはなはだ疑問に感じています。

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船中八策に足りないもの

Posted by bobby on February 26th, 2012

大阪維新の会の「船中八策」には賛否両論いろいろあるようですが、中央政府と道州政府が「決断できる民主主義」を実行できるように行政のしくみに変えるという事はいまの日本に必要な事だと考えます。その為に、首相公選制や参議院の廃止など憲法改正が必要な項目も盛り込まれています。

さて、仮に維新の会が国政選挙で大勝してみんなの党や改革派議員と協力して憲法改正できたとしましょう。道州制が実現して、権限や徴税権が大幅に道州側へ移管されました。議会も衆議院の一院制になりました。この時、国政選挙はやっぱり、地方毎に選挙をやって、地方の代表として議員を国会へ送り出す事は正しい事なのでしょうか。

地元有権者が国会議員に期待している主要な仕事の一つは、国から選挙区への利益誘導です。これは中央集権的な現在の仕組みの中では必要悪という面があったのかもしれません。しかし維新の会が求める道州制が実現すれば、国から地方への利益誘導を行う必要はなくなります。中央政府が行うべき内容も国家全体の事に限られてきます。そうなれば国会議員は、自分の選挙区の事よりも国の将来を第一優先順位で考えてほしいものです。

そこで船中八策の中に、国政選挙の方法について、「全国区1本で国会議員を選出する」事を提案します。国家全体の事を考えるべき国会議員が、特定の地域を選挙区に持つという事は、 「利益背反」を生みだす可能性がありますので、これを改めるべきです。

選挙区を全国区のみとする事は、テレビ著名人だけでなくネット著名人も選挙ではかなり有利になると考えます。たとえば池田信夫氏のようなアルファー・ブロガーには多くのファンがいますが、現行の選挙制度で考えると、特定の選挙区にファンが集中していない限り選挙上のメリットはありません。しかし選挙区が全国区のみとなれば、全国に散らばる池田氏のファン全ての票を期待する事ができるようになります。つまり、いままでとはまったく異なる政治家志望者を、特定の政党の援助によらずに国会議員として選ぶ事もできるようになります。

逆に、レガシーな選挙装置を頼りに当選してきた旧態然とした国会議員が当選する事は難しくなると思われます。選挙区があまりに大きくなるので、選挙カーで走りまわったり、地元の人たちと握手してまわったり、最後には「実弾」を飛ばしたりという選挙活動は無意味になるでしょう。そういう意味で、地利益誘導型議員や2世議員の多くは淘汰される可能性が高いと思われます。 そういう人達は、国会議員ではなく道州議員を目指すのかもしれません。

また、ある特定の主張についてネット上で多くの人から同意を集める事ができれば、国会へ議員を送り込める可能性が生まれる事から、スウェーデンの海賊党のような政党を日本で成立させる事ができる可能性が生まれるのではないかと考えます。

いづれにせよ、全国区のみの国政選挙とする事で、これまでとはかなり違った国会議員や政党が生まれて、日本が進む方向に変化が生まれるのではないかと期待する次第です。

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放射能は大気汚染より危険か?

Posted by bobby on February 21st, 2012

世界保健機構の報告によれば、大気汚染による世界の死亡者数は年間で300万人で、交通事故死の3倍にあたり、死亡した人の半分は自動車の排気ガスが原因だそうです。日本はランキング45位で年間7人だそうです。

福島第一原発からの放射能汚染で死亡した人はいまのところ一人もいませんし、年間20ミリシーベルトでは既存の発がん率と区別できない程度のリスクしか無いと言われています。死亡リスクを気にするならば、喫煙や自動車事故の方がよほど危険であるとも言われています。

ところがそのような意見に対して、喫煙は本人の選択だし、自動車事故も運転しない事で避ける事ができるという反論があります。

しかし大気汚染は、その場所に居住すると人全てに対して健康被害を与えるという点で、放射能汚染と似ています。 20ミリシーベルト程度の放射能汚染は年間に一人も死者を出しませんが、大気汚染は日本で年間7人の命を奪っているそうです。

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橋本氏の教育改革は誤解されている

Posted by bobby on February 20th, 2012

橋本大阪市長の掲げる「教育改革」について、秋原葉月氏は大阪教育基本条例はアメリカで破たんした落ちこぼれゼロ法とそっくりと批判していますが、認識が古いのではないでしょうか。

まず大阪市長選マニュフェストから、教育改革の項目を下記に引用します。

(2)教育改革

大阪市における教育行政は、教育委員会の独立性という名の下に、教員組織と教育行政が聖域化され、市民から遠ざけられ、閉鎖された教育委員会、教育委員会事務局の中で全て決定されてきました。しかし、大阪市の教育委員会は、わずか6人で構成されており、しかも常勤は、委員長の1人だけであり、残り5人は、全て非常勤の委員です。そのような体制で、教員等の人事権を含めた500校を超える市内公立学校のほぼ全ての教育行政を管理しており、これでは、適材適所の教育人事、児童・生徒目線の細やかな教育サービスを行うことは不可能です。児童・生徒の将来を考えると、加速する昨今のグローバル社会に十分に対応できる人材を育てる教育、個々の児童・生徒の個性を伸ばす教育、障がいやハンディがある児童・生徒をきめ細やかにフォローする教育、まさに各学校が切磋琢磨し、学校ごとに学校の特徴を発揮できる教育の仕組みが必要です。教育委員会に教育行政、教員組織の全てを無条件、無責任に委ねるのではなく、教育委員会制度を一から見直し、現場の先頭に立つ校長のマネジメント能力を尊重し、校長の権限を強化し、児童・生徒の目線に立って、保護者や周辺地域住民が積極的に教育に参加、関与できる仕組みを構築する必要があります。そのために教育改革を断行します。

① 現状
将来の大阪を支え、発展させていくためには、その人材となる大阪市内の児童生徒に対する充実した教育を行い、自主自立の精神をもった人材を育成することが不可欠です。しかしながら、現在の大阪市の学校教育は、校長の権限が弱く、学校をマネジメントすることが困難な状況にあります。また、児童、生徒、保護者が学校を選ぶことができず、学校間の競争がないため、教育サービス提供の切磋琢磨がない状況です。

② 教育改革

以上の観点から、明日の大阪を担う人材を育成するため、硬直化した教育委員会任せの学校教育を抜本的に改革します。

総論
ⅰ 保護者、周辺地域住民等が参加する学校運営協議会により地域の声を教育に反映させます。
ⅱ 市長が教育委員会と協議して実現すべき目標を設定します。
ⅲ 校長、副校長を段階的に内外公募し、マネジメント能力が高い人材を登用します。
ⅳ 市立学校における教員の任用や人事評価について校長の意見を反映させます。
ⅴ 学校運営について校長に予算要求権を付与します。
ⅵ 教員が授業に専念できる体制を整えます。
ⅶ 校長については目標達成度、教員については人事評価の結果を給与に反映させます。

各論
ⅰ 小学校区隣接選択制を採用し、一定隣接区域で学校選択を可能にします。8
ⅱ 中学校区ブロック選択制を採用し、ブロック化した区域で学校選択を可能にします。
ⅲ 学力テストを実施し、学校運営協議会の求めに応じてその結果を公開します。
ⅳ 小中一貫・中高一貫教育の推進を図ります。
ⅴ 児童いきいき放課後事業を公募にしたり、管理作業員や給食調理員を地域から雇用することで地域の雇用促進を図るとともに地域と学校との連携を深め、民間参入を促して、サービスの向上を目指します。
ⅵ 普通高校、商業高校、工業高校について、統合を推進し、専門性及び機能の強化を図るとともに、大学、産業界との連携を積極的に行います。

以上で引用終わり。

そして、「下位5%」の教員の評価と免職方法いついて、朝生に出演した橋本氏は番組中(およそ133分あたり)で下記のように述べています。

1)保護者による外部委員会を作る。
2)外部委員会が教師を相対評価して「下位5%」を決める。
3)2年連続で「下位5%」の教師に指導研修を受けさせる。
4)研修の後に能力を絶対評価して、教師として不適格となれば免職する。

つまり最新バージョンの「教育改革」においては、教師の評価は学力テストでも校長でもなく、外部委員会が行う事になっており、2年連続で「下位5%」と評価された教師は、更に別の(絶対)評価によって最終的な適格性の確認をした上で、はじかれた者がだけが免職するという事になっています。

橋本氏は議論において常に「対案を示せ」と言いますが、あれはどうやら議論に勝つためのテクニックではなく、政策を進化させる為のもののようです。小幡績は小泉にあって橋本市長にないものという記事の中で、「中身のない政治家でガッツがあり、けんかに強く、侠気があれば、最強なのである」と述べています。

橋本氏が求めているのは、現在の行政を、結果を出せる民主主義のしくみに変える事であり、その為の方法論について特定の政策に執着していないという事です。故に、橋本氏の中では、議論するごとに政策内容は進化し続けるのかもしれません。そして彼の批判者は常に、一歩も二歩も後ろからしか攻撃できないという事のようです。

石水智尚 – Mutteraway

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大阪都市構想はガバナンスの問題に収束する

Posted by bobby on February 19th, 2012

朝まで生テレビの「激論!橋本徹は日本を救う?!」を見ました。

番組中には一度もこの言葉は出て来なかったが、行政の問題でも、教育の問題でも、橋本氏が言いたかったのは、現在のしくみにはガバナンスの問題があるので、しっかりした組織を作りましょう、その上で組織に権限・予算・責任を与えます、という言葉に集約できてしまうように感じました。

また、非常に印象的だったのは、橋本氏の説明はきわめて明快かつ理解知やすいという事です。彼の後ろには堺屋太一氏を始め維新の会の首脳メンバーが居るのですが、そういったブレインとオフライン状態のテレビの前で、これだけ理路整然とした議論が出きるというのは、やはり橋本氏が只者でないという事なのでしょう。

橋本氏は小泉純一郎元首相のような「壊し屋か?」という批判があるようですが、朝生の彼の意見を見る限り、彼は壊して作るところまでを自分の仕事としているようです。「ハシズム」と言って非難されているのは、しくみを変える為の「意思決定」の部分を指しているのでしょう。意思決定できない行政のしくみを壊して、意思決定できる民主主義を生み出す為には、誰かが「決められない民主主義」の枠から飛び出さなければならない。そうしなければ橋本氏が目指す住民により近い行政単位への権限と予算の移譲は実現しないという訳でしょう。

あくまで印象論ですが、橋本氏はトニー・ブレアのような改革者を目指しているのではないでしょうか。

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バックドアから発電事業へ参入

Posted by bobby on February 14th, 2012

3・11以来、電力業界への批判が高まり、発送電事業の分離や規制緩和による新規参入機会の増大が叫ばれています。ところが省益を守ろうとする官と一体化している電力業界が既得権を守る力は大きくて、大きな変化を期待する事はいまのところ望み薄です。このような状況下でも発電事業へ新規参入が可能な方法として、以下のアプローチを提案します。

資金力と政治力のある総合商社さんにぜひ検討して頂ければと考えております。

1.サハリンに発電所を作って北海道まで送電する。
サハリンにはおおきな天然ガス田があります。海底にパイプラインを敷設して日本へ持ってくる方法が検討されているようですが、パイプラインより電線を敷設する方が、サハリンから日本までの設備投資とメンテがはるかに安いのではないかと考えます。

2.発電コストはサハリンの方が安い。
ロシアは人件費が低く、発電施設を建設する技術も持ってるでしょうから、寒冷地という問題はあっても、発電所をサハリンに建てる方が発電所建設の初期投資金額と月次のオペレーション経費を、日本に発電所を建設した場合より低くする事ができると考えます。

3.発電所の建設地はサハリンの南端。
天然ガスのパイプラインはサハリンを縦断して南端まで来ているようですので、発電所はパイプラインの末端の近くに建設し、パイプラインをちょっとだけ延長すれば、天然ガスを液化せずにそのまま発電燃料として使えると考えます。

4.電気の売り先は電力会社。
日本へ上陸した送電線は、電力会社へ接続するので、とりあえず日本の電力会社の権益を大きく侵す事にならず、政治的な抵抗はあまり無いと予想します。

5.海外で発電した電気を購入するメリット。
日本国内の政治的状況に左右されずに発電できる。発電資源の広域化により天災へのリスクヘッジになる。

6.サハリンで発電するメリット。
買電可能な周辺国の中では日本にもっとも近い。サハリン南端から宗谷岬までの海底は、Google Earthで見る限り平坦であり、距離も近いので、電力線を引きやすいと推測する。サハリン側の現地資本に、日本への大きな権益が生まれる事で、日本側に政治的なアドバンテージが生まれる。

7.解決するべき問題点。
どこの国でも電力会社は安全保障上、外資を規制していると思われます。発電する電気の全部を海外へ販売するという事で、特例としてロシア領内に海外資本の電力会社を建設する為の国内法改正を行なってもらう必要があるかと推測します。また北方領土問題などで、日露間に政治的な緊張関係が生じた場合に、発電所へのパイプラインを止められる可能性がゼロとは言えません。その辺は予め留意しておく必要があります。

8.おまけ。
もしもサハリンでの発電事業が可能という事になれば、日本では事実上凍結されてしまった原子力発電所をサハリンへ建設して、日本へ送電する方法も実現の可能性があります。あんな場所で大量の外貨を継続的に稼げるようになるという事になれば、ロシア政府も地元政府も大変喜ぶと思われます。

石水智尚 – Mutteraway

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中村愛媛県知事と維新の会

Posted by bobby on February 12th, 2012

ホテル日航香港のチェアマンズバーで愛媛県人会があり、中村時広県知事がやってきました。会の冒頭に知事が挨拶を行ったのですが、演説の上手さに驚きました。聞く人を飽きさせないように、要旨を上手に伝える話術はたいしたものです。しかも話の中身が濃くて説得力がありました。流石はプロの政治家です。

実は以前から中村知事には興味がありました。中村県知事は以前から大阪の橋本知事と交流があり、愛媛県にも「維新の会」があるのですが、中村知事の名前が維新の会の名簿の中にありません。今日はぜひ、その辺のところを聞きたいと思っていました。ビュッフェ・ディナー形式の県人会の後半に、中村知事が一人で各テーブルを回って挨拶をはじめたので、その時に話を聞いてみました。

自己紹介して名刺交換した後で、中村知事に維新の会との関わりについて尋ねると、「私が議員をたきつけていたら、彼らが自分たちで始めてしまったのです」と説明してくれました。中村知事は、大阪の維新の会の趣旨には賛同しているようですが、自分が会の先頭に立って引っ張るのとは違うやり方を考えてるようです。愛媛県の維新の会の活動内容などを知りたいので、中心で活動している方を紹介してほしいと頼むと、会長の池本さんに連絡すれば良いと教えてくれました。

愛媛県の「維新の会」の活動について、そのうちにぜひブログで紹介してみたいと考えています。

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木を見て森を見ない温暖化論

Posted by bobby on January 16th, 2012

地球温暖化に対する懐疑論を読むと、懐疑論を反駁する典型的な手法は、図1のホッケースティック曲線部分で示されるような「現在の突出した温暖化には人為的CO2増大が不可欠である」事を論理的に示すという手法のようです。特に最近の温暖化シミュレーションは、たとえ短期間でも過去の気候をフォローする事ができるようなので、「だから最近の温暖化は人為起源である」という主張を突破する為には、現在の科学レベルが到達していない「知見」による証明が必要になり、懐疑論をギブアップせざるを得ない状況にあると思われます。逆にいえば、現在のような温暖化が過去に自然現象として生じている事を示せれば、懐疑論の大きな得点になる可能性もあります。

図1

まず現在は地球の気候について長期的な視野の中で考えます。地球は過去100万年のあいだ、約10万年周期で氷期と間氷期を繰り返している事を下記の図2は示しています。青いギザギザの線が下へ振れると氷期になって寒冷な気候を示し、上に振れると間氷期の温暖な気候を示します。

図2

図2の右端(現在)は青い線が上へ振れているので間氷期を示し、なおかつ温暖期のピーク付近である事がわかります。図1の時間軸は550万年と長いので、最近の40万年の気候変動を見る事ができる図3(左端が現在)を下記に示します。10万年周期で氷期と間氷期が繰り返すと述べましたが、それぞれの期間は半分ずつあるのではないようです。

オレンジ色の線を示した部分(私が元のグラフへ追加)は、氷期のおわりから間氷期の温度ピークへの急激な上昇を示します。図3によれば上昇の期間は1~3万年。青色の線で示した部分(私が元のグラフへ追加)は、間氷期の温度ピークから氷期の底への比較的緩やかな下降を示します。下降の期間は7~9万年。「氷期の底から間氷期の頂上までの期間」対「間氷期の頂上から氷期の底までの期間」の比率は、図3によれば、だいたい1対9から3対7くらいです。単純化すると、10万年のうち1~3万年が温暖な気候、7~9万年が寒冷な気候になります。

図3

更に図3によれば現在は(グラフの左端に注目!)、約1.5万年前に終了した氷期の後、高温期のピーク付近にある事がわかります。過去数十年の突出した温度上昇があろうと無かろうと、現在が長期気候変動という「森」の中で温暖期のピーク付近にあるという事実は明白です。

温暖化危機説のなかで論じられている、両極やその他の大陸の氷床の大幅な減少、大気の平均気温やCO2濃度が高い事、海面高度が高い事、それらが原因とされる気候変動などはいづれも、別に人為起源温暖化を持ちださなくても、自然現象による温暖化で十分に説明がつきます。

このような合理的な説明が存在する温暖化論の土台の上に、更に人為起源CO2増大の危機説を論じる為には、「自然現象」の土台部分と、人為起源CO2由来の「追加の環境変化」とを定量的に分離して論じる事ができなければ、各国政府が莫大な税金を投入する為の十分な根拠有る科学的仮説とは言い難いのではないかと考えます。

ところでこれまでの私の主張は、引用した古気候の分析グラフをベースにしていますが、辻元氏から前記事のコメント欄で反論を頂きました。図1を見れば、現在の数値が過去に比較して突出している事は明白なので、もし過去に同様な突出が自然現象として存在するのなら証拠を示すべきだという主張です。記事冒頭で述べたような、懐疑論への反駁の典型的な手法です。そして、この証拠を示す事ができれば、ある意味、人為起源温暖化論は現在の突出を「特別扱い」し難くなるのではないでしょうか。

そこで、グリーンランドの氷床分析から得た過去4000年の温度グラフを下記の図4に示します。グラフの時間解像度は約12.5年と思われます。グラフの真ん中の横線は、同じくグリーンランドの2000年から2010年までの10年間の気象観測による平均気温なので、4000年前から現在までの気温をほぼ同じ条件で比較検討できます。

図4の赤色の線で囲んだ部分(私が元のグラフへ追加)は3500年前から1000年前までの2500年の間に、現在の平均気温をはるかに超える温度上昇を何回も示している部分です。また黄色の線で囲んだ部分(私が元のグラフへ追加)は、10年平均値の温度が、1年平均値のホッケースティック曲線の突出に匹敵している箇所です。現在のような突出した温度上昇が少なくとも2回は自然現象として存在したという事を示しています。

図4

最後に、図4のネタ元である国立極地研究所のグリーランド氷床の表面温度を過去4千年にわたり正確に復元の結論部分の一部を以下に抜粋します。

「過去4千年間には、現在を上回る温暖期が繰り返し発生していることがわかった。これらの結果から、最近十年間の平均気温は、過去4千年でみれば自然起源で変動しうる範囲に収まっている。」

参考文獻
図1:Carbon Dioxide Variations
図2:Five Myr Climate Change
図3:南極ボストーク基地の氷床コアから得られた過去42万年の地球環境の記録(筆者が一部加工)
図4:グリーランド氷床の表面温度を過去4千年にわたり正確に復元 – 国立極地研究所(筆者が一部加工)

本記事はアゴラへ投稿致しました。

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地球は1.5万年前から急速に温暖化している

Posted by bobby on January 1st, 2012

下記はボストーク基地の氷床コア分析のCO2図に、私がすこし手を加えた図です。
1)X軸は時間軸で左端が現在です。
2)CO2濃度の頂上と思われる部分には赤い丸で示しました。
3)頂上から谷底への下降を青い線で示しました。
3)谷底から次の頂上への上昇をオレンジ色の線で示しました。

この図でわかる事は、1.5万年前に谷底を迎えた大気中のCO2濃度は、現在に向かって急速に上昇しているという事です。図のCO2濃度と温度には強い相関関係が見られますので、最終氷河期の終了から現在までの間、地球は急速に温暖化しており、現在はその頂上付近にあるという状況が読み取れます。

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空の駅弁

Posted by bobby on December 20th, 2011

LCCで興味深い「回送飛行機」 – カエルの卵

LCCは無料で全員に配膳する食事を止めて、希望者だけに機内販売する有料化によって、積込む食事の重量が減って燃料代が浮いたり、配膳の時間を減らす事で機内の労働が軽減されて人件費を削減できたり できるので、チケット代を1万円も安くできるそうです。

しかし私の経験では、LCCの機内食は値段の割に見た目も味を悪いので、あれにお金を出すのはけっこう厳しいものがあります。

そこで日本国内のLCCへの提案ですが、LCCは搭乗口で弁当やお酒を販売してはどうでしょうか?弁当は、駅弁のような「ご当地」弁当を置けば良い。お酒は地酒や地ビールなどを置けば良い。つまらない機内食などより旨いし、駅弁並の人気は得られると思われます。食事や飲み物などのゴミは、販売時に専用の袋を渡して入れてもらい、飛行機を降りる出口の先にゴミ箱を用意して業者へ回収させれば、機内の清掃も容易になるでしょう。

アジアの路線では無理かもしれませんが…

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オッカムの剃刀で考えよ

Posted by bobby on December 18th, 2011

久しぶりにアゴラで地球温暖化ネタの議論が始まりました。私も久しぶりにアゴラへ記事投稿しました。

人間由来の二酸化炭素排出による地球温暖化に固執する人に共通して言えるのは、見ている時間軸の範囲が直近の数百年で狭すぎるという事です。地球の歴史は、生命が誕生してから5億年以上、直近の氷河期周期が始まってから約300万年です。そして、最後の氷期が1万年前に終わって、現在は間氷期にある訳ですが、この1万年の間だけでも、気温の上下振幅は10数回になります。文明があろうとなかろうと、地球の気温はけっこう上下している訳です。

であれば、ざわざわ人間の排出した(大自然からみれば大した事もない)温暖化ガスで理由をこじつけなくても、シンプルに「自然に上下する」と考えれば良いのではないでしょうか。

ちなみに上の図のちょうど真ん中あたり(縄文時代)に縄文海進というのがあり、いまより気温は1−2度高く、海面も1−2メートル高かったそうです。詳しくはこちらを参照ください。

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温暖化が怖いなら宇宙へ逝け

Posted by bobby on December 13th, 2011

温暖化の影響の本質 – アゴラ・辻本

この記事は、人類文明による温暖化ガス排出に限定せずに地球温暖化を問題視しています。私は地球温暖化の懐疑論者ですので、この記事を(できるだけ科学的に)批判をしてみたいと思います。

1)0.8度/100年に特別な意味を証明するのは困難である。
地球の生命誕生から5億2000万年という時間軸の中で考えれば、地表の温度が100年で0.8度上昇する事は、科学的には興味深い事象ですが、政治家やメディアが騒ぐ事でしょうか?

2)未来の2度/100年は既成事実ではない。
「実用的な長期マクロ気候変動予測」が、現在のテクノロジーを総動員しても不可能である事は明白な事実です。(まさかそれを証明しろとは言いませんよね?)100年で0.8度の温度上昇メカニズムが十分に解明されなければ、次の100年で起きる事を理論的に予測できないからです。理屈を棚上げして、過去の温度変動を再現するモデルを作り、それで次の100年を予測する事は、ファイナンシャル・エンジニアリングによる株価予測と同じで、ただの似非科学です。今世紀末に温度が2度上昇するという(極めて信頼性の低い)シミュレーション結果に、世間が大騒ぎする事の方が問題であると考えます。

3)自然災害の巨大化は嘘である。
歴史的な大型台風は、実は1940年代から60年代の間に集中しており、それ以降、大きな台風の数は減少しました。直近の10年を見ても、2000年前半に台風の数のピーク(年間26個)があり、後半は減少しています。つまり、温暖化によって台風が大型化するとか数が増えるというのは事実と異なります。私の生まれた愛媛県の久万高原町では、1960年頃に2メートル以上の積雪があり、二階から家に出入りしたところもあったそうですが、そのような積雪はそれ以降ありません。

4)いまが地球の気候の標準点ではない。
生物が地球に出現してから5億2000万年くらい経ちます。この図は過去5億年の地球の温度変動を表したものですが、現在までの間にHOTとCOLDを何度も激しく変動している事がわかります。地球の気候とはそもそもこうあるべきだ、というのは実に非科学的な考え方です。縄文時代にはいまより日本の気温は高く、より原始的な種類の米でさえ東北で栽培されていました。その当時と今と、どちらが「もともとの日本の気候」かなどというのはナンセンスです。

5)問題は温暖化ではなく気候変動である。
もし人間の居住環境に大きな影響を与える問題があるとすれば、それは100年で0.8度の温度上昇ではありません。これは原因ではなく結果と考えるべきです。その原因は何かといえば、氷河期を生み出し、縄文海進を生み出した「自然の活動」であろうと考えるのがもっとも単純な見方と言えるのではないでしょうか。

6)気候変動にどう対処するべきか。
万歩譲って、現在の気候変動の幅が数十年単位で増大してゆくという(根拠はないが政治的には検討する価値がある)可能性を考えるのも悪くありません。であれば、我々はCO2削減や再生可能エネルギーや1年1ミリへの回帰などという不毛で不経済な対称への投資を即時止めて、長期的な気候がより安定している宇宙へ人類を移住させるテクノロジーの開発へ投資するべきでしょう。気候変動といっても、来年に全球凍結する訳ではないし、なにかをする時間は少なくとも100年くらいはあります。

宇宙には台風も洪水も大寒波もないし、太陽から遠ざかれば超巨大フレアも怖くありません。一番怖いのはコロニー落としをする人間だけです。

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石巻市は津波復興のモデルになるか?

Posted by bobby on December 7th, 2011

石巻市雄勝町の現状 -住民不在の建築制限により町が消えようとしている – MRIC

石巻市が津波で浸水した地域を建築基準法第39条(*1)の災害危険地域に指定して、住民に立ち退きを迫り、高台(あるいは他地域?)へ移住させようとしている件について、「行政の横暴により町が消滅しようとしているのだ」という批判があります。もとの町に戻りたいという感情は理解できますし、どこまで浸水すれば「危険」かについては適切に判断されるべきかと思いますが、行政は住民を想定される自然災害から守る義務があると考えますので、私は基本的に石巻市の方針に賛同します。

「石巻市は、住民の意向を意図的に操作し、1cmでも浸水した地域にこの建築制限をかける方針という。このような規制がかかると、雄勝町のような小さな町はひとたまりもない」という事ですが、行政は住民の「長期的」な安全を守る為に、時には住民の非合理的かつ感情的な意見を無視したり、合理的な方向へ誘導する事が必要と考えます。というか、それが政治というものではないでしょうか。

3・11はこれから日本で起こるであろう大津波被害を行政が再検討するきっかけを与えてくれたと考えるできです。今回の例が示したように、大津波がくれば津波堤防で低地の資産や人命を守る事は困難です。都道府県は市町村と協力して地質学的な大津波の痕跡調査を行い、 周期的な大津波が来る可能性がある地域は順次、住民の組織的な強制移住を行うようにするべきです。いつか津波が来るとわかっている場所を居住地として許可し続ける事は、行政による「未必の殺人」のようなものかと思われます。必要であれば市町村が住民の強制立ち退きができるように、国会で立法するべきです。

 

(*1)
建築基準法第39条 地方公共団体は、条例で、津波、高潮、出水等による危険の著しい区域を災害危険区域として指定することができる。
2 災害危険区域内における住居の用に供する建築物の建築の禁止その他建築物の建築に関する制限で災害防止上必要なものは、前項の条例で定める。

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SixthSenseはヒューマンインターフェースを加速する

Posted by bobby on December 4th, 2011

まずはこのビデオを見てください。SixthSenseはPranav Mistry氏が開発したgestural interface(身振り手振りのユーザーインターフェース)で、シンプルな手振りで様々な処理を行う事ができる(映像を見る限り)完成度の高そうなコンピュータ制御技術です。SixthSenseの素晴らしいところは、制御を行う為のハードウェア部分がたった300ドルで作れ、制御ソフトウェアはオープンソースで公開すると言っています。

このテクノロジーは、下記のような発展の可能性を持っています。
1)家の中の家電や照明や暖房などの操作。
2)飛行機やトラックなど大型の乗り物の操縦。
3)ミリタリー分野。

SixthSenseが音声インターフェースに比較して優れていると思われる点を列挙します。
1)音声言語と違い国別のローカライゼーションがほぼ不要。
2)音声と違い各人の癖の学習がほぼ不要。
3)音が伝搬しない宇宙空間でも使用可能。

オープンソースとして公開された後は、いろいろな企業が自社製品への組み込んで発展させ、イノベーティブな製品を世に出してほしいものです。でも、ソフトが普及する前にgoogleかAppleかMicrosoftに買われる可能性が高いのではないかと予想しています。

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原発輸出は死の商人か?

Posted by bobby on December 4th, 2011

原発を事故処理セットで売りに出し – 志村建世のブログ

志村氏は、ひとたびシビアアクシデントが起きれば国土が壊滅するような原発を輸出するのは、あたかも死の商人のようだと述べておられます。志村氏にお聞きしたのですが、日本のどこが原発で壊滅したのでしょうか?もしかして津波被害を原発被害と重ね合わせる印象操作の意図でもあったのかと疑問を持つような今回の記事の内容でした。

廃棄物の処理法にしても、優柔不断な政治的リーダーが責任を取りたがらない日本固有の政治問題であって、技術的な問題とはいえません。もともと廃棄物には地層処理という明確な方法があり、他国では既に実施されています。日本で未だに実現できないのは、無能な政治家による怠慢の為としか説明のしようがありません。

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何時までもあると思うな核の傘

Posted by bobby on December 4th, 2011

米国の台湾放棄は、アジアの核開発競争につながる – 海国防衛ジャーナル

日米安保と核の傘は、核戦争がはじまれば米欧日は一蓮托生と考えられていた冷戦時代の遺物です。ブロック経済化が進む冷戦後の世界で、太平洋の向こう側にある日本の為に、膨大な米国民を核の犠牲にするような軍事戦略を、米国はいつまで維持できるのでしょうか。

海国防衛ジャーナルが紹介した記事にもあるように、米国の国内意見はつねに一枚岩という訳ではありません。経済発展して米国民に余裕のある時代には、「台湾放棄」のような意見など一笑に付されるでしょう。しかし経済が下降し続けて国内政治が乱れるような事があれば、米国が世界への関心を失い、孤立化の道へ舵を切る事がないとは言えません。

日本がこれから進むべき道を冷静に考える時、日米安保と核の傘に一方的に依存した安保戦略というのは問題はあるように思われます。

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昔は一番になる努力が評価されていたのだが…

Posted by bobby on December 2nd, 2011

苦手な人たち増量中 – 北沢かえるの働けば自由になる日記

レストランで食事中に、努力していない同僚を叩く人の会話を聞いて、隣のテーブルにいた母娘が「あの人嫌ね」という会話の流れから、学歴・資格からくる待遇の差別化への違和感を切り口に、大阪の橋本行政の教育問題批判を展開しています。この記事をよんで、「ああ、こういう人が嫌われる空気が蔓延している事が、日本が衰退している根本原因だな」と思いました。どこからか、SMAPの曲(世界にひとつだけの花)が聞こえてきそうです。

私が子供の頃は、あしたのジョー、巨人の星、アニマルワン、アタックナンバーワンなど、努力して日本一、世界一になる漫画がたくさんありました。高度成長期が終わる頃までは、一番になる為の努力が評価され尊ばれる空気が確かにあったのではないかと思います。

誰もがイチローや本田圭佑になれる訳ではありませんが、それでも努力して競争する事により、結果として自分の能力や待遇を向上させる事ができます。故に、自分自身を高める為の目的として競争する事は、決して悪い事ではありません。レストランで同僚を叩いていた女性は、実はその同僚を案じていたのであり、自分の苦境を自ら改善しようとしない事が、心の中で歯がゆかったのではないでしょうか。

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1年5ミリでは駄目なのか?

Posted by bobby on December 1st, 2011

ICRPは1985年のパリ会議まで、線量限度を1年5ミリシーベルトと勧告していました。その頃に放射線医学あるいは疫学上の重要な発見があったという話はいまのところ見つけておりませんので、年5ミリから年1ミリにかわった理由は、科学的なものでも医学的なものではなく政治的な都合であったのだろうと推測します。

放射能を出す物質というのは自然界にはありふれているのですが、まとまった線量を出す物質は、人が居住する世界では基本的に人工物に限られます。そういう人工的な放射線物質を偽政者は嫌うので、放射性物質は可能な限り厳密に管理されているべきです。故に、武田邦彦氏が指摘しているように、放射線を管理する法律は現在の日本でもかなり厳しく、管理者へ資格を要求したり、管理区画を指定したり、そこからみだりに移動できないようにしたり、それらに違反して管理エリアの外側へ放射性物質をまき散らした者を厳しく罰するようになっています。年5ミリを年1ミリに修正したのは、そういう流れの中での事で、政治的な必要性があっての事だったのでしょう。

ところが今の日本は広い範囲にわたって1年1ミリをキープできなくなりました。こうなってしまったからには、1年1ミリを行政的続ける事はメリットよりデメリットの方が大きくなりました。1年5ミリに戻せば、福島の大半の農作物は問題がなくなり、除染しなければならばい場所も極めて少なくなり、税金を大幅に節約できます。

ならば政府は早急に法律を改正して、日本全土の年間線量を1年5ミリに変更するべきです。欧米露中の原水爆核実験が盛んに行われていた1950〜60年代に、欧米も日本も年間5ミリで特に問題はありませんでした。当時は問題なかったが、今は駄目な理由があれば別ですが。たとえば地球の物理定数が変わったから、とか。(笑

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洗った米は売れないのか?

Posted by bobby on December 1st, 2011

福島県産米問題がもたらしたモラルハザード – 花水木法律事務所

武田邦彦氏の言葉を借りれば、基準値以上に汚染した米を、放射能汚染があった福島の県外へ持ち出す事は法律違反なのだそうです。また、基準値以上に汚染された米を食べる事は、疫学的には避けるべきと考えられています。この考えに従えば、10年米を買う、東北以外の米を買うという事は、家族を守るという目的に対して合理的と考えられます。

ところで上記の記事で検査した米とは、下記のどれを指しているのでしょうか。
1)脱穀前の米
2)玄米
3)精米
4)洗浄した精米

福島県から県外へ出荷する段階で放射能汚染が基準値を下回っていれば、米の移動に法的な問題はないと考えられます。また、スーパーへ並ぶ時点で汚染が基準値を下回っていれば、消費者は購入する事ができます。

米の表面に付着した放射能が内部へ染みこんで行くのでなければ、精米して洗浄すれば、基準値を下回る「商品」として販売可能かと思われます。

多くの人が福島県のものを買って復興の助けになりたいと言いながら、どうしたら「食べられる」ように出来るかという知恵を出さないのは不思議だと感じています。

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医療保険の民営化

Posted by bobby on November 28th, 2011

どうして政府が医療保険を提供するか – 経済101

政府が医療保険を提供した方がうまくゆく一番の理由を逆選択で説明しています。民間の場合には、保険会社が入って欲しいと願う健常者ではなく、保険料の支払いを希望する疾病者がより多く選択するという理屈です。これに対して保険を政府が提供する場合は、すべての対象者を(一定の強制力をもって)加入させる事ができるので、充分な健常者を保険加入者として集める事ができるというものです。

なるほどと思うのですが、民間の道も残されているかと思います。民間金融機関による401K型の強制退職年金積立金のような感じで、政府が基本のメニュー内容を法律で決めて枠組みをつくり、それに沿って民間保険会社が保険商品をつくって販売すれば良いのではないでしょうか。以下は政府が決めるべき必須内容です。

1)保険医療の点数と金額。
2)保健医療の適用範囲。
3)医療保険の対象者範囲。

その上で、医療保険の対象者が必ずどこかの医療保険に加入する事を法律で義務化する事で、「逆選択」の効果をキャンセルする事が可能ではないでしょうか。

また、民間保険にする事で、点数計算確認や医療費のやりとりは病院と保険会社間で行われる事になり、医療保険行政の役所と役人を大幅に人員削減できると思われます。

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維新の風は吹いたか

Posted by bobby on November 28th, 2011

私は世の中の節目節目で、流れをキックする人物に興味をもってしまうところがあるようです。プロレスはタイガーマスクから、政治は小泉首相から、経済は池田信夫ブログから見始めたと言っても過言ではありません。(笑

さて今回、大阪維新の会がダブル選挙に勝利して橋本大阪市長が誕生しました。今回の選挙で私が強く感じたのは、「壊し屋」橋本氏のカリスマによって、道州制へ向けて政治が大きく動くのではないかという予感です。大阪維新の会の他に、地方には名古屋市長の川村たかし氏減税日本松山維新の会中田宏氏日本創新党などがありますが、閉塞する地方を改革したい政治家はもっともっといるはずです。それらをまとめる強いリーダーシップがあれば、道州制を前提とした地方分権への全国的な流れが生まれるでしょう。

橋本大阪市長は、高杉晋作で終わるのか、坂本龍馬となるのか、これからが楽しみです。

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責任を取れないで会社と心中する経営者

Posted by bobby on November 27th, 2011

ホリエモンのライブドアをネガティブな意味で「虚業」と指摘した一零細企業経営者の「経営感覚」に違和感を覚えました。たしかに当時のライブドアが事業を拡大する為にいろんな手法を用いていたのは事実だが、検察が出てくるまでは黒ではなかったし、シリコンバレーのように投資家(融資ではない)を集める事が困難な日本のIT業界では、ライブドアの手法は苦肉の策だったと理解するべきです。

責任を取らないジャンキー(中毒者)が「ソブリンリスク」を高める – 木走日記

更に違和感を覚えるのは経営責任に対する考え方です。倒産するまで頑張って会社と心中する事が経営責任ではありません。きちんとした事業計画を立て、資金繰りを管理し、身の丈にあった経営をしていれば、そもそも会社は倒産しない。それでも経営不振で赤字が累積してゆく場合には、無謀な融資を考えるより、早めに自主廃業するのがまっとうな経営責任の取り方です。

日本の中小零細企業の経営者が無限責任を負いたがるのは、自主廃業する勇気がないからではないでしょうか?

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